目の前にいるファノンから、憎しみと悲しみと……おそらく祈りによる
力なくうなだれるクリルを抱きしめて、空を仰ぎながら叫ぶファノンの姿は、みずからの身体からあふれる、黒くかすんだモヤによって、ほとんど視認できなくなっていた。
地震は、さらに激しさを増していた。
空に掲げられている太陽も、薄雲でもかかったかのように、少しずつ明度を落としていく。
「時空も歪んでるの……? これは……ファノン!」
我に返ったリッカが、黒いモヤをみるみる極大化させていくファノンを見つめて言った。
「ヒッ……ヒィっ! 逃げっ……逃げなくてはっ……くそっ、くそっ…………何なのだ、これは。これは一体……これは……」
冷静に現状を観察する姉とは裏腹に、弟はかんぜんにパニックになって、地震のために小刻みに浮かびかける身体を
――いま、すべての生命は、直感していた。
まもなく宇宙が終わる、ということを。
「……」
リッカは少しばかり思案をめぐらせていたが、それがまとまったのか、自分が
「姉さま、何を! その黒いモヤに近づけば死にます! そいつには矢も効かなかった!」
「クリルの身体を見てごらん。何ともなってなさそう。きっと大丈夫」
「し、しかし……」
「あたしは行くよ。たぶん、ここらへんに安全な場所はないんだから、やってみる価値はあるよ」
「ちっ、知らんぞ……勝手にしろ……!」
ノトはさっさと、危機に身を投じる姉に見切りをつけて、背を返した。
「……ねえ、ノト、協力してくれないの? これはあたしたちが招いたことなんよ?」
「知らんよ、たしかに引き金は俺のものだが、力はそいつ自身のものだ。俺は関係ない」
「あんたは……この
「当たり前だろう、俺は自警団員でも自警団長でもない。この場の鎮圧は、あんたの仕事だろうが。命をかける義務は、あんたにはあるが、俺にはない」
「……っ!」
あまりにも無責任な保身論。
ノトのその言動が、今までノトを見逃してきたリッカへの、最後のひと押しとなった。
リッカは何かを決意したように、強い視線を弟に放ったのである。
それは、いままで一度たりとも、ノトに向けたことのない、殺意のこもったまなざしだった。
「それが、あんたの本心? やっと、その言葉を聞けた気がするよ」
リッカは左手で、胸元の牛皮シースに残るアメジストの投げナイフを指につまむと、ノトに向けて構えた。
「な、なんだ……おい……何のつもりだ……」
「ノト、あんたを聖絶する」
「お、おい……冗談だろう、おい……!」
ノトはこの場から走り去ろうと背を向けようとしたが……それはできなかった。
どうやら重力もファノンの力によって死に始めているらしく、ノトもリッカも、その身体を浮遊させ始めていた。
つまり、ノトはいま、逃げるどころか、地面に足さえついていなかったのである。
「もとより、私刑を犯したあんたを、捨て置くわけにはいかない。ファノンの心のためにも、あんたが生きてるわけにもいかないんよ……わかるでしょ? あんたが生きていれば、ファノンはあんたを憎む。そうなればいつ地球が壊れてもおかしくないんだから……」
「くそ、だからどうした! 死ぬべきは奴とクリルだ! 俺が死んでたまるか!!」
ノトは自分が背負う矢筒から、最後の矢を引っ張り出すと、リッカに狙いを定めた。
だが、相手が悪すぎた。
とっくにナイフを投げられる準備を終えていたリッカは、わずかな精神統一ののち、ナイフをノトに向けて、飛ばしていた。
ナイフは空気をかち割りながら、ノトの首にトンっ、と音を立ててめり込んでいった。
「かっ…………ごぽっ………………」
ノトは浮き上がりながら、両足でぶざまに宙空をばたつかせ、あたかも石鹸の泡を浴びたゴキブリのように、びくびくと
「許して、ノト……すぐにあたしも、そっちに行くから……」
リッカは厳しい表情のまま、きびすを返し、ファノンのほうへ進みだした――