「もうすぐだ。もうすぐ、人類の世界が帰ってくるぞ」
タクマスが、みずからの率いる人々にそう語る場所は、リッカたち自警団がアメジスト通りの隅で戦っている所とは正反対の、アレキサンドライトの塔。
人間2人分の高さの門口前に、タクマスは200人もの人々を連れて立っていた。
500人以上いたタクマス支持層のうち、この戦いへの決意をしたのは、200人もいることになる。
200名。
これは平和きわまりないセントデルタにおいて、異様な数と言えた。
人が血と生命を
恋人や家族、生きるだけの財産や仕事があれば、政府が何をしても、少しぐらいの不満は、たいてい腹の底に飲み込まれるのである。
富裕な国では政治家が汚職を働いたからといって革命は起きず、政治家が
おのれの生活に迷惑さえかからなければ、人々は革命などに参加しないのである。
隣国の圧政に苦しむ国民のために、裕福な国の他国民が一丸となり、私生活を捨て、冨を捨て、家族を捨て、故郷を捨てて救出に行ったことは、歴史の中で一度もないことが証明している(ただし富裕な国の文物が、他国の革命に影響を与えることは良くあった。ジャスミン革命では旧代で流行していたTwitterという
革命の
タクマスが利用したのは、そこだ。
タクマスは彼らを
――ヨタンの遺体である。
モエクたちとの
そして逃げ込んだ先で、支持者に向けて、怪死体にひとしいほどに、顔面のつぶれたヨタンの遺体を見せ、自分は暗殺されかけた、たまたま社内にいたヨタンはエノハに殴られて殺された……とタクマスが言い張ったのである。
こうすることでタクマスは、この運動に参加する全員が、等しくエノハの聖絶の対象だと
旧代でも行われていた、戦時下の国民教育と同じだ。
『敵はお前を捕まえれば拷問死させる気でいる。それがイヤなら戦いに加担し、勝て。勝てなければ、死ね』である。
かくして、その200人は、みごとにタクマスの手足となった。
そしてタクマスの指示する通り、彼らは自らが生き残るため、おのおのの手に
「ただ……この作戦は」
と、タクマスは、誰もそばにいないことを確認してから、不安を口にする。
実のところ、あの日の会談でモエクがタクマスに語ったこの作戦は、全容まで話し尽くされていないのである。
湯桶をひっくり返して、その湯気によって、塔内の
その話を聞く前にタクマスが、コーヒーを持ってきたハナーニャを、ほとんど
「……ハナーニャのやつ……邪魔をしてくれたものだ。次に見つけたら……許してはおかんぞ」
イライラしながらタクマスが
「あっっ、タクマスさんん~~~~!」
さらにイライラをつのらせる声が鳴り渡った。
タクマスのうしろから、アイリッドが
「アイリッド……」
タクマスは怒りをなんとかコントロールしながら、つとめて普通に返事する。
「入口の両サイドにっ、杭を打ち終わりました~~~~~~~っっ~~っっっ~~~~~~っ」
「よし……なら、始めるぞ。俺にも湯桶を」
タクマスが決意をこめて、アイリッドの足元の湯桶を指差すと、アイリッドは農夫らしい
「タクマスさん~~~~っ、僕は行かなくて……行かなくていいんですか???」
アイリッドが不満そうな顔をするが、
アイリッドは、自分が死地に向かわなくていいことを、内心では喜んでいるのだ。
好んで命を捨てる人間ばかりを置いておけば、これだけの勢力になりはしなかったことを、タクマスは
自分の危険にさえならなければ、いくらでも他人に便乗してくる、軽薄なタイプ。
――こういう人間も、俺には必要だったんだ。
「お前はいい。ここに、大事な役目があるだろう?」
タクマスはアイリッドの握っている、大きな
アイリッドには、塔の入り口の両脇に杭を打っておくように命じてあった。
タクマスたちが『進軍』したのちには、この二つの杭に麻で編んだロープを多重に張らせるためである。
タクマスのために参加する200人の反エノハ派だが、やはり目の前のアイリッドのように、いざという時に逃げ出しそうな人間は、山ほどいるだろう。
アイリッドは、それを防ぐため、ここにロープを結ぶことで、人々の退路を断つのが役目となる。
――
人々が、いかなる感情を表そうと、タクマスの思った方向に押しやるには、これしかないのである。
「……みんな、すまんな。だが、こうしないと、俺たちに未来は開けない。誰か1人が生き残り、エノハの死体の上に立っていれば良い――未来のために」
「未来のために」
「未来のために」
「未来のために!」
タクマスが簡単に
そして、誰からともなく、おのおのが腰に
酒は、古代から恐怖を和らげるために使われてきた。
戦争におもむく兵士も、昔はこうやって闘志を維持したのである。
ただし、この場でタクマスだけは、しらふで
「行くぞ、みんな」
全員が飲み終わるのを見てから、タクマスが大声で述べると、200人の男女も、