117.ARLWS

ARLWSアールゥス。Auto Remote Laser Weapon System……当然、知っているよな」

 丸石化した、七色の宝石があまねく川岸に立ち、ファノンとタクマスがつまらない雑談を続けていたところ、にわかにタクマスがそう切り出して来た。

 あたかもそれは、相手の気持ちが雑談でゆるむのを待っていたかのようなタイミングだった。

「無人AIレーザー銃で、エノハ様の塔の内壁に敷設されたセキュリティ兵器だ。旧代によく作られたフィクション映画という媒体では、セントリーガンと言うんだったか? それがどうした?」

「……そう、セントリーガンだ。だがこのARLWSが生まれたのは、どちらかというと旧代のUGV(Unmanned ground vehicle 無人車両)の着想から産まれた兵器らしい。

 UGVが実戦配備されたのは旧代2008年のイスラエルだ。イスラエルとガザを見回る完全無人の国境警備車両『ガーディアム』が始まりで、ARLWSはそれを応用したものだそうだ。ガーディアムも自分で侵入者を見つけ、脅し、立ち去らねば撃ち殺す車両だった。それを踏襲とうしゅうしたシステムを、エノハの塔では随所ずいしょに、壁のレーザー銃に敷設ふせつしているわけだ。

 昔……200年も前のことだ。エノハの塔へ侵入しようとした者がいた。だがそいつはARLWSのことを知らなかった。ARLWSはガーディアムとは違い、侵入者の善悪まで判断できた。顔色、体温、発汗や脈拍だけでなく、言行の一致具合でもだ。その侵入者はエノハに反意ありと断じられ、レーザーで心臓を射抜かれて殺されたよ。あの銃器は、人間よりはるかに賢いんだ」

「あそこには5年は住んでたからな。当然知ってるよ……で、その話をなぜ俺にする?」

「新聞社の特権だな……俺はかつて、エノハに呼ばれ、ARLWSについて説明を受けたことがある。愚かな奴がアレキサンドライトにむやみに侵入しないよう、その恐ろしさを、俺たちに記事にさせるためにな。その時に、ARLWSのことを詳しく知ることができたのさ」

「それが皮肉なことに、エノハ様が攻撃される脆弱ぜいじゃく性となるわけだ」

「さあ、どうなんだろうな」

 ファノンの投げかけを、タクマスは涼しく笑って流し、続けた。

「ARLWSの配置箇所はよく覚えている。あれは一階エントランスに8丁あるだけなんだ。50階におよぶ上階には設置されていない。あれさえ突破できれば、レーザー銃の心配はいらなくなる」

「その話をしたくて、俺をここに呼んだのか?」

「お前なら、レーザーなど、いくらでも無力化できるだろう」

 タクマスは川を見つめていた視線を、横のファノンに向けた。

「その力でエノハを倒してくれ。お前の力ならできるし、クリルにもっとも近かったお前なら、お前の行動に、みな賛成するはずだ」

「……あのな」

 ファノンはいらだたしげに頭をかいてから、続けた。

「エノハ様は俺の親だ。なんで俺が、あの人を殺す手伝いをしないといけないんだ」

「それはお前が、その力を宿しているからだ。お前が今の世界を壊すのは、お前の義務なのかもしれんぞ? クリルも、それを望んでいる。お前も聞いただろう。かつてクリルは、セントデルタの悪弊を糾弾していた。人間が二十歳で死ぬなどおかしい、文明を停滞させたままなのはおかしい、と」

「クリルは武力で願いを叶えろ、と言ったか? あいつは、いつも言葉と議論でそれを果たすべきだ、と話しただろ。お前の理論は、あいつのスタンスに反してる」

「俺たちの革命にはフォーハードだけじゃない。お前もネックなんだ……わかるだろ? お前はセントデルタの人々を守ってきた。だが、その気になれば、セントデルタを破壊することもできる。

