135.civil war

 アレキサンドライトの塔はもともと、タワー型のデパートビルだった。

 そのためARLWSアールゥスのぶらさがる一階エントランスは、今も旧代の名残なごりをただよわせていた。

 アクアマリンのショウウインドウに、広い間取りのアレキサンドライト・タイルの通路。

 その通路は中央のエレベーターに当たって二つに分かれ、上階と地階への螺旋らせん階段になっている。

 ショウウインドウの向こうには、かつて多くのテナントが入っていたのかもしれないが、今では机も品物もなければ、人間もいない。

 代わりに、この塔の雑務をおこなう円盤型の小型ロボットがそこかしこを行き来して、そこらに置かれた現在の新聞や書物などを、せっせと分別しながらどこかへ運んでいる。

 小型ロボットの大半は掃除そうじロボット(台数は不明。少なくとも床だけでなく、壁をタコのように張り付きながら移動する小型ロボットが、一階だけで10台はいた)。

 この塔は、旧代の名工によって設計されたものである。

 なんでも、この土地から輩出はいしゅつされた与党の幹事長が、どういう経緯かでここにタワー型デパートを作ることを打診したことがきっかけだそうだ。

 それが500年前、何者かのしわざによる『メッセージの日』により、地表付近の鉄や銅などの金属にくわえて、玄武げんぶ岩などが宝石化したことにより、この塔もまた、一枚岩のアレキサンドライトの塔となったのである。

 ほんらい出入り口は四ヶ所あったはずだが、ここに始めに住んだ享楽きょうらくの男ゴドラハンが、エノハとの最終決戦のために3つを塞ぎ、一ヶ所にしてしまったのである。

 タクマスたちが、その塔の中央にあるエレベーター前に着いたところで、だった。

「止まりなさい」

 流暢りゅうちょうな言葉遣いで、天井からるされた銃器セントリーガン――ARLWSがタクマスたちをとどめてきた。

 それはエレベーター扉の上部、それからこの広場をおおうように残りの7基が配置されており、この場の200人を囲うようにして、カメラと銃口でにらんでいた。

 ARLWSは、旧代の『ミニガン』に似た形状だった。

 ミニガンは、名にミニと付きはするが、大男が腕力にまかせて、両腕で抱えるようにして持ち上げなければ武器として成立しないほどの、巨大な銃器だ。

 ただARLWSはミニガンとは違い、回転する銃身などはないが、銃器のそばにはカメラとスピーカーが併設へいせつされているから、けっきょくはゴツゴツとした印象は否めなかった。

「ここはエノハ様の塔です。あなたがたは自警団員ではありませんし、ここに呼ばれたという連絡もありません。その湯桶は何ですか? 今すぐそれを地面に起きなさい」

 若い女の合成音声で、8丁のARLWSがタクマスたちを取り囲んだまま、きつい命令を放ってくる。

「みんな……いいな? 始めるぞ」

 タクマスが小声でげてから、真っ先に、かかえていた湯桶ゆおけを地面に置くふりをしたが……そのしぐさは一瞬だけで、すぐにタクマスはその湯桶を宙空にぶちまけた。

 それらは空気に散開して、大きな湯気ゆげを登らせるが、1人ではまだ足りない。

 続けて、タクマスに従い、連れだつ男女もまた、おのおのの方向に、湯桶の湯をひっくり返し始めた。

 バシャッ、ビシャチャッと音を立てて、エントランスに湯がなだれこみ、みるみる湯気が満ちていく。

 だがそれは同時に、ARLWSにレーザーを撃たせる引きがねにもなった。

 8丁のARLWSが、ためらいなく、まだ湯気の煙幕に守られきっていない人々の列に向けて、レーザーを放った。

 レーザーは本来、煙や水蒸気などの微粒子を透過とうかするのは苦手である。

 にもかかわらず、水蒸気を断ち割って殺傷力を持ち続けるのは……ひとえに高エネルギーのたまものである。

 たとえば落雷。もともと空気に電気は通りにくいのだが、それらを無視して、あの存在感を披露ひろうするのは、やはりエネルギーによる力技だからに他ならない(当然、ゴム靴ぐらいでは、雨に濡れた地を走る雷エネルギーは防げない)。

