さらに翌日。
「……つまり、個人的興味で、セントデルタ書庫に入りたい、ということだな?」
アレキサンドライト最上階、オパールのテーブルについたエノハが、肘をそこについて、リッカからの話を聞いていた。
2日前、モエクからすぐにエノハの塔へ行けと言われていたリッカだったが、気乗りしなかったのもあって、けっきょくその約束を果たすのも、この日になったのである。
怪我をした理由としては、ここ数日のエノハに、ひどくとっつきにくさがあった……というのもある。
普段のリッカならば、怪我を晒した姿では往来に出にくいとか、大して仲の良い相手ではないモエクから頼まれた、という理由だけでは、ここまで後回しにしなかった。
――今のエノハ様、なんか、ものすごく威圧的で……関わりにくいんよね……。
「はい……そんで……ご許可をもらえればーって……ダメですよね、アハハ」
「構わん」
「え」
「構わん、と言ったのだ」
おずおずとしたリッカの頼みに、エノハは無動作、無表情、無感情で即答を重ねた。
「お前も自警団長。決断というものを味わうべきだ。私に何かあった時は、お前がこのセントデルタの長なのだ。お前の思うようにやるがいい」
「はっ……はいっ」
リッカは裏返った声で返事してから、そそくさと最上階『エノハの間』を出て、鍵の開けられた書庫へと向かうのだった。
「ホントに許可をもらえたよ……モエクの言う通りだった。いったい、モエクの奴は何を感じたってんだろ」
リッカはひとりごちた後、モエクに言われた通り、セントデルタ暦が始まった書物の眠る階層『48』へと、螺旋階段を下っていった。
外壁寄りの階段をくねりながら降りると、右手側に『48』と書かれたエメラルドの自動扉を見つけ、そちらへ近寄っていく。
いつもなら、そうしてみても何の反応もないはずの扉が、リッカの接近に合わせて、プシュっと空気の抜ける音とともに、両開きの扉がリッカに道を譲ったのである。
その内部は、暗闇に覆われていたが、扉が開くとともに、天井のLEDライトが、真っ白な光を灯し、広い部屋中を照らしだした。
そこはリッカの身長の2倍はある天井高で、身体をななめにしないと通れない幅に、おびただしい数の本棚が床と天井に固定されていた。
相当に昔の本もあるのだろう、扉が道を開けたとたん、古い本の、ツンとした匂いがリッカの鼻に伝わってきた。
とはいえ、書物の天敵である湿度は、巧みに調節されているらしく、中からただよう空気には、じめっぽさはなかった。
「この中に、何があるっての? モエク……」
リッカは息をごくりと飲みこんだのち、本能的に、奇襲でも迎え撃つような、背を丸めた姿勢になって、部屋の中へと進んでいった。
右を見ても左を見ても、書物。
もしも自分の身体が本に触れれば、その本が朽ち落ちるような気がしたので、リッカは書物に当たらないように、なんとなく歩速をゆるめつつ、目的のものを探した。
「えーと……モエクに取ってこいって言われたのは……昔の新聞だっけか」
リッカはひたすら前に進む。
――本とか、意味わかんない。
――5行以上の文字とか、宇宙語でしょ。
――クリルにしてもモエクにしても、どーしてこんなブ厚いものを読むの? マゾなの?
「ホント、意味わかんない……」
リッカが始終ぶつくさと文句を垂れながら歩いていると、ふと本棚のなかに、あきらかに書物ではないレイアウトの物を見つけた。
それは、本のように縦に立たず、薄く引き伸ばした紙をひたすら束ねて横たわらせたものだった。
「これ……なんかな」
リッカは身体を本棚の間に突っ込みながら、そちらへ近寄っていった。
それは目論見通り、まさに、新聞紙だった。
「えー……日付、日付、と……新暦10年……これくらいの年代を探して欲しいってことなんかな。よくわかんないや」
リッカは帰りたくなる衝動を何とか押し殺し、新聞をパラパラとめくる。
「義理だけ果たせば良いよね、探したけど見つからんかったよーって言えば、ジ・エンドでしょ、このミッション…………ん?」
そこでリッカはふと、適当にめくっている新聞紙の中に、とあるものを見つけ、一気に気分が冷え込むのを感じた。
「ウソ……そんな…………冗談でしょ」
リッカは少し乱暴に、その新聞紙をすべて広げた。
そこに掲載されていた情報に、リッカは呼吸さえ忘れそうになった。
「こんなの……どうすれば良いの。こんなの……とてもじゃないけど、誰かに話せない。あたし、どうすれば……」
リッカは困惑の声を、静かな書庫の中で、小さくひりだした。