48分後。
その頃にはセントデルタの街は、ラストマンによる制圧が完了していた。
道にも屋根にも、路地の
ただし、ラストマンはこの時点で、誰とも戦闘をしてはいないし、誰も
人間を誰一人見つけられないままの『制圧』だったのである。
壁には
「050、配置についた。指示願う」
「074、配置についた。待機中」
「059、配置についた……指示を」
セントデルタ中央広場をツチグモとともに
「住居を
「こちらも住居
「わたしも見つけた。おそらく、この下に
口々に、別々のラストマンからの報告がリーダー役ラストマンへ飛び込む。
リーダー役ラストマンとここで
ただし、どのラストマンも、かつてクリル・リッカ・モンモの3人で戦ったラストマンとは違い、いくつかの追加装備を
ラストマンの特徴的な、額・両頬のカメラに加えて、肩には通常には見られないカセット状の金属部品を装着し、なおかつ脚にもごつい金属部品を身にまとっていた(ラストマンは単純な仕様変更なら、このように外部カートリッジの換装でおこなえるのだ)。
肩に乗るのはミューオン発生装置で、脚に付属するのは、プラスチック盤が縦横に配置されたシンチレーター。
これらの機器でできるのは、建物の透視(ただし、ミューオンは電波や音波のように跳ね返りはしないので、それを受容するシンチレーターを装備した仲間に当てることで、その間に隠れる空間を見つけ出すのである)。
ミュオグラフィ。
かつて旧代2017年に、エジプトのピラミッドに開けられた、未知の空洞を見つけ出した技術である。
ラストマンはもともと、人間を狩るためにフォーハードが設計させたものなので、武器を持つ人間と戦って勝つだけでなく、逃げる人間を追うために、
そんなわけでラストマンには、人間の
心音ソナーやサーモグラフィ、においセンサーまで標準装備しているラストマンが、ミュオグラフィという、さらにサーチ機能を高めた状態で、ファノンという人間と戦うために数100体も投入されているわけである。
ラストマンが人間の隠れ場所を発見し、
以前、ファノンを中央広場で
人間の集団のもとにラストマンが
殺される中にはファノンの友人、親友も多くいるだろう。
そうなれば、もはや
そしてファノンは怒りの頂点の中で、宇宙の破滅を選択することになるだろう……。
ただ──カラジャス鉱山からの出撃前に、この作戦を語ったフォーハード自身は、それほどうまく事が運ぶとは思っていない様子だった。
『以上が、この作戦の最上位の達成目的だが、相当に難しいだろう。そこで第2目的を設定する。人間どもを殺すという軍事行動そのものを陽動に使う。
人間の殺害に失敗した場合のために、第2目的をファノンの殺害とする。あいつは死んでも
と、フォーハードは自らの筋書きを語っていたのである。
「報告を信じよう……おそらく、全住居に同じものが施されているはずだ。すべての潜入班は、その
リーダー・ラストマンはそう仲間のラストマンへ向けて通信データを送ると、カメラ・アイに映る
そのリーダー役ラストマンは、セントデルタ中央広場のアレキサンドライト台座の上で直立しており、そのラストマンを囲うように、多脚戦車ツチグモが4台、周囲を固めていた。
リーダー・ラストマンから見えるところには、大通りにアサルトライフルを構えたラストマンや、屋根
それは、どこからどう見ても、支配の行き届いた態勢だったが、ラストマンの誰にも油断をしている者はなかった。
相手が相手だったからである。
「セントデルタの
「060、すでに玄関にマンホール状の宝石蓋を発見している」
「095もだ……こちらもエメラルドの円形
「はしごの確認? 罠があるかもしれないのに、
リーダー・ラストマンが
「レーザーでスキャンしただけだ。開けてはいない。蓋の奥までは確認できなかった」
「わかった、これ以降の独断はなしだ。全員が所定の位置に着くまで待機しろ」
リーダー・ラストマンが通信で返すと、各ラストマンから了解をしめす返事とともに、
だが静かだったのは、わずかな間だけだった。
「HC-L004……屋内に侵入した。入り口そばに円形の宝石蓋を見つけた」
「こちら068、同じくエメラルドのマンホール発見」
「HC-L 097、マンホール発見。突入命令を待つ」
以下、口々に、民家内部へ侵入を果たしたラストマンから報告が行き交う。
「全ラストマンの配置を確認した。突入を開始する。各家庭に
リーダー・ラストマンがそうつぶやいたところで、だった。
「こちらHC-L069、家屋入口および、マンホール表面から突然、
「054、こちらも入口の扉の
にわかに、同じ報告が、リーダー・ラストマンの通信に飛び込んでくる。
「あわてず、さらに水の分析を急げ……む」
リーダー・ラストマンがそう命じたところで──
そのリーダー・ラストマンは、ルビー・ガーネット通りの入口に、ひとりの人間が立っていることに気づいたのである。
それはまさに、今回の作戦のターゲット――超弦の子ファノンだった。
「超弦の子……!? バカな、ここは街の中心なのに……なぜここまで接近しているのに誰もわからなかった」
リーダー・ラストマンは
リーダー・ラストマンを守るツチグモも、ファノンに向けてレーザーの
一瞬にして、リーダー・ラストマンとツチグモ(および、屋根や通路上に
ファノンはリーダー・ラストマンの
そのファノンの五体は、周囲の景色の中にゆっくりと溶けていき、やがて、完全に消えていった。
――ニュートリノ。
陽子と中性子が壊れるときに発せられる粒子。
ニュートリノはほとんど相互作用をしない(物質や身体に触れても影響を与えない)物質で、日常的に人間の五体を貫いている素粒子の1つである。
ニュートリノは地球さえ貫通するから、朝も昼も夜も、人間の身体を
その数、1秒間に数100兆個。
赤外線なら人体を暖め、
ファノンは自分の身体に触れるすべての電磁波を、そのニュートリノに変換して、身体を
少なくとも地球上の生命は(目の見えないコウモリさえ)、物体の位置や、大きさを知るのに電磁波を用いている。
見るのも400~1000ナノメートルの波長の電磁波を使っているし、聞いたもの、触ったものでさえも、生物は電気信号という電磁波に変換して、脳内処理しているのである。
目を使う生物は普通なら、光が
人知を超えた存在のラストマンとはいえ、このくびきからは逃れられず、いくらラストマンのほうに、ドップラーレーダーや赤外線カメラ、超音波探知機、望遠機能などが備わっていようと――もっと言うなら、ファノンが1ミリまで接近しようと、ラストマンは気づくことはできないのである。
「この状態の俺は、誰にも見えないよ……風呂も
ファノンは自虐的に笑った。
「しかし、わざわざ姿を見せてから、ラストマンの反応を見てみたが……」
ファノンはいいかけて、口をつぐんだ。
ファノンはリーダー・ラストマンを
ファノンがフォーハードの居場所がわからないのと同じで、おそらくフォーハードもファノンの居所はつかめていない。
だから、わざとラストマンの前に姿を見せて、フォーハードに向けて、自分の居場所を知らせる通信を出させたつもりだった。
以前、ファノンがやったように、ラストマンの通信を可視光に変えて、相手の
が、通信光線は屋根にいたラストマンから、どこかの通りへ飛んでいったのみだった。
「前、俺にこの方法で居場所がバレたことを、フォーハードが忘れるはずはない……プロキシのように、中継を
ファノンは片腕を
「あいつは必ず、この街のどこかに潜伏している――だったら、やることは一つだ」