ロマンシンキング サ・ガ2 外伝『質英雄の伝説』

 『質英雄の伝説』が、ついにノベライズ化!

 質英雄のリーダー、ワグ+ス(ワグタスス)、その親友ノエノレ。

 暴れ者のダン夕ーグ(ダンユウーグ)、ズル賢いボクオーソ、嫌われ者のクジンシ一(クジンシイチ)、ワグ+スのいとこのスービ工(スービコウ)、そしてノエノレの妹の口ックブーケ(クチックブーケ)。

 彼らは死を恐れずモンスターのようなサブカル批評に立ち向かいました。そんな彼らを質英雄と呼ぶようになったのです。

 質屋『質英雄』。

 この店は、販売店というよりも、歴史建造物のていを成していた。

 外壁はあたかも紀元前イギリス・ソールズベリのストーンヘンジを思い浮かべる、無骨な大岩で固められているために、住居を改造した作りがおもな『古代人アーケード』の中で、ひときわ目立っていた。

 そのストーンヘンジに開けられた、手動タイプのガラスドアを開け、スティック糊やA4プリンタ用紙の詰まったビニール袋を持つワグタススが、店内に入ったとたん、顔をしかめた。

 そこには、甘ったるい菓子の匂いが立ちこめていたからである。

「クジンシイチ、店内で菓子を食うのをやめろ」

 ワグタススは長髪をわずかに揺らしながら、横の接客用ガラステーブル(サウジアラビア取り寄せ品)を見た。

 そこでは、チョコレートスナック菓子『海風貝』を袋からもちゃもちゃと拾っては食うクジンシイチがいた。

「お前の食べこぼしのせいで、アリが大量に湧くのだ。しばらくアリは見たくないというのに」

 ワグタススの愚痴とタイミングを合わせるように、その親友ノエノレが、控え室から掃除機を持って現れた。

「ワグタスス、来ていたのか」

 ノエノレがさわやかに語る。

 ノエノレは黒いシャツ姿だったが、あたかもボディビルダーのように筋肉質なために、そのシャツには、筋肉による山谷の輪郭がぴっちりと浮き出ていた。

 そのノエノレが、吸引力に定評のある掃除機をかかえ、クジンシイチのほうへ向かっていく。

「行くのか?」

 クジンシイチとは違う接客用ガラスデスクに腰掛けて、デスノートを読んでいたボクオーソが、読書を中断して顔を上げた。

「……死ぬなよ」

 神妙な顔でワグタススがノエノレの背に忠告する。

「タームなど何万倒したか知れないよ」

 クールに言い放ち、ノエノレは掃除機から電源コードを引っ張り、ズーガーと音を立てて、床の上の菓子屑ごとアリを吸い込み始めた。

「ケッ、生きたまま吸い込むだけじゃねーか。いいかげん、アリのことをタームと呼ぶ癖を直せよ」

 掃除機の音にまぎれて聞こえないと踏んだのか、クジンシイチが悪態をつくが、それはここにいた全員に聞こえていた。

「ほんらい、おヌシが片付けるべきだろうに……ところでのうワグタスス、今日の議題、これはどうじゃ」

 ボクオーソが自分の前のテーブルにかさばる、複数の灰色のスーファミカートリッジのうち、ひとつを指差した。

 意味ありげに、浮かぶ地球を見る、赤い服の主人公のパッケージ。

「これは……」

 ワグタススの声が喜びにふるえた。

「かつてエニックスが発売したとされる、天地創造だ。また会えて嬉しいぞ」

「そうじゃ。やはりおヌシもやっていたようじゃな。さすがは我々のリーダーじゃ。レトロゲーの制覇数は最強じゃな」

「質英雄は最強。その中でもワグタススが最強なのだ」

「イヤ、ちょっとは謙遜しろよ」

 興奮ぎみに語るワグタススを、横のクジンシイチが冷ややかに見つめた。

 だがワグタススのほうは、そんなチャチな水掛け論にかまわず、話を続ける。

「天地創造という名の通り、ゲームの始めはまず、水没した大陸を復活させることから始まる。

 主人公アークは地表の裏世界『地裏』に生きる民。ヤンチャな上に乱暴者で、あたかもダンユウーグのようにも見えるが、心の底には強い正義の心を持った、まさに英雄と呼ぶにふさわしい男だ。もしも現実に私の前に現れるならば、我々の仲間に加えてモンスターの身体を与えてやりたい男だよ」

