もしかしたら、ファノンの力が
元々水素やヘリウムで出来ている太陽に、ヘリウム気化の術は効くべくもないから、ファノンがおこなったのは、太陽のヒッグス粒子化。
そうなれば、この太陽の中心だった場所も、ただの深遠なる宇宙空間になるわけだが、ファノンであればそこに酸素だけでなく、温度や気圧を、自身の周りにもたらすことは造作もないことだった。
だが、ファノンは身の安全を確保できたからといっても、その心は大きく
数10分以内に帰らなくては、地球にいるフォーハードが、セントデルタの人々の
「まずい……これは、まずい」
ファノンの頭が、この状況をひっくり返す策を講じるが……何も名案は降りてこない。
太陽を消してからのファノンは、先ほどからずっと、なすすべもなく、無重力に
地球には、帰れる。
だが、それには時間がかかり過ぎるのである。
地球の方角へ重力でも作れば(それを生み出すには、例えば惑星を一瞬だけ発生させる、などでもいい)、そちらへファノンの身体は引っ張られるため、故郷の大地へ戻る推力を得られるが、太陽と地球をへだてる、1億5000万キロメートルにも及ぶ宇宙旅行となると、その方法での期限内の帰還は、不可能なのである。
たとえば5秒かけて秒速1キロメートルという速度でも出そうものなら、自重が20倍以上にもなって、内臓が潰れて死ぬことになるだろう(おそらく、臓器の中でも特にやわらかい『脳』が、自らの頭蓋骨の中で、はんぺん状になるだろう)。
10分以内に地球へ到着するぐらいでなくては、セントデルタの人々の命は守れないというのに──地球に速やかに帰る方法が、ないのだ。
「何てことだ……みんなが、危ないのに。どうすれば……どうすればいい」
ファノンは理論上、フォーハードと同じことができる。
いや、この世にある、あらゆる現象全てを操ることができる。
超弦理論はすべての理論を総括したものだからだ。
だが──ファノンがそれをおこなうための使用条件は、その原理を知っていることに限られる、という制約もある。
現実として、ファノンはフォーハードのように、時間ジャンプも空間ジャンプもできはしない。
やり方をしらないからだ。
それに対して、フォーハードがそれをできるのは、おそらく旧代のころ、フォーハードの身の回りに、空間理論のエキスパートがいたからだろう。
その人物は、フォーハードが殺したのか、それとも
「早く……早く戻らないと……みんな殺される……誰か…………俺に教えてくれ……………!」
ファノンは上下も左右もない
こんなことをしている最中も、フォーハードは何らかの方法で、セントデルタの人々を殺す準備を始めている。
それを防ぐ方法は、ない。
何度考えてみても、何度悩んでみても、ファノンの頭脳からは、この返答しか出てこないのである。
「帰ることが……できない……」
ファノンはにわかに、己の自由を奪う、周囲の闇が、
それほどに、ファノンの思念は、恐怖と焦りに支配されていた。
──メイが殺される。
──モンモさんも、アエフも、殺されていく。
──ゴンゲン親方が、ヨイテッツ親方が、ゴドラハンやロナリオ、モエクが……クリルが守ろうとしたものが、奪われる。
──俺は……どうすればいい?
「くそっ、フォーハードめ……フォー…………ハードめ……」
ファノンの憎々しいつぶやきと共に、すぐそばで、陽電子と電子が生まれ、それらによる、核エネルギーを超えた大爆発が、そこらで花火のように起こり始めた。
超弦の力の暴走である。
──憎むな。
ファノンの足元や頭頂のほうで、陽子と反陽子が生じて、出会い、それらは爆砕とともに
──憎むな。
いくらファノンが自制しようとも、爆発はさらに増え、さらに大きさを増していく。
──
ファノンの周りの、あらゆるバリオンと反バリオン、レプトンや反レプトンが、生成されてはつながり、破裂を繰り広げる中、ファノンは何とかして自分の心をやりこめようと試みるが、全てが徒労となって、空回るのみだった。
無数の超巨大な、月ほどの大きさもある火球が、身を丸めるファノンを
宇宙は、終わりを迎える準備を始めていた──