「――人間は、負けたら終わりなのではない。辞めたら終わりなのだ」
熱気のこもる窓工房の中で、ゴンゲンはベルヌーイ式炉の下部
「本物のほうを言ってしまった……俺もヤキが回ったな」
ゴンゲンは横にいるアエフに、わざとらしく笑いかけたが、そこには弱々しさしか
溶けるルビーから発する光で照らされるゴンゲンの顔には、アポトーシスによる『ふやけ』が溝や
このレベルになると、通常なら立つ体力もなくなっているはずだが、ゴンゲンは
それはアエフにとっては、ことさらに、まばゆく
「そんなことは……」
横にいるアエフがつぶやいた。
アエフは3ヶ月前に学校を卒業したのち、念願だったセントデルタ大病院の整形
今日はセントデルタ槍試合だから、医者の仕事もほとんど休みだったが、アエフはゴンゲンに何かを感じ取って、閉め切った工房から逃げもせず、ずっとゴンゲンの仕事ぶりを、工房の壁に背をあずけながら、見つめていたのである。
「さっきの言葉、ニクソン大統領でしたっけ」
「正解だアエフ、お前は
ゴンゲンはアエフを
ゴンゲンがそれを数分のうちに終えると、ルビー
これまでになく、空気も縦スジも刻まれていない、完璧な窓だった。
「ふふ……ここまで見届ければ、安心だ。窓枠なら、ファノンでもはめられるかな」
ゴンゲンはそこまで言うと、ガクッと、にわかに
「親方!」
アエフはすぐさま動いて、くずおれるゴンゲンのごつい体をささえた。
アエフの体は、9ヶ月ほど前から続けてきた筋力トレーニングによって、ゴンゲンの巨体をたやすく受け止められるほど強くなっていたのである。
そんなアエフが身体を
――あのとき、フォーハードを助けたのは僕だ。
――
――ここにいるゴンゲン親方や、ファノンやメイさん、モンモさんは僕を
だが、アエフのこの決意は、実を結ぶことはなかった。
その代わり、アエフは
アエフは
「無理しないでください……もう、あなたの身体は」
「死とは人生の終わりのことではない……
「マルティン・ルターですね。わかりますから、もう無理をしないで」
「ファノンは……どこだ? あいつに会うまで、死ねんよ。この俺の闇への旅に顔を見せないとは、とんだ不良弟子だ」
「親方が大会に行かせたんじゃないですか。迷ってたファノンを」
「あいつはクリルから教わった槍の技術を、あの試合で試したそうだった。それなのに、自分が持つ超弦とかいうヘンテコな力のことを、他人にどう思われるかばかり気にして、ウネウネと迷っていたからな……やるか、やらないかで迷ったんなら、やればいいんだ」
「それは、誰のセリフですか?」
「俺のセリフだ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ゴンゲンがいつも通りの、
アエフは自らの
ひとりの人物が、工房の
――モンモだった。
「元気のいい病人だね、外まで響いてたよ」
モンモのその言葉からは、あきらかにゴンゲンの事情を知っている様子がうかがえた。
「おう、モンモさん……死に目にあなたに会えるとは、幸運なもんだとは思うが、この瞬間でもまだ、アポトーシスの
「あなたなら耐えられるでしょ。信じてるもの」
「そう見込まれたんじゃ、自信はないが、耐えましょう! はっはっは!」
ゴンゲンは土間に寝そべったまま、大笑いした。
だがそれを終えると、落ち着いたまなざしで、のぞきこむモンモとアエフを見返した。
「モンモさん、聞いて欲しいことが」
「なあに?」
モンモがたずねながら、アエフと向き合うようにゴンゲンの頭のそばに座ると、ゴンゲンの頭を持ち上げ、みずからの太ももに
ゴンゲンはぴくりと鼻の穴が大きくなったが、とくに何も感想は言わなかった。
ゴンゲンにはもはや、ほとんど時間が残っていないからである。
「こんなことになって、改めて俺は、人生を満足するまでやりきったか……と自問するんですがね……色々と、中途半端なんですよ…………そこの窓枠だって、本当はファノンに任せるんじゃあなく、自分でやりきりたいんだ」
「心配しないで。あなたは、一級の窓職人だよ。私が約束するよ」
「死ぬ人間には、その言葉はありがたいもんです……たしかに俺は、そういう言葉を……とりわけ女性から、その言葉をもらうために
「シグムンド・フロイトですよ」
アエフがおずおずと助言した。
「さすがだな……つまり俺はファノンのスケベさを責めたりもしていたが、結局、頭の中は同じだったってことだ…………俺はムッツリスケベだった。なあ、アエフ」
「はい」
ずっとゴンゲンの背を抱いて見下ろしていたアエフは、涙声で
「クリルやモエク、ヨイテッツ……思えば、仲の良い連中を、ずいぶんと見送ったもんだ。
で、感じたことなんだが……。
人は……愛する人間と会えなくなって、そいつを思い出す時、そいつのトロフィーや賞状なんて、思い出しはしないものなんだな。その人物が何をやろうとし、何を話し、どう笑い、何に怒り、何を残したか――そういうことを、思い出すもんなんだ。
クリルにせよモエクにせよ、ヨイテッツにせよ……何だか、そういうことばっかり、浮かぶんだ」
「ゴンゲン親方……」
たまりかねたように、膝枕をするモンモが、涙にむせた声をもらした。
それでも、ゴンゲンの総括のような独白は続いた。
「――ファノンはおそらく、エノハ様を倒すんだろう。
アエフ……そうなれば、お前の出番がくる。俺やヨイテッツ、モエク、モンモさんにはこなかった、お前だけの出番が。
エノハ様のセントデルタ文明が
お前は文字通り、
その時、お前の頭をかすめたり、助けたりしてくれるのが……先に闇に帰る、俺やモエク、モンモさんの言葉だったり、姿勢だったり、生き方や、考え方だったら……嬉しいと思うよ」
「そんな……そんなこと、言わないでください……僕はまだ、親方に教えてもらわなきゃいけないことが、たくさん……」
「じゃあ……お前のために、一つの言葉をささげよう――それは努力だ」
ゴンゲンの言葉はこの時、いよいよかすれていた。
「……やっぱり努力が一番なのね」
モンモが膝上にあるゴンゲンの顔に向けて、泣き笑った。
「そうです……まず自分に努力なくして、お互いの理解なんて……生まれ……」
ゴンゲンはしゃべりかけているところで、眠るように、その熱い論調を小さくすぼめていった。
アエフが少しして、ゴンゲンの心臓に手を
「――ゴンゲン親方の
アエフがあふれそうになる涙を殺して