114.再会

 数分前のこと。

 モエクの家は平家建で、個室が三つ並ぶ造りになっている(付言しておくと、もともとこの家はモエクの預かり親の持ち家である。その預かり親もまた、誰か別の人物からこの家を譲り受けているらしい。二十歳で五体を土に還すセントデルタでは実のところ、人口はつねにわずかな上昇しかしないため、新築はほとんどないのだ)。

 日頃のモエクはほとんど寝ずにゴソゴソしているから、少年アエフの睡眠を邪魔しないために、家主と預かり子の部屋は一つ隔てられ、隣接しないようになっていた。

 その、誰もいないはずの『真ん中の部屋』で、いまアエフとロナリオが面会を果たしていた。

 その部屋はつねにカーテンが引かれて薄暗かったが、だからこそなのか、ロナリオの白い肌は美しく映えた。

「あなたと会えて嬉しいです……アエフ」

 ロナリオはベッドのヘッドボードに上体を預けたまま、アエフに微笑みかけていた。

 しかし、その動きはたどたどしく、弱々しい。

 フォーハードにやられた四肢消滅が、まだ治っていないのである。

 ロナリオには自己修復をする機能がそなわっていて、口腔内から必要な材料を粉状にして飲めば、体内のナノマシンが部品を合成し、故障箇所を復元することができるようになっている。

 すでに材料の確保はモエクが終えて、それらはロナリオに投与されていたのだが、完治にはどうしても時間がかかるのである。

 材料の調達は、モエクが夜陰にまぎれておこなった。

 ロナリオの手足の再稼働に必要な材料とは、少なくとも鉄、銅線、それを保護するPVC(ポリ塩化ビニル)など。

 本当は、さらに必要な素材がある訳だが、それら最低限のものを調達するにしても、ツチグモのスクラップがいる。

 しかし、そのツチグモはファノンによって、核融合炉を消滅させられた状態で埋められてしまったため、ロナリオに転用できる『神経回路』の調達ができなかった。

 核融合炉は核分裂炉(つまり旧代の原子炉。ウランやプルトニウムをもちいる炉)とは違い、放射線は比較的少ないが、それでも発生はするから、生きた核融合炉を処置もせずに街のそばに埋めるなど、ファノンが許さなかったからである。

 そこでモエクは、街から相当離れたところに埋められた、ラストマンを掘りに行った。

 つまり、2年前のロゴーデンの反乱で暴れていたラストマンの残骸である。

 こちらは当時を戦った人々によって、核融合炉以外を叩き潰されてから埋められたため、再利用できる部分は多かった。

 モエクは持って帰れるだけの金属部品を持ち帰り、それを粉末状になるまでヤスリにかけたわけである。

「この部屋に女の人が住んでたことには気づいてました。隣室で聞きなれない話し声が、たびたびされてましたからね……」

 アエフが、なんの内装も施されていない部屋の中を見回してから、話し出した。

 室内には家具もなく、したがって着替えもなく、調度品もなければ本棚もない。

 アエフにとっては、空き家に迷い込んだような気分だった。

 それだけ、この部屋は使われてこなかったのである。

「私の気配は感じていたのですね。それでも、この部屋に何がいるのか探らなかったのは、どうしてですか?」

「モエクに部屋に入るなと言われたからです。女性を連れ込んだ、くらいに思ってましたから、モエクにもそういう感情が生きてるんだと信じ込んでましたが……どうも違ったみたいですね」

