150.からめ手

 48分後。

 その頃にはセントデルタの街は、ラストマンによる制圧が完了していた。

 道にも屋根にも、路地のかげにも、ライフルやハンドガンを構えたラストマンがはびこっていたのである。

 ただし、ラストマンはこの時点で、誰とも戦闘をしてはいないし、誰もらえていないし、誰も殺していないし……何よりも、誰とも会えていなかった。

 人間を誰一人見つけられないままの『制圧』だったのである。

 壁には銃痕じゅうこんもなければ石畳いしだたみの一枚も無傷で、あたかも住民がまるまるラストマンに入れ替わったかのようでさえあった。

「050、配置についた。指示願う」

「074、配置についた。待機中」

「059、配置についた……指示を」

 セントデルタ中央広場をツチグモとともに占拠せんきょする、リーダー役ラストマンへ、複数の同機体から通信が飛び込んでくる。

「住居を捜索そうさくしている。建物のクリアリングは完了したが、現在に至るまで、目標の生体反応は感じられず。ただし、地下に続くとおぼしき、人為的に作られたふたを見つけた」

「こちらも住居潜入せんにゅう班だ。こちらでも同じものを発見している」

「わたしも見つけた。おそらく、この下に空洞くうどうがあるのだろう……連中は地下にいる」

 口々に、別々のラストマンからの報告がリーダー役ラストマンへ飛び込む。

 リーダー役ラストマンとここでめい打ったが、装備はほかのラストマンと何ら変わらなかった。

 ただし、どのラストマンも、かつてクリル・リッカ・モンモの3人で戦ったラストマンとは違い、いくつかの追加装備をほどこされていた。

 ラストマンの特徴的な、額・両頬のカメラに加えて、肩には通常には見られないカセット状の金属部品を装着し、なおかつ脚にもごつい金属部品を身にまとっていた(ラストマンは単純な仕様変更なら、このように外部カートリッジの換装でおこなえるのだ)。

 肩に乗るのはミューオン発生装置で、脚に付属するのは、プラスチック盤が縦横に配置されたシンチレーター。

 これらの機器でできるのは、建物の透視(ただし、ミューオンは電波や音波のように跳ね返りはしないので、それを受容するシンチレーターを装備した仲間に当てることで、その間に隠れる空間を見つけ出すのである)。

 ミュオグラフィ。

 かつて旧代2017年に、エジプトのピラミッドに開けられた、未知の空洞を見つけ出した技術である。

 ラストマンはもともと、人間を狩るためにフォーハードが設計させたものなので、武器を持つ人間と戦って勝つだけでなく、逃げる人間を追うために、せまい場所の潜入や戦闘も得意とする機体だった。

 そんなわけでラストマンには、人間の捕獲ほかくや殺害を想定した機器が、多く用意されていた。

 心音ソナーやサーモグラフィ、においセンサーまで標準装備しているラストマンが、ミュオグラフィという、さらにサーチ機能を高めた状態で、ファノンという人間と戦うために数100体も投入されているわけである。

 ラストマンが人間の隠れ場所を発見し、到達とうたつできれば、もはや人類に生き残ることは不可能となるだろう。

 以前、ファノンを中央広場で脅迫きょうはくした時と違い、今回のラストマンにはABC兵器が搭載されている。

 人間の集団のもとにラストマンが辿たどり着いた瞬間、一瞬もためらわず戦術核なりウイルス兵器なり毒ガスなりで、人々の息の根を止める、という計画なのである。

 殺される中にはファノンの友人、親友も多くいるだろう。

 そうなれば、もはや最期さいごの人類となったファノンが、『緑の太陽』で心を沈ませることは不可能となる。

 そしてファノンは怒りの頂点の中で、宇宙の破滅を選択することになるだろう……。

 ただ──カラジャス鉱山からの出撃前に、この作戦を語ったフォーハード自身は、それほどうまく事が運ぶとは思っていない様子だった。

『以上が、この作戦の最上位の達成目的だが、相当に難しいだろう。そこで第2目的を設定する。人間どもを殺すという軍事行動そのものを陽動に使う。

 人間の殺害に失敗した場合のために、第2目的をファノンの殺害とする。あいつは死んでもよみがえる。転生した時にあいつをさらい、俺の手足として洗脳する……まあ、第1目的を諦めたわけじゃあないがな。第1のほうが成功すれば、世界の破滅はここ1週間以内のこととなるわけだ』

