145.槍試合

「それまで! 勝者、メイ・モーモーニャン!!」

 町長メイのかしの木槍が、木こりのバンデ氏の左脇腹に叩き込まれる寸前で止まったのを見計みはからって、審判役の男が片手を高々と上げ、そう叫んだ。

 ほんの少しのタイムラグののち、それを観戦していたまわりのギャラリーから、大きな歓声がのぼった。

 その日はセントデルタ中央広場(ダイヤモンド中央広場)で、年に一度の槍試合がもよおされる日だった。

 槍試合はトーナメント形式でおこなわれ、クジ引きに従って、1対1での決闘が、麻ロープを10メートル四方に張り巡らせただけの、急ごしらえの闘技場で始められる(かつてその場で暴れていたツチグモのレーザー跡は、完全にダイヤモンドで埋め立てられて、どこにも以前の悲惨ひさんさは留めていなかった)。

 その闘技場がよっつ、アレキサンドライトの台座を囲むように、その日はあつらえられるわけである。

「それではご観戦の皆様がた、ついに最終決戦が始まります!! この勝者のメイと、Bブロックでの戦いを終えたエンドアさんとの勝負が、5分後にり行われます。メイ町長もよく身体を休めて、次の戦いに備えてください」

 審判はひとしきり語り終えると、ロープをまたいで、横長の審査員席に向かって、何かの打ち合わせに入っていった。

「さすが町長!!」

「おれたちにできない事を平然とやってのけるッ」

「そこにシビれる!」

「あこがれるゥ!」

 中折れ帽の少年たちが、ロープぎわにもどるメイに向けて、口々にまくし立てる。

 彼らは皆、メイよりいくつか若そうな少年だったが、えらく気安そうな態度だった。

「……珍妙ちんみょうな言い回しが流行はやってるもんだ」

 メイがロープをつかみながら、うっとうしそうにつぶやいた。

めてるのさ。お前の人望のたまものだよ」

 外野の最前列で見守っていたファノンが、ロープに肘をついて、メイの独白に付き合った。

「あいつらには俺が旧代の漫画を貸してやったんだ。それにあった、最上位の褒め言葉を真似てるんだよ。旧代の連中は、人を褒めるのに、たびたびそう言ったそうだ」

「やっぱりお前のせいか」

「そろそろイシケーやクレマ・サヒロの物を貸してやろうと思ってるところだ。新しい境地に行けるはずだよ」

「知らない作家だな……だが、一つだけ確かなのは、お前がロクな知識を後輩たちに与えようとしてないってことだ……ここでなけりゃ、この木槍でお前をぶん殴ってた所だが、町長としての手前、ここじゃあできない。観客を殴るのは、あまりにも外聞がいぶんが悪すぎるからな」

「わかった。お前の心を乱さないよう、あまり余計なことは言わないでおくよ」

 ファノンは前のめって体重を乗せていたロープから腕を放し、降参するように両手をあげた。

「おいファノン……なぜ、この大会に参加しなかった? 私はお前が出るものだと思ってた――お前、クリルさんが闇に帰命きみょうしてから、槍の稽古けいこを休んだことがなかったじゃないか」

「ある人に、言われたんだ……『お前は人々の輪に入るには、ハンディキャップを背負っている、ならば、その輪に入るために、努力をするべきなのだ。槍試合に出場して、ハンディである超弦の力をいっさい使わずに、努力で勝ち残ってみろ。良いか、努力だ。人に努力を見た時、あらゆる人が涙を流す――』とな」

「ええと……ええとだな……ツッコミどころがいくつかあるが……取りあえず、それを言った人物のことは置いとこう。

 どうしても言っとかなきゃならないのは…………それ、出場しろって言われてるじゃねぇか。どうするつもりだよ、お前。試合、次ので終わりだぞオイ」

「……知らない人間からすれば、俺と戦うとなったら、相手はどう思う? 超弦という不気味な力。拳銃を片手に持つ相手と、木槍で打ち合う気分だろうさ。だから、俺は、俺のことを知らない奴とはやらないよ……頑張がんばってな」

