「昔の技術ってのは……すごいもんなんだな」
旧モエク宅で、部屋にあるベッドに腰
この部屋はもともと、アエフが使っていたものだ。
それがモエクの死去にともない、アエフは2つ隣のモエクの部屋へ移ったので、ゴドラハンがこの部屋の主になったのである。
とはいえ、元がアエフの部屋なので、その室内はアエフらしさがそこかしこに残っていた。
壁紙は水色で統一されており、モエクが作ったらしい
「なあゴドラハン……前に見舞ったときは、あんたは身体のあちこちが……その……欠損してたはずだ。それなのに今は、どうみても五体満足だ。それも、あんたの時代にあった、永遠の命って奴の
ファノンの質問に、ゴドラハンは短く首を振った。
「それについちゃ、色々誤解されてるようだから、
ゴドラハンはそうこぼすが、内心では面倒なのだろう、すぐ横で両手を前に組んで立つロナリオに目線をずらした。
「わたしがその話をしましょう」
ロナリオは
「かつてフォーハードがおこなった水爆攻撃だけで、人類は破滅した訳ではありません。しばらくは何億人かが生き残っていたのです。ですが、以前から権力を持っていた人々はやはり、フォーハードの凶行ののちも、権力を握っていました。
その頃は被災した原子力施設から飛び散った放射線や、ツチグモやラストマンなどのホロコースター型殺人機械の
エターナルゲノムプロセッサは知ってますね? ゴドラハンの身体に永遠の命を与えた装置です」
「知ってる。
「そうです……が、これの起動には大量の電力が必要だったのです。
フォーハードの一撃で文明を失ったに等しい世界で、充分な電力を得られる場所など、どこにもなかったのです。
そんなコミュニティしか存在しませんでしたから、エターナルゲノムプロセッサの起動をしたところで、ほとんど成功するかわからない状態だった――」
ロナリオが、
そのままロナリオは黙りこくってしまったので、説明を受け
「エターナルゲノムプロセッサを
「それが、あんただった……?」
「名答だ。他にもいたがな。
成功の
そのとき、運良く死なずに、この身体を手にしたんだ。そういう経緯で、俺は心臓と脳が無事なら、元通りに身体を再構築できる身体にされた。だから、指を切られても治っちまうのさ」
ゴドラハンはあまり嬉しそうな顔をせず、右手をグーとパーに何度か繰り返してから、どこか
ゴドラハンはタクマスに
「良いんだぞ? トカゲやタコのようだと言ってもらっても」
「ひどい世界だったんだな……俺の前世は、そのことを知っていたのか? 知っていたなら、あんたや他の人を守るために超弦の力を行使しなかったのか? この力なら、少しは世の中に影響を与えられたはずだ」
「前にも少しだけ話したんだが……あいつは、その力に
「それでも……この力を持ちながら、何もしなかったなんて、信じられないよ」
「お前だったら、
「う……そんなことはしないよ……」
「こういう話をしてると、やはり俺の息子なんだな、とも思うよ。顔や声は俺の息子と同じだが、やっぱりそのへんの記憶はないんだな」
「すまないな……あー……久しぶり、父さん、とでも言えば良いか?」
「まあ、この話はここで打ち切ろう。過去のことを相談しても過去は変わらない。そんなことより――ここに来た理由は、エターナルゲノムプロセッサの話を聞くためじゃあ、なかったんだったな」
「ああ……この間、ロナリオから聞いたんだけど、あんた、身体の修復が完了しだい、塔に攻め込むつもりなんだってな」
そこでファノンは、ロナリオを見た。
ロナリオのほうは、その視線を受け止めて、そのままの姿勢で、黙ってこくりと
「そうさ。今なら俺とロナリオで組めばエノハを倒すのは
「それなんだけどな……塔に攻め込むのは待ってほしいんだ」
「なぜだ?」
「俺が、フォーハードに敗北したとき、エノハ様は最後の
「エノハが? あいつはお前が死んだ後なら、おそらくフォーハードに殺されるぞ」
「それを、あんた達で何とか助けてやってほしいんだ。エノハ様と協力して、フォーハードの描いた
「……それを、よりにもよって、俺に頼むのか? エノハによって放射線の降り注ぐ大地に追いやられ、コミュニケーションと文明から
「あんたの苦労は、俺なんかにはわからないから、共感も理解もできないのかもしれない。でも、人間同士がこれから
「…………」
ゴドラハンはうつむき、考え込んだ。
ファノンの言葉は、自分や知人のことだけを心配する人間には、言えないものだったからだ。
それがわかるゴドラハンだからこそ、その言葉は鋭く心に突き刺さったのである。