 と、フォーハードは自らの筋書きを語っていたのである。

「報告を信じよう……おそらく、全住居に同じものが施されているはずだ。すべての潜入班は、そのふたを探すように。全機がそれを発見次第、待機のこと。その時、つぎの指令を伝える」

 リーダー・ラストマンはそう仲間のラストマンへ向けて通信データを送ると、カメラ・アイに映る景色けしきへとメインスクリーンをシフトさせた。

 そのリーダー役ラストマンは、セントデルタ中央広場のアレキサンドライト台座の上で直立しており、そのラストマンを囲うように、多脚戦車ツチグモが4台、周囲を固めていた。

 リーダー・ラストマンから見えるところには、大通りにアサルトライフルを構えたラストマンや、屋根がわらから周囲を警戒するラストマン。

 それは、どこからどう見ても、支配の行き届いた態勢だったが、ラストマンの誰にも油断をしている者はなかった。

 相手が相手だったからである。

「セントデルタの野蛮やばん・未開な文明レベルで、1万人を十数分で避難させ、なおかつ食糧しょくりょうと空気を保障できる地下シェルターを作るなどという離れわざ。そんなことは超弦の子にしかできんな。マスター・フォーハードは超弦の子がトンネルを掘って人質候補を逃がすことも予測されていたから、これは想定内のこと……蓋を見つけていない者は伝えよ」

「060、すでに玄関にマンホール状の宝石蓋を発見している」

「095もだ……こちらもエメラルドの円形ばんの下に、トンネルが掘られている。はしごもあるようだ」

「はしごの確認? 罠があるかもしれないのに、ふたを開けたのか?」

 リーダー・ラストマンがめ加減に質問をするが、あくまでもマシンなので、その口調自体は淡々としていた。

「レーザーでスキャンしただけだ。開けてはいない。蓋の奥までは確認できなかった」

「わかった、これ以降の独断はなしだ。全員が所定の位置に着くまで待機しろ」

 リーダー・ラストマンが通信で返すと、各ラストマンから了解をしめす返事とともに、静寂せいじゃくがおとずれた。

 だが静かだったのは、わずかな間だけだった。

「HC-L004……屋内に侵入した。入り口そばに円形の宝石蓋を見つけた」

「こちら068、同じくエメラルドのマンホール発見」

「HC-L 097、マンホール発見。突入命令を待つ」

 以下、口々に、民家内部へ侵入を果たしたラストマンから報告が行き交う。

「全ラストマンの配置を確認した。突入を開始する。各家庭にせるラストマンは、目の前のマンホール蓋を開ける準備に入れ。トンネル内部に罠があるかもしれない。HC-L005……まずはお前が先行せよ。005によるクリア完了後、さらに班を分ける。住居潜入班で侵入するのは080まで。081以上のナンバーは屋根および、室内で待機すること……侵入の秒読みを開始する」

 リーダー・ラストマンがそうつぶやいたところで、だった。

「こちらHC-L069、家屋入口および、マンホール表面から突然、組成そせい不明の透明液体が現れた」

「054、こちらも入口の扉の隙間すきまと、マンホール表面から組成不明の水を確認した……水は突然、目の前に現れた。サーモパイルで調べたが、この水は-270度にもなるようだ……明らかに超弦の子の仕業しわざだ」

