109.帰途

 ファノンとメイは、葬儀が終わっても、ジルコンのふたの前から離れることはなかった。

 黙祷もくとうでもするように、その墓前でうつむいていたのである。

 メイの右手の中には、袱紗ふくさにくるまれた真鍮鍵。

 付添人つきそいにんも気をかせ、ファノンたちに鍵を預け、その場を立ち去っていた。

 そんなファノンたちの背をしばらく見守っていた、モエク、ゴンゲン、アエフだったが、頃合いを見計らってモエクが帰路につくことを提案してきた。

「泣くことだ。泣いて泣いて、悲しみを洗い落とすことだ。じっさい涙には、何でもないときに流す涙と、悲しいときに流す涙では、
内服成分が違う
そうだ。泣けば効果も成果も出る……彼には再起してもらいたいからね」

 ルビー・ガーネット通りを、遅い歩調で戻りながら、モエクが空に照らされるジュエル・プリズムに向かってつぶやいた。

「何を強がっている、モエク。お前の目玉も、ここのルビーのように真っ赤だぞ」

「いちいち指摘するなよ、ゴンゲン……僕もいま、この無慈悲な現実をやりこめるのに忙しいんだ」

「お前も追悼ついとうに行かなくていいのか、あのジルコンの蓋は彼女に一番近いところだぞ?」

「そりゃあ行きたいさ。むしろあのジルコンの蓋を開けて、後追いしたいくらいだよ……だが、それを本当にやりたいのは、僕じゃあないだろう。

 まずは家族の時間だ。今日のところはファノンとメイに譲るよ。先に言っておくが、あの2人がジルコンの蓋の向こうに飛びおりようとしても、僕は止めないぞ……む?」

「どうしたモエク?」

 モエクがにわかに難しそうな顔になったので、ゴンゲンがその理由をたずねた。

「少し気になったことがあるんだ。いや、昔から、ずっと疑念を抱いていたと言っても良いのかもしれない」

「何か感じたんですか、モエク」

 アエフが重ねる。

「うん……そうなんだよ。確認する方法も今思いついたんだが……しばらくできそうにない。まあこれも、仮説というより、僕の勘に近いものだから、まだ何とも言えないな」

 泣きすぎて眼球が痛いのだろう、目がしらを押さえてモエクが話す。

「なら、確信できた時にでも話してもらおうか。今から喫茶きっさ店ギフケンで飲みたいんだが、一人じゃなあ……付き合ってもらいたいな」

 ゴンゲンが暗いトーンで語る。

「いいですね、行きます。僕も何度もクリルさんに勉強を教えてもらったことがあるし。ファノンやメイのことはどうします?」

 アエフがここにいる全員に元気を分けようとするように、努めて明るい声で提案した。

「葬儀の進行で忙しかっただろう、今日は休ませてやろう……俺たちは酒盛さかもりをして、彼女の闇への旅路たびじを見守るとしよう。モエクも酒を飲めよ、今日ぐらいは」

「酒は思索しさくを停滞させるから、お断りだね」

 ゴンゲンの強引な勧めを、モエクはさらに強引な断り方で対処した。

「…………」

「………………」

「……他の飲み物でなら付き合おう……彼女の好きだった紅茶で良ければね」

 場の空気が凍ったのを自覚したモエクが、無表情で訂正した。

「いつもの俺はウォッカなんだが……今日はクリルの奴をいたんで、かぼすリキュールだな。オーイタケンという場所のものが、特にお気に入りだったそうだ」

 ゴンゲンがしみじみとした表情で、腕を組んだ。

「彼女のことにはがれるが……それでも酒の追悼のほうはお前さんに任せるよ。アエフも紅茶だな」

「え、それは美味しくないのでオレンジジュースがいいです。クリルさんは甘党あまとうでもありましたし」

「……」

「……ふっ」

 ゴンゲンとモエクとアエフが含み笑いをする。

「あっ、そういえば」

 そこでアエフが、別の話題を思いついたらしく、話を切り替えた。

「モンモさんは? さっきまで一緒にいたのに」

「そういえば、見ないな」

「そのうち合流するだろうさ、先に行こう」

 いぶかるゴンゲンを制して、モエクが提案した。

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