「ゴドラハン……」
なりゆきを見守っていたロナリオが、ゴドラハンの顔色をうかがう。
ゴドラハンのほうは、それに促される形で、ゆっくり口を開いた。
「ファノン……俺は1つ、今まで失念していたことがある」
ゴドラハンは、ため息をもらしてから続けた。
「俺は何で、自殺もせずに、この世界にかじりついているのかって理由だ。何だかわかるか?」
「さあ……」
「俺は、世界のためにやってきたんだった。俺の愛情表現に対して、世界のほうからラブコールはまだ返ってきてないが、それでも、価値のあることだと思っていた。
そのことを、しばらく忘れていたよ」
「……」
ゴドラハンの言わんとすることを計りかねているファノンは、沈黙でその言葉の先を待った。
「……つまりな――エノハと組まなきゃならないってのなら、喜んで組もう。エノハも、お前の勧めだとすれば、きっと喜んで服してくれるだろうさ」
「ゴドラハン……! ありがとう」
「ただし」
喜びかけるファノンをとどめるように、ゴドラハンはファノンの眼前に向けて、人差し指を突きつけた。
「だが、父親に向けてそんな話をするのは、今後、二度とナシだ。自分の父親に、自分の死後の話をするなど……最高に泣きそうになっただろうが。お前が俺より先に死んだ場合のことなんて、もう考えたくもない」
ゴドラハンは涙目でも隠したいのか、わざとらしい仕草で首を回してから、ゆっくり立ち上がった。
「だが、たしかにエノハは、お前が負けた時には、フォーハードの策略からの最後の
「はい」
ロナリオも、一歩前に進み出た。
どうやらロナリオのほうも、五体は完全にほんらいの運動性能を取り戻しているらしく、その所作も、ファノンが初めて出会った時のように、水流のようになめらかだった。
「だが、俺とエノハは保険にすぎないぞ。言うなれば、お前がフォーハードに
「
「
ロナリオが、そこで言葉を添えた。
「あなたを助ける人がいる。彼らはあなたに守られないと生きていけないほど、弱くはありません。むしろ、必ずあなたの手助けをしてくれるはずです――天に
「……モエクには最後に、面白い話を教えてもらった。必ず、役立ててみせる」
ファノンは片手に握るコイルノートに、力を込めた。
それはモエクがいまわの
たしかに、そのコイルノートの中には、フォーハードと渡り合うのに役立ちそうな『面白い話』が
そして、この場には持ってきていないが、もう1つのモエクの遺産も、ファノンにとってかなり重要な位置を占めていた。
それは、たんなる新聞だったが……セントデルタの
それはかつてモエクが存命の時、リッカに頼んでアレキサンドライトの塔から持ち帰らせたものである。
――あれの話は、誰にも
――モエクも、同じ気持ちだったんだ。
――だからアエフも知らないようだった。
――それでもモエクが俺に教えたということは、俺ならあの話を意味あるものにできる、と判断したからだ。
「世界の解放なんて、今でも正しいかどうかなんてわからない。だけど俺は、この世界の崩壊を防ぐために、これをしないといけないんだ」
ファノンの決意表明に、それを聞くゴドラハンが、悲しげに眉を落としながらも、小さく笑いかけた。
「なあファノン……ここからは父親として言わせてくれ。俺は一度、お前が死ぬのを、この目で見ている。そして、前世のお前は、500年後に生まれ変わると言っていた。その予言の通り、お前はこの時代に生まれ変わった。
だが、お前はあと、たかだか4年ぐらいすれば、エノハの呪いでまた死んでしまうんだ。俺はそれが耐えられない……俺はずっと生きるのに、お前は何度も何度も死ぬんだ。なあファノン……さっき、エターナルゲノムプロセッサの話をしたが、エノハの塔にその装置が今もあるのは知ってるか?」
「知ってるよ、エノハ様に見せてもらったこともある」
「それを……お前が使っちゃもらえないか? この戦いが終わったら俺たちと……暮らしてはもらえないか? フォーハードに勝った時には、お前はエノハも倒すつもりなのだろう?
だったらその後は、俺たちが、あの時にできなかった親子の暮らしを取り戻すことができる……俺のエゴと言われたらそれまでだが」
「永遠の命、か…………」
ファノンはそこで考え込んだ。
――俺だって、死ぬのは怖い。
――4年かそこらで、俺の寿命は尽きる。
――短すぎる人生だと思う。
――だけど……。
「他にも
「そこを曲げて願いたいんだ」
「……少し、それについては考えさせてくれないか? フォーハードを倒し、エノハ様を
「ん……わかった」
ゴドラハンは小さく