――同じ頃。
「タクマスが……アレキサンドライトの塔へ行った、と?」
自宅で、布団をかぶって
「はい……」
アエフがかすれた声とともに、うなずく。
2日前、モエクはとつぜん、食べた食器を片付けようと廊下を歩いていたところ、強い脱力感に襲われて、倒れこんでしまったのである。
それからというもの、モエクの
そして今日の昼、ついに身体を起こすことさえできなくなってしまったのである。
「タクマスにはすべてを語れなかった…………
「ARLWSさえ倒せば、エノハ様と決着はつけやすくなるんじゃ?」
「それだけじゃダメなんだ……あの塔は、原始的な武器を持つ僕たちには落とせないような、とんでもない武装を控えさせているんだよ……おそらく、フォーハードが世界をこんな目に遭わせなければ、今頃の主力はあれだったかもしれない」
モエクは強い息苦しさを隠しながら、アエフに説明する。
――ギリギリまで、彼には強がらなきゃな……。
――僕が
――お前さんがいなければ、僕はたぶん、ここまで頑張ることもなかっただろう……。
「ARLWS以外にも、武装が? 聞いたことがありません」
「エノハは公表していないからね……もともとあの塔に住んだ経験のあるゴドラハン一派が、ここにいなければ……僕だってわからなかった。
一階セキュリティが突破された時、あの塔は本当の力を人々に対して振るうんだ……『あの兵器』は、ARLWSが壊されたら、49階のガレージで待機状態から目覚めるようプログラムされていたんだよ。それを防ぐためには、ロナリオのハッキング能力が
モエクは
ほんらいの計画としては、タクマスの力を借り、湯気の策を用いてARLWSを無力化したあと、ロナリオとエノハの塔をコードでつなぎ、ワームウイルスを使って、塔の制御を奪うつもりだった。
そうすれば、ARLWSの破壊されたのちに
「……塔がエノハの物のままであるなら、あれが出るのは間違いない…………タクマスたちは、あれの力の前では、戦うどころか、生き残ることさえ不可能だ」
モエクは身体を起こそうとしたが、アエフには身
「動いちゃダメです、モエク」
「……弱ったもんだ」
モエクは片腕を上げて、自分の眼前に
腕は長い間、湯船にでも
――アポトーシスの最終形態である。
痛みはない。
だが、自分がこれから死ぬのだということへの、ぶきみな
しかし目の前で悲しみに暮れる、弟のような、息子のような、親友のような子供を見ていると、それに打ち勝てそうな気持ちも込み上げてくる。
だからモエクは、その目の前の子供に、ありったけの
「なあ、アエフ、頼みがあるんだが」
「何なりと……何だって聞きますよ」
答えるアエフは背を丸め、声を震わせていた。
「そこにリッカの奴が持ってきた包みがあるだろう? それから、僕のノートも」
モエクは枕から
が、アエフには、窓のそばにある、ピンクの
その近くには、たしかに木製コイルノートも置かれていた。
「はい……それが?」
「その2つを…………ここの事が終わった後で、ファノンに渡してほしい。彼はいまエノハの塔にいるんだったかな……自分のヘンテコなミスのために……ちょっとはマシになってきたと
「ファノンの家の玄関に置いておきます。あと、その言葉も、ファノンに伝えておきますね。ファノンはあんまり人の話を聞かない人ですけどね」
「覚えておいてもらえれば、それで良いさ」
モエクは小さく
「あー……アエフ。ロナリオと、ハナーニャを呼んでもらえないか。ゴドラハンは動けそうか?」
「ゴドラハンさんは無理です。傷の治り方が
「すまないね……彼にお前さんの部屋を貸してもらって」
「
「でも、うまくやってるだろう? 2人とも、良い人なんだよ……」
「……その通りですね」
アエフは
「さあ、ロナリオたちを、ここへ連れてきてくれ……早めに頼むよ」
「はい…………はい」
アエフはモエクを少しでも記憶に収めようとするように、何度も振り返りながら、部屋の扉から出て行った。
アエフのいなくなった扉を見る気力もないモエクは、一人、枕に頭をうずめて、思案にふけった。
――音速をつらぬき、光速をしのぎ、理を超えて……そんな気持ちで、生き急いだ人生だったと思うよ。
――2つほど、わかったことがある。
――ひとつは、80年の人生でも、20年の人生でも、けっきょく与えられてみれば、どちらも短いと感じるのだろう、ということだ。
――人間がそなえる、従来の寿命で生きていても僕はきっと、不平を言っていたに違いない。
――でも、そうじゃなかったんだ。
――いかに時間を使うかが大事なんだ。
――いかに、人に伝えるかが重要なんだ。
――これは、いくら命が長かろうと、短かろうと、金を持とうと、持つまいと、健康だろうと、そうでなかろうと、関係のない話なんだ。
――よくよく思えば、僕は幸運だった。
――伝説になるかもしれない時代を、この目で見て、
――それからもう1つは、永遠の命を持つ者と、持たないものの結末についてだ。
――人間の想いってのは、血を越えて、時を越えて、言語も越えて、ずっと受け継がれる遺産として、残っていくものなんだ。
――だが、永遠の命を持つ者はどうなんだ?
――つねに自分の中から湧き上がる、
――しかもその戦いは、当人が敗北するまで続く。いくら勝とうが、その先は
――そして、ひとたび怠惰に
――終わらない休みの中で、宿題をやる人物が、どこにいる。
――人間とは、恵まれれば恵まれるほど、感動しなくなる生き物だ。頭でっかちになる生き物だ。
――喜びを知らず、悲しみに気付かず……殺してもわからず……ただひたすら地球の資源を食いあさる。
──だけど僕はセントデルタの人間として、幸いにして、恵まれなかった。
――皮肉なものだ。
――僕はこのまま終わるけど、僕の意志は、ファノンが、アエフが、しっかり受け継いで、未来に届けてくれる。
――そういう仲間に
――死ぬのは怖い。
――やりたかったこと、やり残したこと、やりきれなかったこと……いまも生きることに、
――それでも僕は願う。
――続く者への幸福を。残ったものの未来を。
「はは……僕はてっきり机に突っ
モエクは言い切る前に、まぶたを閉じた。
そうして強くなってくる、ふしぎな眠気に身を任せると……そのままモエクの意識は、静かに暗転していった――