 なぜだか、いっさい悲壮ひそうな感じを出さずにファノンは説明した。

 その態度に、何かしらの意図いとを感じ取ったメイは、それ以上、追及しないことにした。

「逆に聞くけどな、メイこそどういう風の吹きまわしだよ。今まで、こんなものに出たことなんてなかったのに」

「町長としてナメられちゃ困るからな。ここらで腕っぷしも見せてやるのさ。優勝できたら、人気も取りやすいだろ?」

「いっぱしの政治家みたいなセリフだな」

「私は政治家じゃあない。アーティストだよ。政治はアートなり、サイエンスにあらずってな。旧代で、知人から金を借りながら政治運営した人物の言葉だ」

「死んだモエクが好きそうな話だ。フィーチャーしてんのか?」

「少しはな……ハナーニャさんも、いきなり未亡人からスタートしてるんだ。まもなく産まれるあいつの息子に、私なら父親の話ができるだろうし……そのスピーチの練習みたいなもんだ」

 と、メイがつぶやいたところで、その横から審判役の男が、ロープをくぐって試合場へ入ってきた。

「それでは、最後の試合を始めます……! 西、町長のメイ! 東、花屋のエンドア! 両者前に!!」

 審判役の男の高らかな口上こうじょうに、会場のボルテージもまた、クライマックスを迎えようとしていた。

 その興奮を特にかもしていたのは……先ほども騒いでいた、ファノンの『後輩』たちだった。

「うおおおお! これアレだ、背景にドドドドドとか出る雰囲気ふんいきのやつだ!!!」

「イヤ違う……ゴゴゴゴゴだ!!」

「ドッギャァァン、だろ」

「はなげ」

 少年たちが白熱した心を抑えるように拳を握りしめ、訳のわからないことをわめくが、この状況と空気を楽しんでくれていることだけはメイにもわかった。

「まあ、行ってくるよファノン。応援しろよ」

 メイは背中のファノンに言い置くと、まっすぐダイヤモンド石畳いしだたみのリングの中央へ進み、対戦相手の男を静かに見えた。

 相手のエンドアという男も、メイを見るが、そちらは少しやりにくそうにしている。

 エンドアは半ズボンに、自分の花屋のロゴをい付けたオーバーオールという、動きやすさより店の宣伝せんでんに力を入れた姿をしていた。

 槍試合とは結局のところ、そういう場所なのである。

「準備はいいね……? では両者、構えて…………始め!」

 審判がそう言ったとたん、メイが動いた。

 勝負は短かった。

 メイの槍がぐるりと一回転すると、その槍のがエンドアのほおを襲った。

 その一撃をエンドアが防いだとたん、メイは背中を向けたまま、あたかも自らの槍で切腹でもするかのような導線をたどって(ただし槍先自体はみごとにメイの脇腹をかすめて)、木槍本体を、エンドアに向けて突き出した。

 死角からの攻撃に、エンドアの反応は遅れた。

 けっきょくエンドアはその槍を腹にモロに喰らい、うずくまっていったのである。

 あまりにもあっけない幕切れに、一瞬、その場は葬式のように静まり返った。

 だが、それはすぐに終わった。

「しょ……勝者、メイ・モーモーニャン!!!!」

 審判が叫ぶとともに、これまでにない咆哮ほうこうじみた歓声が、観客席から立ちのぼった。

 メイはそれらを左右に見やってから、難しい顔で、木槍を高々とかかげた。

 戦いも終わったということで、メイがエンドアへ近寄って助け起こそうとしたところで、興奮した審判が声を荒げながら近寄って、メイのやろうとした動作をさえぎり、その右手首を握って、高く持ち上げた。

「みなさま、しみない拍手を! 今年の勇者は、勇者なだけでなく、町長であるメイです! みなさま! セントデルタは安泰あんたいです!!!」

 その大仰おおぎょうな審判の宣言で、さらに人々は熱狂を込めてメイに声を浴びせかけた。

「アァ……どうも……どーも…………」

 以前のメイなら、どのような言葉をぶつけられようとも、喜怒色きどいろに表さず、というスタンスで受け流していたが、今は自らの顔色ひとつで政治の行方が変わる、セントデルタの町長。

