アレキサンドライトの塔はもともと、タワー型のデパートビルだった。
そのため
アクアマリンのショウウインドウに、広い間取りのアレキサンドライト・タイルの通路。
その通路は中央のエレベーターに当たって二つに分かれ、上階と地階への
ショウウインドウの向こうには、かつて多くのテナントが入っていたのかもしれないが、今では机も品物もなければ、人間もいない。
代わりに、この塔の雑務をおこなう円盤型の小型ロボットがそこかしこを行き来して、そこらに置かれた現在の新聞や書物などを、せっせと分別しながらどこかへ運んでいる。
小型ロボットの大半は
この塔は、旧代の名工によって設計されたものである。
なんでも、この土地から
それが500年前、何者かのしわざによる『メッセージの日』により、地表付近の鉄や銅などの金属にくわえて、
ほんらい出入り口は四ヶ所あったはずだが、ここに始めに住んだ
タクマスたちが、その塔の中央にあるエレベーター前に着いたところで、だった。
「止まりなさい」
それはエレベーター扉の上部、それからこの広場を
ARLWSは、旧代の『ミニガン』に似た形状だった。
ミニガンは、名にミニと付きはするが、大男が腕力にまかせて、両腕で抱えるようにして持ち上げなければ武器として成立しないほどの、巨大な銃器だ。
ただARLWSはミニガンとは違い、回転する銃身などはないが、銃器のそばにはカメラとスピーカーが
「ここはエノハ様の塔です。あなたがたは自警団員ではありませんし、ここに呼ばれたという連絡もありません。その湯桶は何ですか? 今すぐそれを地面に起きなさい」
若い女の合成音声で、8丁のARLWSがタクマスたちを取り囲んだまま、きつい命令を放ってくる。
「みんな……いいな? 始めるぞ」
タクマスが小声で
それらは空気に散開して、大きな
続けて、タクマスに従い、連れだつ男女もまた、おのおのの方向に、湯桶の湯をひっくり返し始めた。
バシャッ、ビシャチャッと音を立てて、エントランスに湯がなだれこみ、みるみる湯気が満ちていく。
だがそれは同時に、ARLWSにレーザーを撃たせる引き
8丁のARLWSが、ためらいなく、まだ湯気の煙幕に守られきっていない人々の列に向けて、レーザーを放った。
レーザーは本来、煙や水蒸気などの微粒子を
にもかかわらず、水蒸気を断ち割って殺傷力を持ち続けるのは……ひとえに高エネルギーのたまものである。
たとえば落雷。もともと空気に電気は通りにくいのだが、それらを無視して、あの存在感を
高いエネルギーの前では、絶縁体ぐらいでは防ぎようがないのである。
「ギャーーーッッ!」
男女問わずの悲鳴が起こると、その湯気の中に薄い赤色のものが混ざり始めた。
モエクの提案したこの案はやはり、安全性のかけらもない、命を賭したものだった。
この作戦はもとより、人命を供物としたことを前提とした作戦だったのである。
だが、隣人が瞬時に殺害されていく中でも、やはり人々も必死だった。
なにしろ退路がないのだ。
人々は
やがて、ARLWSのカメラが、曇り始めた。
「はしご班、ARLWSに取り付く準備を!! 俺も行くぞ!」
湯気の高温に
その瞬間、ARLWSからのレーザーが、タクマスの肩のそばをすりぬけ、横にいた、ハックマライトの
「くそ……死んでたまるか」
タクマスは、横で殺された男から脚立とロープをふんだくると、エレベーター上のARLWSの下に走り、すでに組んである
タクマスがすぐ真下にいるにもかかわらず、ARLWSは先ほどまで200人が固まっていた方向しか見ていなかった。
カメラは湯気によって曇りきり、ほとんど視界が機能していないのだ。
すべて、モエクの言った通りだった。
湯桶を使うなど、原始的な発案だったが……なかなかどうして、未来のハイテクには
目くらましに苦しむそのハイテクに向け、タクマスは脚立を駆け上がると、ARLWSの横腹につかみかかり、長い
「俺のところでは動きを止めた。止まるな!」
タクマスが
「残り2基だ! もうすぐ終わるぞ!」
タクマスの張り裂けそうな声による
余力のある男や女が、脚立をのぼってARLWSを縛り付けることで、まもなく戦況は落ち着いていった。
かくして、多大な被害をおよぼしながらも、タクマスたちはこのエントランスにおける勝利をモノにすることに成功したのである。
しかしその代償に、彼らの足元には、八つ裂きにされた、何十人もの仲間の死体が転がっていた。
「次はARLWSの破壊だ。4人は脚立を支えるように」
タクマスの号令で、脚立に乗る男が、思い切り
アルミニウム部品の多いARLWSは、殴られるごとに、たやすくひしゃげていく。
「イタイ……イタイ……やめてください……」
ARLWSが口々に命
ついさっき、隣人がレーザーに焼かれたのだ。
本当にARLWSに感情があったとしても、隣人を殺した相手を許すものなど、ここにいるはずがなかった。
タクマスたちの集まる場所は、もはやセントデルタではなく、法も論理も道徳も口出しできない無法地帯と化していたのである。
「
タクマスは握りこぶしを
「こいつらさえ片付ければ、エノハまでもうすぐだ!」
勝利の確信に似たものを覚えながら、タクマスはそう言って人々を勇気付けた。
だが、そのとき――
「おい、あれを見てくれ……」
男の一人が、エントランスの中央、つまりオパールのエレベーターにある階表示を指さした。
その階表示に
「タクマス……エノハ様が来られるんじゃ……」
「
やがて、そのエレベーターは一階に降り立ち、ドアを無音で左右に開いた。
しかし――エレベーター内にたたずんでいたのは、エノハではなかった。
人間の1.5倍の
タクマスたちにとって、見たこともない兵器だったが、一つだけ、全員が確信したことがあった。
そのラストマンと似た配置のカメラ・アイには、あきらかな
その機械兵は、頭を低めてエレベーターから出てくると、その身体を熊のように低めてきた。
「く、来るぞ!」
タクマスがその言葉を完全に言い切る直前。
とてつもない
機械兵がおこなったのは、ただそれだけだった。
それなのに、このフロアのアクアマリンのショウウインドウがいっせいに、空気の圧力によって砕け散った。
タクマスや他の人々もみな、なすすべもなく、その衝撃波によって五体を