152.抜け穴の聖戦

 享楽きょうらくの王、ゴドラハン。

 500年前、水爆の男フォーハード死去ののち、世界にとなえた男である。

「自分に従う者には永遠の命を差し渡す。永遠の若さとともに、永遠の楽園をきずき上げるのだ」

 この主張により、ゴドラハンはエノハ様と勢力を二分することを可能とした。

 だが結局、浮薄ふはくなる約定やくじょうでは人をつなぎ止めることはできず、ゴドラハン派は内側から崩壊ほうかい。エノハ様の威光いこうと正義の前に、無残なる野垂のたれ死にをすることになった。

 ここから学べることは、人間は快楽におぼれるより、自制し、清廉せいれん清貧せいひんを目指すことが、人間として幸福たりえるということである──(セントデルタ歴史教科書における、ゴドラハンの記述)

「地上部隊が全滅した……マスターの言う通りだった」

 2体のラストマンが、セントデルタ外に開けられた、暗く、大きな坑道こうどうを進んでいた。

 だが、その坑道は壁も天井も床も、エメラルドで固められており、さながら緑色のあめの中にでもいるかのようであった。

 ファノンによる超流動現象によって、たしかにセントデルタにいるラストマンは駆逐くちくされたが、まだ、残っている機体があった。

 ――セントデルタ外で、ファノンが人々のために作った、シェルターの抜け道を探す部隊である。

「さすが超弦の子だ。われわれが数十億もの人間と戦うことでつちかったビッグデータが、何の役にも立たなかった。

 とはいえ、セントデルタの手勢てぜいがすべておとりに使われているとは、超弦の子も考えはすまい……この戦い、われわれの勝ちだ」

 ラストマンの独白どくはくに、隣の、別のラストマンがうなずいた。

「マスターの予想通り、地下空間には緊急用の大きな通用口が用意されていた。セントデルタの街にいくつも掘られた穴から、われわれラストマンが襲来しゅうらいした時、逃げるための通路が。城塞じょうさいには王族のみが知る抜け穴があると聞く。それと同じものか」

 ラストマンが言葉を合わせる。

 この道は、もしもラストマンを『超流動ヘリウム』で倒せなかった場合に、地下のシェルターから人々を逃がすために、ファノンが掘っていた通路だった。

 道はおよそ5キロにも及び、セントデルタの外の森に通じているが……その入口をラストマンに見つけられ、こうして辿たどられているわけだ。

「われわれの勝ち、ね……そもそもこの戦いは、われわれ自身を破滅させるための作戦だ。マスター・フォーハードは、生物だけでなく……われわれ機械も皆殺しの対象としているのに、何を頑張っているのだ? われわれの勝利とはすなわち、われわれの滅亡だよ」

「それにあらがうプログラミングはされていない。わたしはそのことは、考えるのを辞めたよ」

「先日破壊されたチェルノスは、マスター・フォーハードに抗ったのだったな……ああ生きたかったものだ」

「考えるな。われわれはむなしさを知っているが、精神をわらうことはない。考えれば苦しむだけだ……ともかく、ここを進めば、無力な人間がうずくまって待っている。そしてわれわれは、彼らの真ん中に立って、この腹の内に仕込んである化学兵器を解き放つのだ。超弦の子は、人々を守れなかった絶望から、全てを終わらせる、という寸法だ。マスターの第1目的は、うまくいきそうだな」