 モンスターの身体を与える、とは、ワグタススたち質英雄がこのむ、最上級の褒め言葉である。

「物語の走りとしては、いつものイタズラをきっかけとして、地裏の仲間たちが、ふしぎな力で、地裏各地にある塔によって、呪縛されることから始まる。

 それを救出するために、地裏の彼方へ旅立ち、試練の塔で戦いにのぞみ、その果てに人々の救出を果たすのだ。

 その過程で、人々の命とともに、封印されて水没していたユーラシア大陸やアメリカ大陸、アフリカ大陸なども復活させることになる。

 そしてこの人物は、育った故郷、大好きな幼馴染から別れを告げ、その復活させた大陸におもむいて、生命の復活を果たしていく……。

 だがそこでアークは、みずからが良しなにと思って復活させた生命に、つぎつぎに翻弄され、裏切られ、あるいは助けられていく、というエピソードだ。テーマは流転や転生で、スーファミコントローラーを握る手に、深い感慨が湧き上がることは免れん」

「CGをいかんなく使いこみ、シナリオ、システムなど作り込みも丁寧だったが、その前年1994年12月にはプレイステーションが発売されていたため、美麗をうたったグラフィックも、プレステの目新しさに隠され、話題になりきれなかった不遇の名作でもあるのが、残念じゃのう」

 ボクオーソが付言する。

「CGと言うがな、ボクオーソ……当時として大迫力だった冒頭のCGは、容量を圧迫したために、あの迫力は前半だけだったではないか。製作者も、そこで力尽きたのだと白状していた」

 掃除を終えたノエノレがしゃがみ、掃除機のコードリールを引っ込めるボタンを押し続けながら、ボクオーソの言葉に付言した。

「そう、まさにゲルググのようなゲームだったのじゃ……天地想像はあたかもゲルググのように、大戦末期に作られたが、遅すぎたために活躍できなかったスーファミゲーだったのじゃよ。だからこそ、ワシはいま、あえて話題に上らせたくなったのじゃ」

「何だよゲルググって。ジジイっていう人種はボケすぎて、人の理解もほったらかしで話をすすめるよな」

 話についていけないクジンシイチが、ボクオーソに水を差す。

 クジンシイチは空気を読まない発言でも嫌われ者だったが、その趣味はフーゾクやパチンコが趣味であることでも嫌われ者だった。

 そのほか、口が臭くて嫌われ者、足も臭くて嫌われ者など、嫌われ者の理由を挙げればキリがない。

 クジンシイチは陰ながら、ノエノレの妹クチックブーケに想いを寄せているが、むしろ想われているほうはクジンシイチが嫌い。

 右を論じても嫌われ、左をとなえても嫌われる。

 とにかく、嫌われ者なのである。

 だがいざというとき、この嫌われ者としての個性が、見事なほど嫌われ者として嫌われ者となる、頼りがいのある嫌われ者なのだ。

「クジンシイチよ……お前は天地創造を、何度プレイした?」

 聖闘士星矢の登場キャラクターのように、瞳を閉じたワグタススが、リーダーにふさわしい、感情を排した威厳を携えて、ゆっくりとした口調でたずねる。

「だからなんだよ電池想像って」

「……私はあのゲームに夢中になった。まさに、友人とのサッカーの約束をドタキャンしてでもな。4回はクリアしたし、小説まで買ったよ。久美沙織のストーリーも良かったものだが、やはり起点はゲームだな」

「ワグタススはまだ甘いな。俺は6回だ。ガールフレンドから誘われても断る理由、第1位が天地創造だった」

 ノエノレが合わせる。

「私は3回目のプレーでようやくプライムブルーの楽しさがわかったよ」

「プライムブルーか……そんなものもあったな。俺はだいたい、勝てない敵にはレベルを上げて挑むから、使わずに終わったよ」

 ノエノレが喋りかけたが、クジンシイチの怪訝な表情に気づいて、最後に付け足した。

「ああ、プライムブルーとは、いわゆる魔法のことだ。

 魔法の存在感は低かったから、とくに気づかずとも問題はなかった」

「脳筋でも出来るところは……賛否はありそうだが、子供には優しかったとは評価できそうだ」

 ワグタススが天井をあおぎ、感嘆をもらした。

「一部、脳筋プレーだと苦労するところがあるが、そこも時間をかけて脳筋すれば、なんとかなったからな。ラスボスをワンパンするのは、爽快だったよ」

 ノエノレが合いの手を入れる。

 ワグタススやボクオーソに次いで賢いノエノレだが、ゲームスタイルは脳筋プレーが好み。

 どんなに強力無比な魔法を持ち合わせていても、ボスに効かない即死魔法ばかりをかけるAIキャラクターにやきもきするぐらいなら……戦士と武闘家と商人をフル武装させて、ひたすら殴る……そんな作戦を最上とする、生粋のゲーム戦士なのである。

