4.Saga

 第三次世界大戦のことはわからないが、第四次世界大戦のとき、人類は石器で戦っているだろう、とアルバート・アインシュタインは言った。

 これは彼持ち前のユニークな皮肉だったが、おおむね、未来は正しい形で具現された。

 なんにせよ第三次世界大戦はまず、金も人脈もない、ひとりの男が、ぐうぜん出会った若いアラブの石油王を、理論できふせ涙で揺さぶり、時間をかけ手間を使って、洗脳することから始まった。

 そうして男は、石油王のかんぜんな同意のもと、124発の水素爆弾の仕入れに成功したのである(実際に用意できたのは300発とも言われている)。

 男はそれを、船団をもちいて南極まで運び、氷に穴をうがち、水爆を設置。世界への破壊宣言もなく起爆ボタンを押して、その氷床の西部分をまるごと焼き払って、地球全土に40メートル以上の水位の上昇をおこし、未曾有みぞうの死者を出したのである。

 まずドイツだが、これによって、北のハンブルグはもちろん、ラベ川を伝うようにして、首都ベルリンが水没した。

 その隣国「低い土地ネーデルラント」オランダは深刻で、かねてより海抜よりも国土が低かったため、ほとんどが海の底に沈んだ。

 中東ならば、トルコ北西のマルマラ海から海水が侵攻。黒海へ海水が押し寄せ、そこからあふれた海水が、カスピ海まで続いて、カザフスタンの西、1000平方キロメートル以上を海へと変えた。

 中国は天津が海の藻屑もくずとなり、北京もほとんどが海の中へ。

 アメリカでは脱税の聖地デラウェア州が、かんぜんに海に飲まれ、ノースカロライナ州も被害甚大。ニューヨークは海図表記でなければ見れない場所へ行くことになった。

 そしてこのセントデルタのある日本。

 他国と比べ、海との接地面の多かったこの国は、首都をふくめ、東京都の東半分は消滅。愛知県、大阪、福岡といった経済の支柱も、海に洗われ、文明を消し去ったのである。

 これは、のちに水爆の男と呼ばれる人物の大凶行である。

 そののち、残った数十億人も、急激に衰退した世界経済と、水爆の男が南極爆破の前から始めていた『第三次世界大戦』によって、ゆっくりと死滅へと進んでいった。

 ――最後に地上に立っていたのは、ただ一人の少女・エノハだけとなった。

 その日、人類が自然界を牛耳ぎゅうじった戴冠たいかんの日は終わりを告げ、新たな時代が遂行されることになる。

 その新時代の名前をつけるものは、まだ現れてはいないが、今から起こる世界大戦は、たしかに石器を持った人々の手によって始められ、そして終わらされようとしていた。

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