11.師弟

 場所はうつり、『アズマ顔の男』……寺山士門(しもん)の地下アジト。

「ママ……あの時の私は若く、ママの意志を()みかねておりました。ですが、今ならわかります……」

 例の鉄扉(てっぴ)の向こうで、士門は母親の写真と、そのそばに置いた腕時計に話しかけていた。

「先生」

 その思索(しさく)を打ち(やぶ)るようにして、鉄扉から、西洋流のノック音を鳴らして、亀井の声が聞こえてきた。

「ついに収穫(しゅうかく)がありました。ずっと探していた、士門先生のクローン体──CCE七十と、出くわしたのです。私と懇意(こんい)の、おしづの甘味処(かんみどころ)です。先生もご存知(ぞんじ)の、あのおしづです」

「CCE七十が?」

 そのニュースに、さすがの士門もすぐさま反応し、喜びかげんに立ち上がると、床石をこすれさせながら鉄扉(てっぴ)を開けて亀井の前に出た。

「それは朗報(ろうほう)だ。おしづとは……お前が養育していた娘だったな。私も何度か、あの娘に会ったのだった……まだ若返る前だから、あの娘が私に気付くことはなかろうが」

 おしづは、士門が老人だった頃には、かなり面識の深い間柄(あいだがら)である。

 だが寺山士門は、若返ってからは一度もおしづとは会っていないから、おしづが士門を見たところで、亀井の父であり師でもあった老人と、今の若い士門とが、同一人物であるとわかるはずもない。

 つまり現時点では、おしづは士門に関する情報を、アズマに何一つ渡すことはできないのである。

「他に何かわかったことは?」

「奴は旅籠(はたご)の『えながや』に住んでいることもわかりました。白い袴姿(はかますがた)という、目立つ格好(かっこう)だから、人々の記憶に残りやすいのでしょう、そこらで(たず)ねてみれば、すぐにその話を得られました」

「2年にして、ようやく手がかりだ。これでも早く見つかったのかもしれんが」

 士門は満足そうに、あごに手を()えた。

「亀井、そこまでたどり着いたのだ。次に何をするべきか、わかっているだろう?」

 士門がほのめかすのは、ただ一つの意味のみだった。

 ()らえて、連れてこい──

 それは亀井にも()(はか)れたが、それでもわずかな抵抗(ていこう)を見せた。

 亀井は目と精神が(くも)ってはいても、やはり善人(ぜんにん)なのである。

「ここへ連れてくるのは構いませんが……他人の空似(そらに)、という線もあります。私もそれを見違えるはずはありませんが……もし違えば、どうされますか」

「奴の左上腕(じょうわん)に、CCE七十と焼印(やきいん)をしてあるのは知っているだろう、確認はしていないのか?」

「さすがに、そのヒマはなかったものですので……」

衆目(しゅうもく)もあるから仕方ないな……そこは捕らえさえすれば、いくらでも見られよう」

「まだ当人と断定(だんてい)できませんので、何とも言えませんが……もしも違えば、どうなさるおつもりで?」

「奴がCCE七十でなかったなら、奴のほうにも我々の居場所が知られることになる。となると、秘密(ひみつ)保持(ほじ)のためにも、生かして返すのは無理な話だ。

 わかるだろう?

 秘密とはふつう、金、手間(てま)、労力……あらゆる物をかけて守るものだ。我々だけの秘密なら、なおさらだ。

 前にも未来の話をしただろう?

 アメリカの秘密軍事研究基地、『エリア51』が生まれるきっかけになったのは、原爆製造のために立ち上げられたマンハッタン計画だが……そのマンハッタン計画の秘密保持のやりかたは徹底(てってい)していた。

 その秘密(ひみつ)を守るために200億ドル以上ものカネを(とう)じるのみならず、側近(そっきん)中の側近である副大統領と上院の国防委員長を兼務(けんむ)していたトルーマンさえ、その計画、つまり原爆製造については知らされていなかったのだ。軍の金の使い道を管理する立場だったにもかかわらず、だ。

 トルーマンはのちのちアメリカ大統領になる男だな。

 マンハッタン計画には20万人が参加し、80もの関連組織が関わっていた。それほど多くの人間が参加(さんか)していたにもかかわらず、秘密は長いこと守られていた。計画に参加する彼らはみな、電話を盗聴(とうちょう)されることを許諾(きょだく)し、憲法に守られる権利を放棄(ほうき)する、と誓約書(せいやくしょ)を書かされたのだ。

 国家、組織だけでなく、個人でさえも、秘密とはそういう(あつか)いをすべき物なのだ……日本人はあまりにも、秘密を他人に話しすぎる」

「……は」

 亀井は小さくうなずいた。

 納得(なっとく)、共感、利害──人間が他人を動かすには、これらのどれかが必要だが、士門はこれにかけては達人(たつじん)と言えた。

 洗脳(せんのう)も、言いくるめも、感動も、雇用(こよう)信頼(しんらい)も、妥協(だきょう)も、支配や屈服(くっぷく)脅迫(きょうはく)も、この3つの内のどれかにすぎないのである。

「亀井よ、急ぐのだ。私の永遠の命は近いぞ」

 士門は返事を待たず、亀井を追い出すように鉄扉(てっぴ)を閉めると、(ふたた)び母の写真と向き合った。

「ママ……また一つ、進捗(しんちょく)()たしました」

 士門は母の写真を取ると、いつもより長いキスを始めた──

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