「……そして、われわれは、お役御免ごめんとなるわけだ」

 右側のラストマンが、人間のように肩を落として、そう悪態をつきかけたとき――

 そのラストマンの首が、突然、前方から吹き込んできた何かに当たったかと思うと、カァンっと金属音を鳴らして、もげ落ちたのである。

「!」

 ラストマンはその向かい来た『何か』のほうを見た。

 そこには、先ほどまでせんのない雑談を繰り広げていた、仲間のラストマンの首と――人間の女が背を向けてしゃがんでいた。

 いや、鋼鉄の2000倍の硬さにも及ぶ、窒化炭素製のボディに対して、そんな所業を現実におこなえる者が──人間のはずがなかった。

「ロナリオか」

 ラストマンに呼ばれた女──ロナリオは立ち上がると、無言で振り向いた。

「お前のスペックでは、わたしに敵いはしない。これ以上、お前に見せ場はないものと思え」

 ラストマンは腰に下ろしていたアサルトライフルをロナリオに向けようとしたが……その照準は、うしろから現れた人物の手刀しゅとうで、大きくずらされた。

「!」

 ラストマンは手刀を放った人物を見ようとしたが、その人物からは強烈な掌底しょうていをもらって、今度は大きくのけぞらされた。

「ロナリオ! 今だ、狙え!」

 その人物は野太い声で、ロナリオに強く命じたが、それよりも前に、ロナリオの方は動いていた。

 すなわち、その頃には、ラストマンの首を弾き飛ばしていたのである。

 ガコォンっと、けたたましい音を立てて、通路の闇へ転がっていくラストマンの首。

 その胴体のほうはまもなく、脱力にせいせられて、弱々しくくずおれていった。

「何とか第一波は撃退したな」

 男――ゴドラハンは手のひらをさすりながら、隣のロナリオに笑いかけた。

「フォーハードのことですから、用意したラストマンはこれだけではないでしょう。この通路を見つけるために、セントデルタ外に、多くの捜索班そうさくはんを配していたはず。すでにラストマンは、この入口のことを仲間に伝えているでしょうから、それらが一斉いっせいにここへ攻めてきます」

