137.フォーハードの帰還

「……やたらと状況が変わってるじゃないか」

 フォーハードは、ブラジル・カラジャス鉱山工場で、壁掛け式46インチモニターに映る、アレキサンドライトの塔での出来事を、まさに他人事のように、腕組みをしてリラックスしながら観察していた。

 そこは、フォーハードがファノンに吹き飛ばされる前に立っていた場所である。

 まさにフォーハードは、つい2時間ほど前に、この地球に戻ってきたのだ。

 戻りざま、すぐにフォーハードはアレキサンドライトの塔にいくつも仕込んでいたバックドアから、塔内部の監視カメラをジャックして、そこでの出来事の観察に入った。

 そしてフォーハードはいま、タクマスたちの身に起こった出来事の、一部始終を見終わったところなのである。

 モニターの向こうでは、たった一機の、長身の機械兵が、その場にいる全員の人間を、地べたにいつくばらせていた。

 ――ただ、這いつくばるほうの人々の身体は、ほとんどが腕なり脚なり……あるいは内臓なりが、千切ちぎれ飛んで、そこらじゅうの床や壁を血でりたくっていた。

「あれは最後のホロコースター、チェルノスです。あんな物が立ちはだかれば、人間のほうに勝ち目はありますまい」

 となりにひかえる殺人機械のラストマンが、フォーハードと同じくモニターを見上げながら、直立姿勢で注釈ちゅうしゃくを加えていく。

 このラストマンもまた、クリルの死んだあの日、暴走したファノンの力によって、フォーハードもろとも異次元に追放されたラストマンだった。

「俺の目にはまったく判別はんべつがつかないほどの動きだった。お前の目には見えたんだな。チェルノスか……あいつは聞かん坊だから、あんまり再会したくないな。正面から戦えば、俺でもあいつに勝てない」

「あなたが正面から敵と戦うとは思えませんが。それに、チェルノスを作ったのはあなただそうですね。超弦の力に対抗することのできる、世界で唯一のマシーン……」

「あの4人のことを思い出しそうになる。その話はやめてくれ。すでに吐きそうだ」

 ラストマンが何気なにげなくつぶやいた言葉に、なぜだかフォーハードの顔貌がんぼうが、ひどく青ざめた。

「……わかりました」

 命令を受けたラストマンはうなずいてから、もう一度モニターを見て続けた。

「しかし、ここに戻れたのは意外でした」

「ファノンの奴に吹っ飛ばされてから、何万年も待ったような気がするが、数秒だったような気もする。お前の時計はどうだ」

「わかりません……わたし自身の時間が止まっていたのではないかと推測すいそくできるところはありますが……わたしのスペックでも解明に時間がかかりそうです」

「まあ、生きてるってことは素晴らしいことだよ。俺たちはこれを謳歌おうかすべきだな」

「あなたが命の謳歌をするのは、異常なことだと結論付けられます」

「相変わらずで安心したよ。さて、ここからは忙しいぞ」

「超弦の子と、決着をつけるのですね?」

「当然さ。あと一年以内にケリをつけないと、俺はあいつに見つかって殺されるからな」

「彼の力は刻一刻こくいっこく肥大ひだいしており、その力が最後には、ここに隠れているマスター・フォーハードを見つけ出すのでしたね……そのまま待っていてもよろしいのでは?」

「一年以内……なかなか面倒なことだ」

 フォーハードはラストマンの皮肉をさらりとかわし、続ける。

「逆を言えば綿密に準備する時間もあるってことさ。なあラストマン。新品のお前らは今、どのぐらいいる?」

「ここだけでは30体ほどです。あとはどこかしらに老朽ろうきゅう箇所かしょをかかえた個体ですから、そこを宝石武器で叩かれればすぐに故障となるでしょう」

「そこのベルトコンベアを流れてるラストマンやアジンの部品はなんだ? 新品を作ってるんじゃないのか?」

 フォーハードは中二階の縞鋼板しまこうばんデッキから、ミミズの蠕動ぜんどうのように動くベルトコンベアから吐き出される、大小の鉄の塊を指差した。

「人間は死滅したんだから、一定数だけ維持すれば良い、と以前にマスターがおっしゃっていましたから、あそこの部品はほとんど、このアメリカ大陸にいる仲間の修理用部品です」

「そう言えば、そんなことも言ったな……このカラジャスがアメリカ大陸では一番、放射能汚染が少なかったから、ここの工場をフル稼動させてるんだった。そうしないと、俺がお前らと作戦をするときに、俺まで被曝ひばくしてしまうからな」