 人々からの好意を黙って見ているわけにもいかず、メイは慣れない政治スマイルを顔に浮かばせ、ロープの向こうから歓声を投げかける人々に両手を振って答えた。

「やれやれだな。ともかく、これで終わりだ。私もつつがなく、目的を果たせたよ」

 メイが審判役にだけわかる声でつぶやく。

「お疲れさまでした、メイ町長」

 隣の審判役も少しは落ち着いたのだろう、短くねぎらってきた。

「そろそろ片手を離してくれ。家に帰るよ」

「アア、それはすいませんでした」

 審判役は、自分がメイの片手を大きく上げさせたままなのに今気づいたらしく、ぱっとその手を離した。

 そしてメイはそのまま、このほのかな陶酔とうすいを抱いて、町長室の横にあてがわれた自室にこもって、ぞんぶんに仮眠を取る……という予定を頭の中に描きながらロープのほうへ歩き始めた時だった。

 そこに――

 いきなり、審判の足の間に、うしろからやってきた何者かが足首をすべりこませ、引っ掛けるようにしてその審判を転ばせてしまった。

「ッッ!!?」

 コケたまま、審判役はうしろから謎の奇襲をかけてきた人物を見ると……そこには、審判と同じように地面に横たわったファノンがいた。

「ファ……ファノン? 何やってんだ、お前」

 審判は目を白黒させながら、自分の足をからめているファノンを見る。

 突然のことに、試合場のできごとを見守る群衆もまた、唖然あぜんとしていた。

 その静けさに便乗するように、ファノンは立ち上がると、どっしりと腰を落として、自らが握っていた木槍を、帰りかけのメイの背に向けて、構えた。

「我はファノンではない……我は槍を極めし者。うぬらの無力さ、その体で知れい!」

「何だよ、そのネタ」

 いきなり始まった茶番に、メイが試合場に視線を戻し、冷ややかにたずねる。

「見てわからぬか。この背に負った『天』の文字が」

 ファノンはにわかに構えをほどいて、メイに背中を見せてきた。

 来ている黒いシャツの背中部分には、デカデカと『夫』の文字が筆でヘタクソに書き込まれていた。

「無断でこういうネタで漫画を描きまくった漫画家が、パクられたほうの会社の激怒を買ったことは知っておる。その漫画家はそれはもう、見事な糞袋として転生したという。だが我はそんなてつは踏まぬぞ」

「……で、ファノン。どうしたいわけよ」

 メイが槍柄を肩にかけ、面倒臭げに聞く。

「死合うに見合う槍か……うぬが修羅しゅら、見せてみよ!」

 ファノンは再び、木槍を下げて低く構えた。

「ふん……やっぱりな。ゴンゲン親方に出場をすすめられてたのに何やらおとなしいと思っていたら、やはりそんなことだったか。良いぞ、ファノン。人前でコテンパンにしてやる」

 メイも構える。

 その右足の擦らせかた、左足の落としかた、槍を持つ右手の角度や左手の添えかたなど、どれを取っても、ファノンとメイの構えは瓜二うりふたつだった。

 どちらも、クリルからさずかった槍術だからだ。

「我はファノンではない。我のことは槍を極めし者……そう、そそり立つ槍を持つ我はまさに…………それはもうカチカチな……ボッk…………あべしっ!」

 ボッkさんは言い切る前に、メイから強烈なハイキックを顔面にもらって、そのまま仰向あおむけにノックダウンしていった。

 その際、ボッkさんの脳みその代わりに入っている讃岐さぬきうどんが、地面にぶちまけられた。

「勝者! メイ・モーモーニャン!!!!!」

 審判の声が、即死するボッkさんの耳をつんざいた。

 その後、彼の死のことを聞いて狂喜乱舞きょうきらんぶしたフォーハードは讃岐うどんを食べ過ぎて死んだ。世界は最高に平和になった。

 

Fin

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