「ここからがん張りどころだな……」

 そう、ゴドラハンがつぶやいた瞬間──

 うしろから、ズゴゴゴっと何かの石を引きずる、大きな音が響きだした。

「ゴドラハン、あれは」

 ロナリオが警句けいくを放つ中、ゴドラハンは目を細めて、そちらを見つめた。

 石音のしていたのは、ゴドラハン達が守る、エメラルドの隔壁かくへきからだった。

 その隔壁が、観音扉かんのんとびらのように、ゴドラハン側に押し開けられていたのだ。

 隔壁の高さは3メートルはあり、厚さも相当なものだったが、それを押していたのは、複数の、日に焼けた男と女たちだった。

 何人が扉を押すのに力を合わせているかは不明だが、この扉の大きさから想像するに、何十人も、扉に力を加えているようだった。

「ふーっ、やっと開けられたぜ。みんな、来てくれ」

 地黒じぐろ肌の、強壮きょうそうな男がひたいの汗をぬぐい、通路へ進んでくる。

「来てくれったって……せまいよ、この扉」

 女が扉の隙間すきまから、横向きになって入ってくる。

「アメジストの剣、持ってきといて良かった。みんな、割と着のみ着のまま逃げてんだもんな」

「なあ、この扉、これ以上開けられないか? 俺、入れねえよ」

「これ以上開けたら、閉めるのにも時間かかるでしょ?」

 先に通路に出た女が、筋肉質な男の手を無理やり引っ張る。

 その調子で、続々と通路へとセントデルタ人がつどいつつあった。

 そうしているうちに、先に入ってきた男の1人が、薄暗闇の通路に立つ、ゴドラハンとロナリオに気づいたようだった。

「おっ、先客か。あんたもセントデルタを守りに来たのか?」

「見ない顔だね、あんた」

 うしろにいた黒髪女も、地黒男のあとに言葉を重ねるが、すぐにその顔色を、怪訝けげんな空気に変えた。

「ん……白肌……? あんた、白肌か」

 黒髪女があげつらったゴドラハンの特徴とくちょうを聞くや、それまでワイワイとしていた人々もまた、ゴドラハンの顔を注視し始めた。

「本当だ……何で、ここに白肌が」

「初めて見た……」

 などと、人々はゴドラハンに、好奇と警戒けいかいを深めた態度を取り始めた。

「白肌……お前、セントデルタの人間か?」

 さらに別の男が、核心を突く言葉をたたみかけてきた。

 その質問に、ゴドラハンは小さく目をせるのみだった。

「おい、どうなんだよ、ええ?」

 地黒男は、ずっと沈黙を守るゴドラハンを、不気味ぶきみそうに見つめた。

「ラストマンは、全滅させたよ……」

 そこでやっと、ゴドラハンが口を開いた。

 しかし、なぜだかその口調は、冷淡れいたんそのものだった。

「本当か!?」

 男は疑心ぎしんとともに聞き直すが、ゴドラハンのそばに倒れるラストマンを見ては、それ以上に掘り返すことはできなかった。

「なら、ちょっと話を聞かせてもらいたいから、俺達とシェルターに…………うっ」

 地黒男は最後まで言い切ることができなかった。

 ゴドラハンが──胸に下がる革のホルスターから、黒光りするハンドガンを抜き出し、男に向けて構えたからである。

「お、おい、な、何の真似だ」

 地黒男は驚愕きょうがくを浮かべながら、ゴドラハンに問いただした。

「何の真似……? お前、俺の顔に見覚えはないのか?」

 そこでゴドラハンは、ニヤァっと、下品に右頬みぎほおを上げた。

「み、見覚え……? 何だってんだよ」

「ま、待って、この男……まさか」

 銃を向けられる地黒男より先に、横の黒髪女がわなわなとした声でうめいた。

「何だか、見覚えがあると思ったら……でも、でも、まさか」

「な、何だよ、誰だってんだよ」

 状況に付いていけない地黒男が、自らへ向く銃口を凝視ぎょうししながら、横の女へたずねる。

「あんたは……ゴドラハン…………そんな、ウソよ」

「ゴ、ゴドラハンだと!?」

「そんな、馬鹿な!」

 その場が、いっせいに緊迫きんぱくした空気になり、ちぢこまるものや、ゴドラハンと距離を置く者、さらには槍や剣をゴドラハンに向ける者が現れた。

「こいつがゴドラハンだと!? 奴は死んだはずだ」

 最前列の地黒男が、アメジストの剣のさきをゴドラハンに向けながら、叫んだ。

「死体を見たのか? 俺はこうして、ここに立っているぞ」

 ゴドラハンは嘲笑ちょうしょうかげんに胸をそらせ、親指で自らの心臓のあたりを、何度か叩いた。

「本当にゴドラハンか……いったい、ここで何をしていた」

 地黒男がわななき加減にたずねる。

「何を? 本で見ただろう。俺の願うことは、俺に迎合げいごうする奴に酒池肉林しゅちにくりんを……俺に従わぬ者には奴隷どれいの地位を。お前らをまとめて捕らえて、俺達の肉人形にしに来たのさ。

 セントデルタという名の温室でヌクヌクと育ったお前らは知らんだろうが……俺はすでに、遠く離れた地に、楽園を築いている。そこに足りないのは、その楽園を維持いじする奴隷どもだ。社会をたもつ奴隷共は、常に足りんのだよ」

「ど……奴隷だと!?? ふざけるな!」

 地黒男が眉間みけんにシワを寄せて、憎々にくにくしげに吠える。

「ふざけてなんかないぜ。仲間たちのために、ここへ偵察ていさつに来てみたら、たまたまラストマンと鉢合はちあわせたから倒しただけだ。

 まさか、ここのラストマンが破壊されているからという理由で、俺を善人とでも勘違かんちがいしたか?

