100.memo

 クリルが読めなかった、フォーハードのメモの続きの文面は、こうだった。

『……それでは私の策を講じましょう。

 ――あなたはゴドラハンの森に隠れ、毒矢を用意し、ファノンを射殺すのです。

 ただし、射るタイミングは、よくお考えください。

 ファノンはおそらく、例の超能力で、いかなる攻撃もはじきかえすバリアを張っていることでしょう。ファノンがツチグモの襲撃も退けたのは、それのためです。

 そこで、リッカお姉様です。

 あの方に、クリルを追い込んでもらうのです。

 これはあの方にしかできないこと。そうでしょう? クリルの実力に近しく、戦えるだけの能力があるのは、セントデルタにおいて、あの方しかいないのですから。

 お姉さまとクリルがぶつかれば、必ずやファノンの心に空白が生じます。そこを、あなたは狙うのです。

 私は存じております。あなたが、ファノンにいだく憎しみを。

 その感情は、お姉さまのように、ファノンをセントデルタ外に追放する程度で、収まるものでないことも。

 あなたの苦しみは、ファノンの死でしか、贖えないのです。

 だからこそ、ファノンに死を。

 ――そしてあなたに、盤石ばんじゃくなる英雄の地位を。

 時間はありません。すぐに行動に移してください。

あなたを信じる者より。』  

「よし……」

 ノトは茂みの中で、ひとりうなずいた。

 ノトは『フードの予言者』に指定されるままに、ゴドラハンの森で身をかがめ、ひたすら機会を待つように潜んでいた。

 その目の前では、クリルとリッカの激闘。

 だがその戦いは、クリルがリッカの左目に、ナイフを叩き込んだところで、終わりを予感させ始めていた。

 それでもノトの視界には、敗死しかける姉は、入っていなかった。

 ノトが見つめていたのは、ただ一人、審判のようにクリルたちの間で立ち会っているファノンのみだったのである。

 ――そろそろ、頃合いだろう。

 ノトは背中にかついだ矢筒から一本の黒曜石の矢を抜いて、静かに弓の横へ添えた。

 ノトはときおり、自信なさげに、みずからのつまむ矢を、何度も目配せで確認する。

 矢には、フォーハードにそそのかされるまま、しっかりと毒を塗ってあった。

 トリカブト。

 この島国『日本』においては70種ものトリカブトが存在し、古来より矢毒にもちいられてきた、汎用はんよう性の高い毒薬だ。

 血管に直接刺した場合の致死量は3mgほど。

 唇と腹部に熱さを覚えるのを第一段階として、つぎにはしびれが五体をむしばみ、最後には呼吸困難におちいって、命を落とす。

 そんな毒を、ノトは矢筒の中にたっぷりと、絞り出していたのである。

 クリルは息も絶え絶え。

 リッカに至っては、さらに満身創痍そうい

 ――もう時間はない。

 ノトは矢をつがえ、茂みの中から、ファノンに向けて、その切っ先をさだめた。

 ――貴様が悪いのだ。

 ――貴様は俺のやりたいこと、したいこと、願うこと、すべてを無に帰した。

 ――お前はいつも、俺の正義をとどめてきた。

 ――本当に邪魔な奴。

「俺は暗殺するのではない――世界を救うのだ」

 心に思うことと、まったく違う建前を、まるで他人に聞かれた時にすぐ答えられる準備でもするかのように、ノトはつぶやいた。

 と。

 ノトの目の前に、ひとひらのメモが舞い落ちてきた。

「予言者どの……?」

 ノトは落ちてきたメモを拾い、さっと斜め読みしてから、眉をひそめた。

「予言者どの……? これはいったい、どういうおつもりで、こんなことを……だが……しかし……」

 ノトは交互に、クリルたちの戦況と、メモを見比べて困惑していたが、やがて意を決し、そのメモの通りに動いた。

 いや、厳密には、動いたのではなく、動かないことを決めたのである。

 ――メモには『その場で、しばしお待ちを』と書かれていたのだ。

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