「思い出していただけましたか」

「あのベルトコンベアから出てくるのは予備部品か。かつては最強だったラストマンも、老兵が多くなったもんだ」

 そこでフォーハードはモニターから目を離し、パイプの欄干らんかんに肘を添え、あごに手を当てた。

「よし……悪いがお前の仲間に伝達をしといてくれ。修理用部品はこれから10ヶ月はナシだ。この工場は新規生産に集中させるから、おのおの身体を大事にしてもらうように、と。ここでツチグモとラストマンを時間一杯まで生産してもらうぞ。その戦力で、ファノンの力の暴走をさせて、宇宙破滅を引き起こす」

「まだ、彼の利用を諦めていないのですか?」

「殺すのも、利用するのも、どちらも難しい。同じ難しいのなら、成果の高いほうを選ぶべきだろう?」

「はあ……」

 表情の伺えないラストマンではあったが、明らかにフォーハードに呆れている口調だった。

 だがそこは、さすがに機械、次に口を開いたときには、冷静さと緻密さのこもった声になっていた。

「次元の力を使ってファノンに近づこうとすれば、彼に気づかれて攻撃を受けるのでしたね。ならばブラジルから日本に行くには直接の移動となりますが、それならば運ぶために輸送機ブリゲード・ウィングもいりますね。爆撃機レッド・ウィンドでセントデルタを絨毯じゅうたん爆撃すれば、なお急襲きゅうしゅうしやすくなりますが?」

「レッド・ウィンドはいらないよ。おそらく、すぐに撃墜げきついされる。離れたところから、静かにセントデルタへ近づくつもりだよ。街路がいろ占拠せんきょするのに使うから、ツチグモは最低7機はいるからな」

「かしこまりました……あの、マスター」

「なんだ?」

「もしも超弦の子の利用がかなわず、殺すほうが手っ取り早いと決断された場合……その後、セントデルタをどうするおつもりですか?」

「まずエノハは殺す。あいつの心の内はわからないが、俺がいないという理由だけで、ここまでセントデルタが乱れたことはなかった。

 500年間、俺は毎日あの街を見ていたわけじゃない。毎日見てたら俺の寿命じゅみょうが尽きちまうからな。10年ごとにセントデルタの様子を見ては時間ジャンプを繰り返していたんだ。それでもエノハは、ちゃんと統治とうちをしていたよ……今まではな。

 エノハは明らかに、神としての気概きがいを失っている。神の資格を放棄ほうきしてるんだ。そんな奴を、のさばらせる必要はないだろう?」

「エノハの殺害はわかりました……では、次の領主りょうしゅは誰にされるのですか? いまの超弦の子を殺すなら、その生まれ変わりが現れるのを待つつもりなのでしょう? そうして再誕さいたんしたファノンを赤子あかごのうちに拉致らちし、洗脳し、あなたの手足として育てる、というのが筋書きでしたね。

 そのためには、セントデルタに人間の存在をゆるし、人口増殖を見逃してやる必要があります。そうなれば、ファノン再誕までの間は当然、そこにリーダーを立てなくてはなりません」

「適当に決めたやつでいいよ。セントデルタの連中に現状打破だはするほどの人材はいないが、責任感のある奴だけは豊富だ。いずれにせよ、エノハほど日持ちする人間はいなそうだ」

「エノハに失望されたのですね。失望したということは、それだけ期待されてもいた、ということ。あなたにも人間らしい側面が残っていたわけですか」

「人間らしい側面? こんなパサパサになってる感情に、そんな名前を付けてくれてありがたいもんだ。俺はエゴという名のカビに身体を乗っ取られた、冬虫夏草とうちゅうかそうみたいなもんだよ」

「冬虫夏草……旧代中国の、漢方に使われる薬ですか。冬の間に昆虫の体に寄生し、芽を出す、キノコの仲間です」

「かつて、その冬虫夏草で世界をゾンビパンデミックみたいにしようとした男と戦ったこともあるから、生態のことは良くわかってるつもりだよ。

 冬虫夏草の菌糸きんし類に乗っ取られた昆虫は、外殻がいかく以外はぜんぶ食われて、さいごには中身がまるまるキノコになるんだ。

 薬としては優秀だそうだが、初見の人間にはグロテスクさが際立きわだつ外観だがな。

 ともかく、マハトとしての俺は、ロナリオの死んだ日にほろんでるんだ。今ここにいるのは、水爆の男とかデスハットと呼ばれる、ただのフォーハードという菌糸類で、この皮膚ひふはそれのかぶった外殻にすぎないのさ。

 だがこのカビを育てたのは俺じゃない。人間のうちの悪人と――それから善人だよ」

 フォーハードは少しばかりやけくそな感じで語り尽くして、さらに続けた。

「わかったら、とっとと動いてほしいね。宇宙を俺のエゴで消し去るまで」

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