9分前。
「人間は、探し物をするとき、足元ばかりを探す……」
フォーハードは輸送機の中、強風を飲み込む後部ハッチ前に立って、雲下にのぞける、34000フィート(1万メートル)下で七角形をかたどるセントデルタを見下ろしていた(七角形の街なのにデルタ[三角形]と名付けられるのは、街の形が三角形なのではなく、500年前の当時、放射線に侵されなかった地帯がデルタ状だったからである。厳密には、この街自体には名前はない)。
今のフォーハードの姿は、ガスマスクに似た密閉型酸素マスクで顔を覆っており、ポリプロピレン製のインナーを着込んだ上に、厚手の軍服をまとったものだった。
ただし、準備を急いだためか、手袋とブーツはグレーの軍服と揃った物ではなく、濃紺色のスキー用の物だった。
「マスター……高高度22000フィートに達して45分が経過しました。体調は? 減圧症や酸素中毒の気配はありませんね?」
コックピットで
「ないな。これも、お前達がこの装備の用意をしてくれたおかげだ」
フォーハードは
――このへんは、さすが機械だ。これが人間だったなら、ここぞとばかりに、穴の開くマスクでも用意して俺の暗殺を試みるんだろうが、そのへんを
――自分の
フォーハードはラストマンとの会話を止めて、小さくそう思案した。
「……ではマスター、作戦を読み上げます。あなたはこれから、未経験の状態のまま、高高度落下高高度
これに必要な技量は特に要求されませんが、普通の兵士なら、高所から飛び降りる恐怖に慣れるため、何度も訓練をおこなう内容のものです。
それを、あなたは
パラシュートは自動的に開きますから、そこは心配ありませんが、問題はその後です。
セントデルタの街には今も超流動ヘリウムが満たされていますから、超弦の子の始末を完了したのちは、そのまま彼の立っていたセントデルタに降下することはできません。
「タンデム降下でも、できたら良かったんだがな」
フォーハードは隣に立つラストマンを見やった。
五体はちゃんとしているが、そのラストマンはカメラと
ことに遠近感覚がマヒしているので、とてもではないが、落下の補助に使える機体とは言えなかった(それでもこの機体は、ブラジル・カラジャス工場から連れてきたラストマンの中では、一番、故障
このような
そして、わずかに
つまり、フォーハードはラストマンでのセントデルタ
確かに、住民全ての殺害をおこなって、ファノンの精神を破壊することは難しいと踏んではいたが、それでも、たった1人でもセントデルタ人を
とはいえ予備の作戦も用意してあるのは、フォーハードらしいところと言えた。
セントデルタ人が地下に逃げることは予想していたので、一部のラストマンに、抜け穴を探させていたが、どうやらその進路にゴドラハンが立ちはだかっているという報告を、すでにフォーハードは聞いていた。
「ゴドラハンをどうされますか」
「避難口への侵攻は12体のラストマンで行くんだからな……ゴドラハンに勝てる見込みはないだろうさ。そっちはそれで充分だよ。それより、俺にはリミットが
フォーハードはそう言って、ゴドラハン対策への指示をそこで打ち切った。
これは完璧主義のフォーハードが、本来なら絶対にしないことだったが、今回のこの選択は仕方のないことだった。
まもなく、ファノンの力がさらに
──つまり、あと数分の内に、ファノンには『地球から』退場願う必要があるわけだ。
その状況の中でフォーハードには、これ以上ゴドラハンに思考する時間を
「作戦開始時間まで、まだ少し時間がありますので、もう一度、確認をします、マスター」
コックピットのラストマンから、再び通信が飛び込む。
「この作戦は
HALOは標高300メートルほどで
天空から巨大なクラゲのようなパラシュートが、自分のそばに落ちてくるような現象は日常的ではないため、すぐに超弦の子は、そのクラゲがあなただとわかるでしょう。
開傘のリミットは上空1500メートルとします。
超弦の子の殺害ののち、あなたは超流動ヘリウムのあふれるセントデルタを避け、風に乗って、街からなるべく離れる必要があります。
HALOのように、たかだか300メートルでは、4キロも離れることは不可能です。
ですから、マスターの任務は、なるべく早く上空から超弦の子を見つけて始末し、そののち、できるだけ高い位置から開傘してセントデルタ外へ脱出する……というものになります」
「ファノンを見つける前に開傘すれば、逆に俺が見つけられてしまうからな。田舎者
「この作戦は乱暴ですが、効果的ではあります。すでに仲間が望遠レンズを用いて、超弦の子を見つけています。姿はどうしてだか見えなくなりましたが、移動はしていないものかと思います。あなたは落下に任せ、射程距離に入れるまで、セントデルタ中央広場へ近づいてから、次元攻撃をおこなえば良いのです。
超弦の子のほうは、空からの攻撃を考えないでもないでしょうが、やはり注意を払っているのは、路地の陰や通路の向こうや、家壁の死角です。
人間の遺伝子には、四本足の動物や二本足の同族に、正面や背後から襲われてきた過去が刻まれています。ですから、それに対処するよう、前や横、背中に注意が向くよう、本能が働くのです。上からの攻撃は、人間には盲点です」
「お前の望遠レンズは、たしかにファノンが中央広場に立ってるのが見えたんだな? だったら俺は
「はい。死んだ同志の最後の報告によると、たしかに超弦の子は中央広場に現れたようですから、そのこととも
「あとは、あいつを俺の次元攻撃の射程に納めるまで降下したら、力をぶつければ良い。あいつみたいに、視野に入っていない相手に攻撃するほどの力が、俺にはないからな」
「……マスター、準備は良いですね? 作戦開始時間が近づきつつあります。予定通り、わたしがあなたの背中を
隣にいるラストマンが、一歩進み出た。
「自分から飛び降りる勇気は、
フォーハードは
マスク下のフォーハードの顔は青ざめていたが、ラストマンの方はそれに気づきながら、
「マスター……超弦の子には、どのような攻撃を仕掛けるご予定で?」
「ファノンにワープの術をかけて、太陽の真ん中に送りつける」
「太陽に、ですか?」
「そうだ。あいつを
しかし俺が勝利を手にするには、これで充分だろう」
「マスター……以前、ロゴーデンという男を殺した時、あなたはロゴーデンの心臓の一部分のみをワープさせることで、彼を殺害しました。わざわざ太陽にワープさせずとも、超弦の子の心臓だけを抜き去れば良いのでは?」
「ああ……俺だって、それをしたいさ。だけど、あいつにはもう、俺の小さなエネルギーは通じないほど、強いバリアを張るようになったんだ。
たとえば固く閉ざされた
「……マスター、なぜ、そんなに楽しそうなのですか?」
マスクの中で含み笑いをしたフォーハードを
「思い出し笑いさ。前世のファノンが言ってたんだ。あいつの心のボスってのは、世界で最初にHALO降下作戦をしたそうだ。それなら、俺は世界の最後にHAHOをおこなう人間ってことになると思ったんだよ」
「私のデータベースに、ボスという名前は多すぎるので、よくわからない話です。どのボスですか?」
「
そう告げるとフォーハードは、ラストマンに背を向けて、風の暴れるカーゴドアの隅へ進んでいった――