時を同じくして……喫茶『ギフケン』。
「モエク……? 何だか今日は、スッキリした顔をしてるな」
窓際のテーブルについて、真向かいのモエクにメイが問うた。
オパールの遊色効果による、七色の光の差すこの窓際は、実のところ、けっこう人気の場所である。
メイもよくこの席を狙っているが、ここで紅茶を飲むのは久しぶりだった。
「ああ……わかるかい? 昨日は思う存分、寝たんだよ」
「眠った? あんたが? どういう風の吹きまわしだ。寝るのは2日に一度、それも3時間とか言ってたような」
「あー……まあ、結局、起きても寝ても、大して変わらないことを、身をもって知ったからね……でも、今日からはまた、あまり寝ないかもね」
モエクは微笑んでいたが、うつむいていて、あきらかにそれが作り笑いだということがメイにもわかった。
――首のあたりに包帯を巻いてるが、それと関係あるのか……?
――まさかアポトーシス?
――いや、そんなはずはない。モエクは19歳になったばかり。二十歳まであと1年はあるはずだ。
――モエクにはまだ、アポトーシスは早いんだ。
――きっと、別の理由だ。
メイがそう考えるのは、メイにとって、知人の死亡宣告は受け入れがたいほどの恐怖だからだ。
しかも、メイはつい最近クリルを亡くしたのだから、そんなことが頭によぎることさえ、耐えられないのである。
メイにとっても、そういう精神状態だったから、この時モエクの悩む表情に、いつもの『毒舌のフリをした』歩調で、踏み込むことができなかった。
このことは、メイを死ぬまで後悔させることになるが……それは、別の話である。
「ゴンゲン親方から聞いたよ。タクマスの誘いを断ったんだってな。モエクが話に乗らなかったのは意外だったよ。てっきり、すぐに賛同するかと思ってた。クリルさんに、あんな話を持ちかけてたくらいだし」
「なんのことはないさ……僕が彼を、気に食わないからだ。気に食わない奴と一緒だなんて、罰ゲームでない限り無理だね……」
「ん……? そのセリフ……」
「ああ、クリルの受け売りだ。僕の告白のあと、クリルが僕についてそう言っていた……と教えてくれたものな、君が」
モエクが観念したように肩をすくめて認めたが、また言葉を続けた。
「クリルの葬式という、僕が一生でいちばんナイーブな日を選んでなければ、まだ違う答えも言ったかもしれないね」
「モエク……あんたは、あの運動に参加しないのか? あんたの意見に近いことを言ってるじゃないか」
「あからさまに武力を使うという向きもあるからね。僕も使うには使うが、もっと賢い方法を選ぶね。僕ならそう……僕がやったとわからない形で実行するな」
「おいおい、暗殺かよ」
「ただし、誰がやったのかわからないように、だ。1963年のケネディ暗殺なんか、誰がやったのか、けっきょく論争になるばかりで決着がつかないまま、旧代は閉じられた」
「ケネディ暗殺犯を褒めてるようなものだぞ……賛同できない。かつてこの国には、
「知ってるよ、福沢諭吉という男の話だな……その話の続きだが、こうじゃなかったかい?
相手はまともな判決もできない悪政府だ、1人訴えても、けっきょく捕まって殺されるだろう。だが、また別の四十七士で裁判を起こすべきだった。それを47回も繰り返せば、どんな悪政府でもやがては彼らの行いに涙を流して、裁判を改めもするだろう……というものだ」
「やっぱり知ってるんじゃないか。でもあんたは、暗殺をするってんだろ?」
「僕は47個も、捨てる命を持っていないからね……まあ理想はそうなんだが、ともかく内乱はいけない。暗殺より
「まあ……たしかに、タクマスのほうは、だいぶ血生臭いものな」
「人々を無責任に
そこでまた、モエクの顔色は暗く落ちた。
「そう……僕は、そんなことはしたくないんだ……」