108.流葬

 葬儀は進み、ついに『流葬』の儀へと進むことになった。

 流葬。

 すなわち、セントデルタ中央広場に掘った地下水脈への穴へ、遺体を落として供養くようする葬儀である。

 この地下水脈の墓穴は、もともとは井戸だったものを再利用したものだ。

 その井戸を、古墳のように半球形の土が覆い、その入り口として『ジルコンの蓋』が取り付けられている。

 この古墳状のものは、旧代のかまくらのように井戸を埋め立てて建てられており、その外壁も内壁もすべてがダイヤモンド造りだった。

 穴の終点はまっすぐ地下の川へと続き、遺体はそこに落ちると、小石に濾過された清流に乗って、海へ行き着き、そこでおそらく骨も残らないほどに、生物に再利用されるのである……。

 闇宗教は量子論や宇宙論から生まれた宗教だから、人間が死んだときには、自然に帰して素粒子そりゅうしに戻る手助けをすべし、という結論になったらしい。

 死者の身体をかたどっていた素粒子が、再び生命界に循環することを唱えることで、人々の心の慰めとするわけである。

 だがこの考え方は旧代チベットの鳥葬(死者の肉体をハゲワシに食べさせることで自然に帰す葬儀)に近いのかもしれない。

 無神論者エノハだが、どうやら科学を突き詰めすぎて宗教めいてしまっているようだ……と、生前クリルが言っていた。

「……」

 ファノンの横腹を、メイがおずおずと押してきた。

 メイも号泣ごうきゅうに顔を赤らめて、必死でファノンにつかまっていた。

 ――俺は少しなりともクリルを看取みとることができたから、まだいい。

 ――だけど、メイはそれさえできなかったんだ。

 ――こいつの方が、クリルとの付き合いは長かったはずなのに……。

 隣の幼馴染おさななじみおもんぱかることで、自分の心は大丈夫と言い聞かせようと図ったファノンだったが……結局は耐えきれずに、メイの手を掴み返していた。

 メイはファノンのその行為に少し戸惑ったらしく、赤くうるんだ瞳をファノンに上げたが、すぐにまたうつむいた。

 そもそもファノンも、少しクリルのことを思い返すだけで、泣き叫びそうになる。

 だが、もしこの場にクリルがいれば、そんな顔色を浮かべるファノンのことを、良しとは評さないはずだ。

 クリルは優しい人ではあったが、それ以上に厳しい人だったから。

 そしてクリルが自分と同じ立場だったら、間違いなく、以下のようにメイに話しただろう。

「行けるな? メイ、気をしっかり」

 ファノンが意を決するようにメイにうながしてから、支えあうように寄り添いながら、二人で死者の台座へと進み始めた。

 クリルとノトの葬儀の親族として現れたのは、この二人だけだった。

 この葬儀に現れるべき人物としてリッカがいるが、彼女は重症を負っているため、式典への出席ができなかったのである。

 リッカはほとんど昏睡こんすいした状態で、セントデルタ大病院に運び込まれているのだ。

「それでは……送りの者、たのむ」

 エノハが台座に向かったまま、淡々ととなえると、その台座のそばで控えていた、屈強な男がふたり進み出た。

 男たちはアレキサンドライトの台座に寝そべるノトの脚と脇の下をかかえるようにして、地下水脈へ続くジルコンのふたに向かった。

 そこでは1人の白いコートを羽織った僧侶が待っており、ノトのむくろをかかえた男たちが近寄ると、両手にうやうやしくかかげていた袱紗ふくさから鍵をとって、そのジルコンの蓋の鍵穴に差しこんだ。

 そして僧侶が蓋を開くや、男たちはノソノソと、ノトの身体を座らせるようにしてから、ゆっくりとその遺骸いがいを押しやって、穴へと落としていった。

 この間も人々のノトを見つめる視線は、あまり同情のこもっていないものだった。

 ノトが八百屋で働いていた頃を知る人物も、ノトがしでかしたことを敬遠して、見送りをはばかっていたのである。

 ファノン自身もノトには憎しみしか残らなかったが、死んでしまった相手に、もはや復讐ふくしゅうは叶わないことがわかるほどには、冷静さを取り戻していた。

 もはやファノンの精神は、それどころではなかった、というのもある。

 すぐ目の前に、クリルの遺体があるのだから。

 特に間を置くこともなく、先ほどノトを水脈へ落とした二人の男が、ふたたび台座のほうへ戻ってきた。

 男たちはクリルの身体をかつごうと、頭と足のほうへ進む。

「待ってくれ」

 そこで、ファノンがとどめに入った。

 この時点では、ファノンはなぜ、それをとどめたのか、自分でもよくわからなかったが、次に出た句は、どこから見ても、親族にふさわしい言葉だった。

「そいつは……その人は……俺が、俺たちだけで……運ぶよ」

 ファノンはメイに振り向いてから、再び前を向き、ゆっくりと歩き出した。

 メイは黙ってファノンに引率いんそつされるにまかせていた。

 二人でクリルの遺骸の前に立つと、ファノンはその台座にひざまずくようにして、クリルの側にい寄る。

 若干じゃっかん紫色の肌になっているとはいえ、変わらず綺麗な遺体。

 かなり長い間、ファノンはクリルを見つめていたが、この間、来場のものからは、すすり泣く声は所々から登りはしたが、なんの言葉も出なかった。

「クリル……俺、強くなるから」

 ファノンがそうクリルの耳元に告げると、意を決したように、その体を起こし、ファノン自身の背におぶってから、ゆっくり、ジルコンの穴へと歩き出した――

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