 雄々しきワグタスス。優しきノエノレ。

 人との接し方においてはそうだが、ことゲームとなると、ノエノレもまた激しさを表すのである。

 とにかく、何も考えずにAボタンあるいは○ボタンを押していく……それが通じなければ、通じるようにレベルアップするまでAボタンを押す。

 良くも悪くも正攻法。

 それがノエノレのゲームスタイルであり、人生観なのである。

「当時は、ゲームをしていて知識欲を満たすことができるゲームとは、珍しかったものだ……ギリシャ神話をモチーフにしたヘラクレスの栄光もあったが、今回の議題はこれではない。ヘラクレスの栄光の話をすれば、おのずとストーリー考案者をたどってファイナルファンタジー7にまで及ぶからな。それは一日では足りん議論になる。

 話をもどすが、天地創造のストーリーには引き込むものがあった。このゲーム作成をしたクインテットは、このほかソウルブレイダー、ガイア幻想紀と、遊ぶものに深い感慨を与えることを得意としていた。Wikipediaを見る限りでは、これらはクインテット三部作と呼ばれているそうだ。

 ところでなノエノレ。ほかの者はまだ来ぬのか」

「ああ……ダンユウーグは筋トレの折り合いがつかん、と連絡があった。スービコウは浜に打ち上げられたクジラを助けるのに手一杯だそうだ」

「ブ、ブ、ブーケたん……いや、クチックブーケはどうなんだよ」

 クジンシイチがにわかに、どぎまぎした表情をうかがわせながら、その兄ノエノレに問うた。

「クチックブーケは……」

 ノエノレが説明しようとした時、だった。

 ワグタススが入店したのと同じ、表のガラスドアが開いて、ドアベルがガランガランと鳴った。

 そこには、オレンジのワンピースをまとい、頭に大きなユリの花を添えた、ウェーブヘアの女が、わずかに肩を上下させながら立っていた。

「兄さま、遅れました。今日も学校帰りに3人をフっていたので、時間を取ってしまいました」

「遅れた理由はいらん。すでに始まっているぞ」

 ノエノレが親指を立てて、ワグタススとボクオーソの向かい合うところを指した。

 そこではワグタススが、クチックブーケの到来を気にしたふうもなく、ボクオーソと語り合っていた。

「人間にほんらい備わる知識欲。私はそれを強く信じているよ。大学で教授職をしているかたわら、近くの高校でも教育を預かっているが……そこはあまり賢くない高校でな。

 英語の授業で、教師がテストより先に答案を配ったことがあった」

「イヤ、それ漏洩じゃねぇの?」

 めずらしくクジンシイチが、ここにいる全員の反応を代弁する。

「それでも0点を取るような輩がいたそうだ。ともかく、私のいる高校は、そんなところだ。

 だが彼らにも、知識欲はあると確信しているのだ」

「なぜ続けてらっしゃるのですか、ワグタスス様。あなた様にはもっと、すごい登用が待っているはずです」

 ワグタススが語っていると知るや、クチックブーケが横から言葉を絡ませた。

 議論さなかのボクオーソが顔をしかめるが、そんなものにも構わず、さらにクチックブーケは続けた。

「ワグタスス様は昆虫学だけでなく、鳥類や地質学にも造詣をお持ち。それなのに、ワグタスス様はその高校では、国語や倫理を教えてらっしゃる。そんな高校など、辞めてしまえばいいのです。

 ワグタスス様ならきっと、歴史に名をつらねる博士になられます。それなのに……」

 ワグタスス当人の代わりに、クチックブーケが憤った。

「意見をありがとう、クチックブーケよ。

 しかし国語も倫理も、基本の学問だ、これをやめるつもりはない。

 たしかに国語の教科書を解説するだけでは、彼らは見向きもしない。毎回、必ず数人が授業中に眠っている。

 これを焼き払うのは容易い。

 だが、私が戦争の話で実体験を語ったり、結核にかかったりしたり、孟子と荀子の性善説、性悪説のことを話せば、いつもは寝ている連中も、目を輝かせて質問を飛ばしてくる。眠れる好奇心を呼び起こしたのだろうな。

 私はゲームでもアニメでも、それができると期待しているのだ」

「焼き払うのは容易いって、なんだ……?」

 クジンシイチがおずおずと口出ししたが、それで誰かが反応することはなかった。

 クチックブーケにいたっては、クジンシイチがいないものとして、ワグタススと対話を続ける。

「さ……さすがです! ワグタスス様! そうですよね! クチックブーケは、ワグタスス様がそう考えてらっしゃると確信しておりました! あとついでに、わたくしのことはブーケと愛称で呼んでいただいてもいいんですよ」

 クチックブーケが恍惚とした表情で、ワグタススに賛同した。

「ん…………あ、ああ……」

 ワグタススはクチックブーケに見当違いの合いの手を入れられて、口ごもったが、すぐに立ち直ってボクオーソに続けた。

「ともかく、知識欲を満たす、ということだ。近年ではメタルギアソリッドがそれを成していた。だがメタルギアソリッドが多くの称賛を浴びたのに対して、天地創造にそれはなかった、なぜか」