 にわかに、同じ報告が、リーダー・ラストマンの通信に飛び込んでくる。

「あわてず、さらに水の分析を急げ……む」

 リーダー・ラストマンがそう命じたところで──

 そのリーダー・ラストマンは、ルビー・ガーネット通りの入口に、ひとりの人間が立っていることに気づいたのである。

 それはまさに、今回の作戦のターゲット――超弦の子ファノンだった。

「超弦の子……!? バカな、ここは街の中心なのに……なぜここまで接近しているのに誰もわからなかった」

 リーダー・ラストマンはつかんでいたアサルトライフルをファノンに向けた。

 リーダー・ラストマンを守るツチグモも、ファノンに向けてレーザーの集束しゅうそくを始めたが……その0.06秒の間で、すべてが手遅れとなっていた。

 一瞬にして、リーダー・ラストマンとツチグモ(および、屋根や通路上にひかえてファノンの襲来しゅうらいに備えていたはずのラストマン数体)は、断末魔だんまつまさえ許されず、大気の中へと気化していったのである。

 ファノンはリーダー・ラストマンの消滅しょうめつした地面には視線もくれず、アレキサンドライト台座へ進んだ。

 そのファノンの五体は、周囲の景色の中にゆっくりと溶けていき、やがて、完全に消えていった。

 ――ニュートリノ。

 陽子と中性子が壊れるときに発せられる粒子。

 ニュートリノはほとんど相互作用をしない(物質や身体に触れても影響を与えない)物質で、日常的に人間の五体を貫いている素粒子の1つである。

 ニュートリノは地球さえ貫通するから、朝も昼も夜も、人間の身体を四六時中しろくじちゅう、通り抜け続けているのである。

 その数、1秒間に数100兆個

 赤外線なら人体を暖め、外線なら人体の遺伝子を切り裂くが、このニュートリノはそれらのことを一切おこなわずに、人間の身体を素通すどおりしているのである。

 ファノンは自分の身体に触れるすべての電磁波を、そのニュートリノに変換して、身体を透過とうかしたとたん、元の波長の電磁波に戻すことで、透明化を果たしたのである。

 少なくとも地球上の生命は(目の見えないコウモリさえ)、物体の位置や、大きさを知るのに電磁波を用いている。

 見るのも400~1000ナノメートルの波長の電磁波を使っているし、聞いたもの、触ったものでさえも、生物は電気信号という電磁波に変換して、脳内処理しているのである。

 目を使う生物は普通なら、光が網膜もうまくの中に入るまで、その物体がそこにあることに気づけないのだ。

 人知を超えた存在のラストマンとはいえ、このくびきからは逃れられず、いくらラストマンのほうに、ドップラーレーダーや赤外線カメラ、超音波探知機、望遠機能などが備わっていようと――もっと言うなら、ファノンが1ミリまで接近しようと、ラストマンは気づくことはできないのである。

「この状態の俺は、誰にも見えないよ……風呂ものぞき放題だよな」

 ファノンは自虐的に笑った。

「しかし、わざわざ姿を見せてから、ラストマンの反応を見てみたが……」

 ファノンはいいかけて、口をつぐんだ。

 ファノンはリーダー・ラストマンをほふるとき、その通信も可視光に変えていたが、ラストマンから発される通信には、地上数メートル上をいずるものしか見つけられなかった。

 ファノンがフォーハードの居場所がわからないのと同じで、おそらくフォーハードもファノンの居所はつかめていない。

 だから、わざとラストマンの前に姿を見せて、フォーハードに向けて、自分の居場所を知らせる通信を出させたつもりだった。

 以前、ファノンがやったように、ラストマンの通信を可視光に変えて、相手の居所いどころあばく方法である。

 が、通信光線は屋根にいたラストマンから、どこかの通りへ飛んでいったのみだった。

「前、俺にこの方法で居場所がバレたことを、フォーハードが忘れるはずはない……プロキシのように、中継をているんだろうが、間違いないことが、一つある」

 ファノンは片腕を高々たかだかとかかげると、広げていた手を、ぐっと強く握りしめた。

「あいつは必ず、この街のどこかに潜伏している――だったら、やることは一つだ」

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