 ここだけの話だがな……俺たち反エノハ派のみんなが力を合わせて戦うときには、必ずファノンが立ちふさがると言って聞かない奴がいるんだ」

「それは正しいぜ。クリルを守れなかった俺は、エノハ様まで失う気はないからな」

 即答しながらもファノンは、じっさいの実行については、確実にためらうだろうことを予想していた。

 ――人々が暴徒と化してアレキサンドライトの塔へ殴りこんだ時、俺は彼らを食い止めるために動くだろう。

 ――だけど俺はその時、彼らに躊躇ちゅうちょなく超弦の力を使えるだろうか……。

「しかしな、ファノン……俺たち人間自身の力で、自由を得ようとするのを、クリルならどう答えそうだ? お前は人々の祈りに似たこの思いを、力でねじ伏せるのか?」

「……っ」

「結局のところ、俺たちの運動は、お前がどう動くかで決まるんだ――俺たちの未来のために、その超弦の力というやつを使ってほしい」

「あいにくだな。俺、もう超弦の力は使わないと決めてるんだ」

「なぜだ、それほどの万能の力を手に入れているのに? お前なら皇帝にも王にも、何だってなれる。俺はお前の下になら、ついても良いと思ってるんだぞ……そのためなら」

 タクマスがさらに言葉をたたみかけようとしたところで、だった。

 ファノンとタクマスは同時に、うしろの土手に気配を感じて振り返った。

 そこには、いつのまにか、メイが立っていたのだ。

「ファノンが仕事に復帰したというから様子を見に来たんだが……ルビー通りをタクマスと歩いてるのを見かけてな。私も混ぜてもらいに来たぞ」

「む……メイか」

 タクマスが神妙な顔で、この小柄な町長を見る。

「どうした、タクマス社長。私の前ではやりにくい話か? 大丈夫だ、何も聞いていない。お前がファノンにエノハ様を暗殺しろ、とか吹聴してたなんて、聞いてないぞ」

「ふふっ……メイ町長……君はセントデルタにとって良い町長になりそうだよ」

 タクマスは美辞麗句とも警句ともとれる言葉を放つと、ファノンたちに背を向けた。

「じゃあな、考えといてくれよ、ファノン。望むと望まざるとも、お前は俺たちの自由運動の渦中かちゅうにいるんだ」

 そう言い残し、タクマスはその場を離れていった。

 その背中が遠ざかるまで見送ってから、ファノンはメイを見つめた。

「全部聞いてたんだな」

 ファノンが横に並んできたメイに切り出す。

「当たり前だ。最近うるさいからな、セントデルタ自由運動。たしかにエノハ様殺害論も聞こえてきてるよ……」

「耳が早いな、さすが町長」

「で、どうする気なんだよ」

「タクマスは、俺がセントデルタ独立運動を邪魔するかもしれない、とも思ってるが……じっさいには、俺がその時どうするか、俺自身にもわからない」

「……」

「ただいずれにしても、俺はもう、この力を使う気は無い、とは言っといたよ。少し嘘が入ってたけどな」

「嘘?」

「俺にはもう一度、この超弦の力に頼らないといけない時がくる」

「ああ、ロナリオさんと会ったときに喋ってたな。フォーハードのことだな……まだ、いつ頃戻るかわからないんだな?」

「次にあいつが戻るとき……こんどは確実に、俺を利用して宇宙の破滅をするか、そうでなくとも、殺しにかかるはずだ」

「フォーハードはまだ、宇宙の破滅を諦めてはいないってことか? どうやって?」

 メイはその続きの句を、はばかるように口を閉じた。

 ファノンを絶望と憎悪に陥れるために、フォーハードは以前、クリルの命を用いた。

 今となっては、それと同じことはできないのだ……。

「それはわからない……アテはあるんだろうな、あいつのことだし。ただ、それとは別に、あいつは急がないといけない。次にこの地球に戻ったとき、あいつはもうワープはできないんだ。ワープするには大量のエネルギーを溜めないといけないけど、そんなことをすれば、すぐにエネルギーの拡大を俺が感じとって、あいつのいる場所にピンポイントで攻撃をしかけるからな。

 あいつは、俺の寿命が尽きることを待つこともできない。今、この瞬間も、俺の力はどんどん拡大してるんだ。ひとたび穴の空いた水路に濁流が押し込まれることで、さらに穴が広がるのに似てるのかもな。

 最後には、あいつが次元の力を使おうと使うまいと、俺はあいつを探し出し、殺すことができるわけだ。

 あいつのことだ。俺がそうすることに気づいてるはずだ。それを防ぐためには、力を使わずに俺に近づき、勝負を仕掛けるしかない。フォーハードが、どうやって俺を利用するかは、想像もつかないけどな。でも、殺すのなら、いくらか簡単かもしれない。俺は500年前の人間の生まれ変わりだという話を聞いた。俺は死んでも、たぶんまた500年後あたりに蘇ると思う。あいつは今度こそ、未来の赤ん坊の俺に近づいて、洗脳して世界を破壊するために使うだろう。そうなってしまえば、もう防ぐ方法はない」

「いずれにしても……ファノンと戦うことだけが、フォーハードの生きる方法ってことか」

「最後の勝負になる。ここが――戦場になるんだ」

 ファノンは覚悟を決めるように、拳をにぎった。

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