 語るアエフを、ロナリオは微笑みながら、見つめていた。

「それに、これでも、あの人のことは尊敬してますから……ロナリオ、あなたはその……ホロコースターなんですか? 今日、モエクから聞かされましたが」

 ホロコースター。

 ツチグモやラストマンなど、常温核融合をエネルギー源とした殺人機械は、みなこの機体名称を割り当てられていた。

 つまりアエフは、あなたは殺人鬼なのですか、というのと同じ質問を、投げかけたわけである。

 だからロナリオは少し表情を曇らせた。

「はい……ホロコースターです。実際に、何人も、この手にかけたこともあります」

「……その……良心とかは痛んだりはしなかったんですか?」

「わたしは痛みます。でもホロコースターの中には、痛まない者もいます。命令だからと割り切る者や、反発して罰される者もいます……あなたがたと同じです」

「……っ」

 アエフが何か口にしようとしたところで、だった。

 自分が入ってきた扉から、こんどはファノンとメイがやってきたのである。

「よっ、アエフ」

 ファノンが片手を上げてあいさつする。

「玄関で声をかけたんだが、誰も出なかったから、勝手に入らせてもらったぞ……その人が……?」

 ロナリオに、メイが手を向けて確認をとった。

「はい……」

 そうアエフが答えるが、そもそもそんな請け合いは必要なかった。

 ファノンとロナリオが、会話を止めてまじまじと、お互いの細部まで確認するように見つめ合っていたからだ。

「ロナリオ……本当に、ロナリオなのか」

 ファノンの声は震えていた。

「ファノン、お久しぶりです。痩せましたね――悲しいほどに」

 ロナリオは上体をベッドボードにあずけたまま、ファノンに微笑みかけたが、心底気にかけている様子ものぞかせた。

「そう……なのかな」

「あなたには、温かみが必要と判断されます。胸を貸しましょうか? 女を模した私なら、きっと癒せるはずです。体温も同じですし」

「いや……それよりも、教えてほしいことがあるんだ」

 どこまでも真摯に、ファノンはロナリオの瞳を見えて頼み込んだ。

「私に? 知識ならモエクのほうが良いのでは」

「いや、あいつでも調べきれないことだと思う。俺の超弦の力について、たぶんデータを揃えてるのは、あんただ。俺はあんたの記憶力に頼りたいんだ」

「超弦だと? フォーハードは消えたんだろ。いまさら何に使うんだよ、そんなもん」

 横のメイが驚いたようにたずねるが、ファノンのほうは、まったく顔色は変わらなかった。

 ――フォーハードの宇宙からの消滅。

 それは、クリルが死んだあの日、ファノンは超弦の感覚でわかっていたことだった。

 この世界のどこにも、もはやフォーハードの気配が感じられない。

 そのことをファノンは、メイやモエクやゴンゲン、アエフやモンモなど、ごく親しい人物にだけは伝えていた。

 ファノン自身、セントデルタ全てにこの情報を巡らせようとしたのだが、モエクに止められた。

 それをすれば、安心した人々は、こんどはファノンの排斥に力を入れ出すだろう、という理由で。

 モエクに言わせれば……フォーハードにはこのまま生きていることにしてもらって、ファノンが死ぬまで行方不明でいてもらうのが上策だというわけである。

 これの是非はどうあれ、いずれにしてもファノンは、もはやこの強大な、持て余すほどのエネルギーを使う必要はなくなった、ということなのだ。

 そうなった……はずなのである。

「――やはり、決着はついていない、ということですね」

 何かを悟った様子で、ロナリオが切り出した。

 その言葉にファノンが頷くと、ロナリオが続けた。

「フォーハードが、近いうちに、ここへ戻ってくる、と?」

「フォーハードが……?」

 つぶやくアエフの顔に動揺が走った。

「そんなバカな……あいつはお前の怒りのエネルギーに触れて、どこかに飛んでいったはずだ……つい最近、自分でそう言ってただろ」

 メイがアエフの疑問を代弁した。

「モエクだって、モンモさんだって、ゴンゲン親方だって、みんな戦いは終わったって信じてる。あんなことは、もう起こらないって……。

 私たちは、あんな不安と、まだ隣り合わせでいるってのか?」

「俺も昨日の夜、それに気づいたぐらいなんだ。じっと意識したら、かすかにだけど、あいつの存在が感じられる。この世界にはいないけど、それは今だけだってことも」

「なんてことだ……フォーハードはいつ戻るんだ?」

「わからない……だけど、すぐじゃないはずだ」

 ファノンはメイから瞳をそらし、もう一度ロナリオになおった。

「だから、あんたに超弦について、色々聞かせて欲しいんだ。俺はあいつと戦うために、この力を強化する必要がある。通うことになるけど、良いかな」

「もちろんです。わたしで役立つことがあるなら、喜んで。オリジナルのロナリオも、きっとそれを望むはずですから」

「オリジナルのロナリオ……森の中でフォーハードに襲われた時、そんなことを喋ってたな……まあ、よろしく頼むよ」

「待ってくれ」

 静止の声が横のメイからかかってきたので、ファノンとロナリオ、それに傍観していたアエフは目をこらしてそちらを眺めた。

 何か名案をひらめいたかのように、メイのまなざしは、ぎらついていた。

「その前に……教えてほしいことがあるんです、ロナリオさん」

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