102.対消滅

「マスター……いま、ゴドラハンの森に落としたものは、何ですか?」

 ラストマンはまるで金魚ばちでも眺めるように、フォーハードのたなごころに開いた景色にうつる、ノトを見ながら指差した。

「ああ……そこのコンベアにあった、ラストマンの腕さ。よく音の鳴るものが欲しかったからな」

「おかげで、ノトとかいう男が近くに潜伏したのが、暴かれてしまったようですが。あの男をそこに配置するのに、マスターはかなり気をもんでらっしゃったかとお見受けしていましたが」

「あいつにファノンを殺させるつもりなんか、初めから俺にはなかった。ファノンを殺そうとするノトを、クリルが見ればどうするか。

 答えはこれさ。

 かならず彼女は身をていしてファノンを守る。姉弟愛か、それとも……」

「これから、どうなるとお考えで」

「超弦の力の暴走さ」

 フォーハードは生徒から質問を受けた教授のように、自分が思い描く次の現象を論じた。

「俺たちのような、能力を持った人間は……本当に怒った時、力の選択ができなくなるんだ」

「選択ができなくなる……どのような力なのかもわからないものが、具現化するのですか」

「そうさ。ただしその場合、当人が知っている、もっとも強いエネルギーが選ばれるんだ。理由は、よくわからん」

「彼が知る、もっとも強い現象とは?」

「核エネルギーの約3倍程度の爆発力しかないが……対消滅という現象さ。この世の素粒子にはすべて、ついになる物質が存在する。陽子には反陽子、電子には陽電子、といったふうに。

 面白いのが、粒子が反粒子と出会うと、強大なエネルギーを放出しながら大爆発する。そして核融合や核分裂とは違い、そのふたつの物質は、この世から完全消滅する。

 反粒子はもともと、ビッグバンのあった過去、すべて通常粒子と絡み合って消えたものだそうだ。少しだけ通常粒子が多かったから、宇宙は消滅せずに、いまの形になったんだ。

 だが今の超弦の力ならば、この世のまさに半分の物質を反物質に変えられる。半径138億光年すべての宇宙の物質を、一瞬でな。

 この世はふたたび、無へと帰る。そして俺は……その無がどんなものなのかを、はるか未来に飛んでから、見届けるのさ」

「見届けて……どうされるのですか。そこには光も空気も温度もありませんよ?」

「そうだな。俺もそれを見たあとは、死ぬしかない定めだ。だけど、俺は生物の不条理を絶った満足感だけを抱いて、死ぬことができる……」

 フォーハードが語りかけるところで、だった。

 とつぜん、地震が起こった。

 立つのに難儀するほどの地震で、フォーハードもラストマンも、目の前の欄干らんかんをつかんで身を屈め、天井を見上げた。

「これは……大陸プレートの震えによる地震ではありません。通常の地震なら、少しずつ揺れが増えるはずですから」

「そういう地震は、地下核実験でもしないと起こり得ないはずなんだがな。これはやはり、あいつの仕業か」

「わかるのですか?」

「いや、俺も初めて尽くしのことだよ。最終的にこの宇宙は消滅するとは予想できるが、その過程でどうなるのか、さっぱりわからん」

「わたしは……わたしたちは、誰も死にたくありません。仲間たちだけでも、何とかなりませんか」

 ラストマンは緊急停止するベルトコンベアと、その近くでどうすればいいか処理に困っている仲間たちを見下ろしながら、フォーハードに懇願こんがんまじりに語った。

「そんなことを言ってくれるなよ、悲しくなるだろうが。すべての生命が解脱げだつする時だ……耐えてもらうぜ。俺も、お前らが消えた1分後にはおそらく、死んでるんだから」

 フォーハードはそう宣告しながら、このなりゆきを見守るため、ふたたび天井をあおいだ――

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