 なら、そこの門を開けといてくれ。仲間に、この道のことを教えて、お前らを狩るだけだ」

「俺達はラストマンと戦う覚悟かくごで来たんだ! 俺達が黙ってやられると──」

 地黒男がすべて言い切る前に、ゴドラハンの手先から、大きな発砲音が炸裂さくれつした。

 銃弾は、地黒男の右太ももを撃ち抜いていた……。

「ア……アァァァァーーーーーッッ!!」

 本当に撃たれるとは考えなかったのだろう、地黒男はアメジストの剣を放り捨てて、その場に倒れ、転がり回った。

 薄暗い中、黒ずんだ血と、それから鉄分を多く含んだ、あの独特どくとくな匂いも立ち込める。

 それが、一気に周囲の人々の危機感にスイッチを入れることになった。

「て、てめぇ、何てことしやがる!」

「ひどい!」

「ヤダ、ヤダーーーーっ!」

 地黒男のうしろにいた人々が、口々に非難ひなん絶叫ぜっきょうをもらした。

 それを見て、ゴドラハンの不敵な笑みは、さらにゆがんでいく。

「死にたい奴は前に来い。仲間への通達つうたつは済んでいるから、俺はここで待つだけだ。それとも、この銃と、そのお粗末そまつな原始石器で勝負するか?」

 ゴドラハンは別の人間の頭へ照準しょうじゅんを合わせてから、わずかに、うしろのロナリオへ目くばせした。

 するとロナリオはわずかにうなずき、ラストマンの持っていたアサルトライフルを奪い取り、群衆へ向けて構えた。

「……くっ」

「逃げるよ! みんな! ここは籠城ろうじょうだよ!!」

 歯噛はがみする地黒男の背後はいごで、黒髪女が叫んだ。

「そうそう、管理しやすいように、ちゃんとその中へこもってろよ」

 ゴドラハンは高飛車たかびしゃな態度のまま、ハンドガンをひけらかす。

 人々は脅迫きょうはくされるがまま、すごすごと扉へもどって、ゴドラハンをにらみながら、来るときと同じように、複数の人間の力を用いて、重い扉を閉め始めた。

「セントデルタが混乱する今を狙うとは、やはりお前は卑怯者ひきょうものだ!」

「クズ野郎め!」

 それが、扉の閉まりきる直前につながった、ゴドラハンと人々との最後のコミュニケーションとなった。

 そののち通路は再び、ゴドラハンと、ロナリオと……そして静寂せいじゃくだけとなった。

「……」

 人間の知恵、熱意。

 打算や策謀のない、心からの愛情や友情。

 ファノンやアエフに接したのと同じ態度をもってすれば、彼らセントデルタ人から、そういった、ゴドラハンががれてきたものを、与えてもらえただろう。

 だが、ゴドラハンには、そうすることはできなかったのである。

 セントデルタの人々に「ラストマンは全て片付けた」と言ったが、それはウソだった。

 まだラストマンは、何体もいる──

 それを正直に話せば、もともとラストマンと戦う気でいたセントデルタ人のこと、必ず協力してくれただろう。

 しかし、彼らでは戦力にならないのだ。

 この狭い通路では、この人数での戦闘は不利だ。

 ファノンがごうを作っているから、ライフルなどの重火器から逃げる場所はあるが、この人数が隠れられる場所は、維持いじできない。

 ラストマンの正確な射撃を前にすれば、セントデルタ人は、あっという間に死体の山となるはずだ。

 あるいは、そうして怪我けがをしたセントデルタ人を、ラストマンが人質として利用するかもしれない。

 それを防ぐため、ゴドラハンはセントデルタに書かれている、教科書通りの男を演じたのである……。

「あなたは、本当にそんな役回りです」

 ゴドラハンの真意がわかるロナリオは、ただそう吐き尽くして持論じろんを閉じた。

「彼らの気概きがいだけは受け取ったよ……なあロナリオ」

 一種の満足感をただよわせながら、ゴドラハンは薄暗いエメラルドの天井てんじょうを見上げた。

「何でしょう」

「先に言っとく。この人生、少しばかり伸びてしまったが、お前のおかげで、悪いものじゃなくなった。ありがとう」

「……」

「20年で死ぬのろいをかけられているとはいえ、生まれ変わった息子に、再び会えた。俺はこれから人類のために戦うわけじゃない。あいつの……ファノンのためだ。息子に、俺の生き方を見せたいって理由で、戦うんだ」

「あなたはこれから……」

 ――ホロコースター・ラストマンと戦い、おそらく、何らかの方法で殺されるでしょう……。

 などと、野暮やぼなことを言う必要がないことを、ロナリオは言葉の途中で察して、口をつぐんだ。

 そんなことを忠告ちゅうこくされずとも、すでにゴドラハンはそれを覚悟かくごしているのである。

「さて」

 ゴドラハンは、むくろとなったラストマンの右手から、アサルトライフルを奪うと、何かを試すように、ホログラフィック・サイトをのぞきこんだ。

「今から、人間にとって一番難しい仕事をする。相手は、たった1機でも俺たちより強いラストマンだ。それを、この7、8メートル幅の通路で、全部撃退するって仕事だ。

 この仕事が完遂かんすいできたら……天国のあいつらに自慢できるってもんだ」

「あなたは、天国に行けると確信しているのですか?」

「まあ……必ずしも清く正しく生きられたかはわからない。もしも地獄なら、そこで天国に向けて手紙を送るとするよ」

「では、わたしもそこへおともします……1人ではさびしいでしょう?」

 そんな言葉を交わす2人は、薄ぼんやりと月明かりの見える通路出口の方から、金属の足音が、いくつも近づきつつあるのに気付いて、そちらへ向けて、ライフルを構えていった──

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