120.ファントムボス

 アフリカ大陸の東に群居するセーシェル諸島の付近。

 あらゆる戦火に飛び込んで、みずからの勢力を築くべく、この洋上にはプラントの体裁ていさいをした要塞ようさいが築かれていた。

 ここはボスや仲間たちの尽力と、それ以上の死力を賭して勝ち取った、城であり、家であり……故郷なのである。

 雨の日のある日、ボスが長い間、そのプラントを留守にしてから、久しぶりに帰還した時のこと。

 ボスはその自分の城で、仲間同士の、大きないさかいに出くわしていた。

「どうシュた? 来いよ」

 プラント甲板かんぱんの上で、迷彩服姿の男が、相手の、同じく迷彩服の男を片手で突き飛ばしながら挑発をしているところだった。

 跳ね飛ばされたほうの男は、もう完全に頭に来たらしく、両手でその相手を突き飛ばし返した。

 これで火蓋ひぶたは切られた。

 大ゲンカの始まりである。

 その洋上プラントの戦士達は、アメリカ以上の『人種のるつぼ』。

 そもそもケンカになったきっかけとなったのは、金である。

 だがその後の口論には、思想か、宗教か、文化か、信条か、人種か、地位か、はたまた女か……どれかはわからないが、そのどれかが使われたはずだ。

 それらはいずれも、火を炎に変えるような激論にならざるを得ないものだった。

 周囲には十数人の男女が囲っていたが、誰も本気で止めようとしないばかりか、むしろ周りから二人を煽る始末だった。

 男二人が殴り、蹴り、殴られ蹴飛ばされ、ののしり罵られ、いよいよ殺意と悪意がマックスへと達したとき、片方の男が相手の顔面を蹴飛ばして倒している隙に、腰のシースに収まるコンバットナイフを取り出し、あたかもトロフィーでも掲げるように、群がっている観客に見せびらかしたのである。

 周囲もそれを高揚したテンションで歓迎する。

 そのコンバットナイフを振りかざし、とどめを刺そうとしたところで――ずっとその様子を伺っていたボスが、にわかに猛禽もうきんのように動いた。

 ボスは横から、ナイフを持った男の腕を取り、引き回したあと、ケンカ相手の男にぶつけてよろめかせ、そのまま派手にうしろに投げ飛ばした。

 どちらの男も、あたかもゴム人形のように吹き飛び、さしあたっての平定は完了した……ふうに見えた。

「ヤ……ヤロォ……っ!」

 だが、怒りの収まらない、殺されかけたほうの男は、腰からナイフを逆手に取り出し、いまボスに投げ飛ばされた男めがけて、復讐を果たそうとする。

 と、その男の手に、にわかに、ブ厚い手が当てられた。

 彼自身の、ボスの手だった。

「ボス!?」

 それまで頭に血がのぼりきっていた男はやっと、ここに自分のボスがいることを悟った。

「仲間にナイフを向けリュな」

 ボスはあくまでも普段通りの声音で、正面から男を見据えて語った。

 しかしボスのその腕はすでに、男の握るナイフを、その掌ごと、ボス自身の左胸に向けて、その切っ先を持ち上げていた。

 凄まじい腕力。男にそれを抗う力はなく、ただされるがまま、あたかも自らの手でボスの心臓にナイフを向ける格好かっこうとなった。

「よく見てリョ……俺達は家族だ」

 おびえきる男をさとすように、ボスが短くそう告げたとたん、ボスはそのナイフを、己の左胸へと突き込んでいったのである――

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