 高いエネルギーの前では、絶縁体ぐらいでは防ぎようがないのである。

「ギャーーーッッ!」

 男女問わずの悲鳴が起こると、その湯気の中に薄い赤色のものが混ざり始めた。

 モエクの提案したこの案はやはり、安全性のかけらもない、命を賭したものだった。

 この作戦はもとより、人命を供物としたことを前提とした作戦だったのである。

 だが、隣人が瞬時に殺害されていく中でも、やはり人々も必死だった。

 なにしろ退路がないのだ。

 人々は鬼気きき迫る表情で、次々に湯桶をくつがえして湯気を少しずつ濃くしていく。

 やがて、ARLWSのカメラが、曇り始めた。

「はしご班、ARLWSに取り付く準備を!! 俺も行くぞ!」

 湯気の高温にのどや肌をやられながらも、タクマスが叫んだ。

 その瞬間、ARLWSからのレーザーが、タクマスの肩のそばをすりぬけ、横にいた、ハックマライトの脚立きゃたつを持つ男の心臓を貫いていった。

「くそ……死んでたまるか」

 タクマスは、横で殺された男から脚立とロープをふんだくると、エレベーター上のARLWSの下に走り、すでに組んである脚立きゃたつを立てた。

 タクマスがすぐ真下にいるにもかかわらず、ARLWSは先ほどまで200人が固まっていた方向しか見ていなかった。

 カメラは湯気によって曇りきり、ほとんど視界が機能していないのだ。

 すべて、モエクの言った通りだった。

 湯桶を使うなど、原始的な発案だったが……なかなかどうして、未来のハイテクには盲点もうてんだったのである。

 目くらましに苦しむそのハイテクに向け、タクマスは脚立を駆け上がると、ARLWSの横腹につかみかかり、長い麻編あさあみのロープでその銃身を固定し、上向かせた状態でいましめてしまった。

「俺のところでは動きを止めた。止まるな!」

 タクマスが雄叫おたけびのようにえながら、うしろを振り返ると、すでに4基のARLWSが同じように、ロープで縛られていた。

「残り2基だ! もうすぐ終わるぞ!」

 タクマスの張り裂けそうな声による鼓舞こぶに、浮き足立っていた人々は、ふたたび決死隊としての秩序ちつじょをとりもどしていった。

 余力のある男や女が、脚立をのぼってARLWSを縛り付けることで、まもなく戦況は落ち着いていった。

 かくして、多大な被害をおよぼしながらも、タクマスたちはこのエントランスにおける勝利をモノにすることに成功したのである。

 しかしその代償に、彼らの足元には、八つ裂きにされた、何十人もの仲間の死体が転がっていた。

「次はARLWSの破壊だ。4人は脚立を支えるように」

 タクマスの号令で、脚立に乗る男が、思い切り木槌きづちを振りかぶり、動けないARLWSに向けて、殴りつけていった。

 アルミニウム部品の多いARLWSは、殴られるごとに、たやすくひしゃげていく。

「イタイ……イタイ……やめてください……」

 ARLWSが口々に命いに似た言葉を吐くが、誰もそれをまじめに聞くものはいなかった。

 ついさっき、隣人がレーザーに焼かれたのだ。

 本当にARLWSに感情があったとしても、隣人を殺した相手を許すものなど、ここにいるはずがなかった。

 タクマスたちの集まる場所は、もはやセントデルタではなく、法も論理も道徳も口出しできない無法地帯と化していたのである。

凱旋がいせんする俺たちの背中を撃てないように、徹底的に壊しておけよ!」

 タクマスは握りこぶしを高々たかだかかかげながら続ける。

「こいつらさえ片付ければ、エノハまでもうすぐだ!」

 勝利の確信に似たものを覚えながら、タクマスはそう言って人々を勇気付けた。

 だが、そのとき――

「おい、あれを見てくれ……」

 男の一人が、エントランスの中央、つまりオパールのエレベーターにある階表示を指さした。

 その階表示に点灯てんとうする数字が、この階へと向かって、みるみる下に降りていた。

「タクマス……エノハ様が来られるんじゃ……」

怖気おじけづくな。俺たちはここを占拠せんきょしてるんだ。イニシアティブは俺たちにある」

 やがて、そのエレベーターは一階に降り立ち、ドアを無音で左右に開いた。

 しかし――エレベーター内にたたずんでいたのは、エノハではなかった。

 人間の1.5倍の背丈せたけを持った、四脚式の機械兵だったのである。

 タクマスたちにとって、見たこともない兵器だったが、一つだけ、全員が確信したことがあった。

 そのラストマンと似た配置のカメラ・アイには、あきらかな敵愾心てきがいしんが宿っていたのである。

 その機械兵は、頭を低めてエレベーターから出てくると、その身体を熊のように低めてきた。

「く、来るぞ!」

 タクマスがその言葉を完全に言い切る直前。

 とてつもない爆音ばくおんをともなった風(タクマスたちが気づくことはなかったが、それは衝撃波しょうげきはだった)を伴わせながら、その機械兵は、人々の密集地点に向かって突進してきた。

 機械兵がおこなったのは、ただそれだけだった。

 それなのに、このフロアのアクアマリンのショウウインドウがいっせいに、空気の圧力によって砕け散った。

 タクマスや他の人々もみな、なすすべもなく、その衝撃波によって五体を細切こまぎれにされながら、空を舞い飛んでいった――

 

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