6.ハノン

 ハノン・ジャガイモセンセー。

 ファノンと名前の似た、逝去せいきょした人物のフルネームである。

 この友人の名前もたいがいだが、ファノンが気に食わないのは、自分の苗字である。

 ファノン・パケプケモンテン。

 この苗字について、かつてファノンはクリルにこぼしたことがある。

「俺、こんな名前いやだよ。ヒムロとかミッターマイヤーとかのほうが良かった。なんで人類の復活をやり遂げたとき、古代の人間たちの姓を与えなかったんだ、エノハ様は」

「さあ……エノハにとっては、このセントデルタの人間は自分が産み出したもの。だったら自分の子どもみたいに感じてるんじゃないかな? 人類も一人もいないし、自分の決定に文句を垂れる者もいないんだから、苗字もゼロから作れるとなると、かわいい名前にしたかったとか」

 ファノンの愚痴に、そんな思いつきの持論をクリルが返してきた。

「とりあえず俺の名前、今からローエングラムにするわ。本当はヤンのほうが好きだけど。だってファノン・ヤンっていう名前にしたら、短すぎてゴージャス度が低いだろ?」

「……改名の法はセントデルタにはないからね?」

 というふうなエピソードだが、そうかもしれない、とファノンが納得したのには理由がある。

 つい最近、ファノンはメイのノートを見てしまったときがあったが、メイはそこに自作小説をしるしていて、そのペンネームが「うなぎもんじゃくん」だった。

 たぶん響きがかわいいからメイも採用したのだろう。

 追記しておくと、その自作小説をのぞいたことがバレて、ファノンは三日間、メイに口を聞いてもらえなかった。

「ジャガイモセンセーってのもないよな。あの人、教師でも何でもないのに、あだ名が先生だもんなあ」

「なあ、そういえばさ」

 ファノンの独白に、メイが割りこんだ。

「先生とファノンって面識あったっけ」

「ハノン先生には世話になった」

「私は川遊びにつれてってもらってたけど。彼、サケをとるのうまかったよな」

「おー、おまえもか。俺もあいつと、夜の学校に忍び込んでゴキブリばらまいたりしてたな」

 メイがすかさず、ファノンの脇腹にヒジ鉄を叩き込んだ。

「どぅるふっ!」

 ファノンは妙な鳴き声をあげながら大小のルビー小石やガーネット小石の敷かれた舗道に膝をついた。

「あれ、お前らだったんだな」

 そんな掛け合いを交差させていると、だった。

「クリル先生」

 とつじょ、うしろからクリルを呼ぶ声があがった。

 その声は慇懃いんぎんでよどみなく、ゆっくりとした、落ち着きのある声だが――声の主は、変声期のまだおとずれていない、子どものものだった。

「あら、こんにちは」

 クリルはその子どもに振り向き、屈託なくほほえんだ。

 ファノンも彼のことは知っていた。

 クリルの勤める学校の生徒で、よくハノン先生に肩車をしてもらっていた子供だった。

「こんにちはクリル先生。ぜひ、ジャガイモセンセーの弔辞ちょうじを読んでいただきたいのですが、お願いできますか?」

「……死んだハノンがいってたの? あたしに読め、と」

「はい、亡くなる前、是非クリル先生にたのみたいと。彼女なら面白く見送ってくれるだろう、といっておりました」

「ハア……それって遺言じゃない……」

 クリルは頭をもたげた。

 しばらく、何かを思案するというより、耐えるように沈黙したあと、クリルは面をあげた。

「ん……わかった」

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