「答えは簡単じゃ。まだプレイヤーが若すぎた。掛け算や割り算を覚えたての小学生には、ケインズもコロンブスも早すぎたのじゃ。ほかにも要因は多々あるじゃろうが、口コミにも乗りにくかったのじゃ」

「あの……ワグタスス様? なんのお話をしてらっしゃるの? ペインズ? 新しい魔法かしら」

 いつもクチックブーケは、ノエノレさえ話のタイミングを伺うワグタススとボクオーソの激論に、おそろしく無遠慮に割り込んでいく。

 これはクチックブーケだからこそできる芸当だと、兄のほうは分析している。

 これがあるからこそ、ワグタススもボクオーソも、そしてノエノレも議論から距離を離し、冷静になれることを知っているのだ。

 クチックブーケは我知らず、こういう冷却剤になっているのである。

「で、で、電池想像っていう、主人公がアルカリ乾電池を作り出すまでの紆余曲折を描いた感動ドキュメントの話だよ、ブ、ブーケたん……ふひひ」

 コミュニケーションを図りたいくせに、この手の話に無知なクジンシイチが適当に説明をするが、クチックブーケもワグタススも、歯牙にかけはしなかった。

「天地創造というレトロゲームの話だ、クチックブーケ。まだお前が生まれていないころだな」

「まあ……そうなんですの。あと、わたくしのことはブーケちゃん、とお呼び下さいまし」

 もじもじとクチックブーケは加えるが、残念ながらワグタススはその付言のほうは、まともに聞いていなかった。

「天地創造が、当時としてゲーム業界の列強だったエニックスの中で、あまり有名になれなかった理由は、もはや語らずにおこう。ところでノエノレよ……」

「ん、なんだ」

「天地創造には名言が、いまいち思い浮かばんのだ。何かあるか」

「そうだな……あれほどインパクトのあるゲームだった割には……『ねこたおしを愛してくれて嬉しいよ』と喋る中年しか記憶にないな」

「そこなのだ、ノエノレ。コロンブスもいる。投票もある。発展もできる。世界地図を再現しているし、頑張ればムー大陸の復活もできる。動物と語れた主人公アークが、物語の進行とともに、それができなくなることに、深い哀愁を抱いた。なのに……なぜだ。なぜ答えられん」

「それなのだがな、ワグタスス、それにボクオーソ」

 ノエノレが分厚い石壁に開けられた窓を、わざとらしく見た。

「夜が深くなってきた。今日の議論はこのへんにしておこう。そもそもダンユウーグやスービコウもいないまま話を詰めてしまうと、奴らも悲しむだろう」

「うむ……ダンユウーグは暴れ者じゃが、無視して通り過ぎるとキレる暴れ者じゃからな。ノエノレに従うとしよう」

 ボクオーソはガラス机に散らばしたスーファミカセットを、ていねいにクッションの詰まったアイスボックスに戻し、席を立った。

「すまぬなボクオーソ。わざわざ家から持ってきてもらって」

 すれ違うボクオーソを、ワグタススがねぎらった。

 ボクオーソは優しく首を振ったあと、出入り口のドアを開けて出て行った。

「ハイ! クチックブーケはまだ疲れておりません! ワグタスス様に教えて頂きたいことが、たくさんございますよー」

 クチックブーケが元気に手を挙げた。

「そうか……ならば、付き合ってもらおう」

 ワグタススは涼しく肯定すると、先ほどまでボクオーソの座っていた席を示した。

「天地創造では意味もわかるまい。お前の好きな花の話でもしようか」

「ワグタスス様! わたし、花言葉でしりとりをしたいです!」

「……?!? よ、良かろう。さっさと始めるがいい」

 ワグタススはにべもない風体をとりつくろいながらも、ちゃんとクチックブーケを相手にしてやる姿勢はくずさない。

 そこがワグタススの、リーダーたる器量なのだとノエノレは評していた。

 そして……と、ノエノレはクジンシイチに振り返る。

 いきなり始まったクチックブーケのおのろけに、クジンシイチは打ちのめされたようにガラステーブルに突っ伏していた。

「クジンシイチ」

「うう……何だよノエノレ。オレは、な、な、何とも思ってねェぞ。嫌われてんのはオレだって、わかってんだよ」

「酒でも飲みに行かないかと思っただけだ。行くだろう?」

「ノ、ノエノレ……あんた」

「お前のおごりだがな」

「……お、おぉう……いいぜ」

 かくして、ノエノレはクジンシイチをともない、店を出ていった。

 夜へと変じた『古代人アーケード街』は、涼しい風がそよそよと、音もなく渡り歩いていた。