160.超弦世界の使者

 大地が微動びどうとともに、あたかもこの世の終わりを告げるように、低いうなり声を発していた。

「…………地震が続いている。ファノンの奴、相当、頭にキてるな」

 マハト・フォーハードは、闇に包まれたジャガイモ畑にしゃがみ込んだまま、左手首に巻きつくリスト・ディシプリンをながめていた。

 それにともるディスプレイには、コックピットの中でコンソール・パネルを操作しているラストマンの姿が映っていた。

 それは、地下にひそむセントデルタ人を駆逐くちくするため、降下準備を始めている輸送機の景色だった。

「超弦の子は本当に、しばらく戻れないのでしょうか」

 リスト・ディシプリンの中の、パイロット役のラストマンが、タッチパネルを叩きながらフォーハードにたずねる。

「何といっても太陽まで飛ばしたんだ。あいつは超人に違いはないが、その身体はただの水とアミノ酸のかたまりに過ぎない。どんなに地球への帰還きかんを急ごうとも、人体の束縛そくばくからはのがれられない。地球に接近するにしても、あいつは自分が失神しないスピードになるように折り合いをつけて、自分の健康に気をつけながら急ぐしかないからだ。ワープの方法も、この世界で俺しか知らないから、あいつに真似はできない。さあ、あいつの戻る前に、さっさと人間どもを殺しといてくれよ」

「人間の殲滅せんめつには1時間あれば充分かと」

「さっきも言ったが……ちゃんと5、6人は残しといてくれよ。もしもファノンが絶望して自殺でもしたら、あいつの転生を待たなくちゃならないからな……その時のために、人間を養殖できる下地したじも残しておかなくてはならない」

心得こころえて…………」

 返事をするさなかのラストマンの声が、突如とつじょ、ノイズにかき回された。

「……? おい、どうした?」

 フォーハードは手首の蛍光けいこう緑のディスプレイに顔を近付け、安否あんぴを問うたが、返事をするのはノイズばかりだった。

 疑念を込めてフォーハードは顔を上げるが、暗闇の空には、衝突防止灯アンチコリジョンライトを消している輸送機の姿など、判別できるはずはなかった。

 だがフォーハードはすぐに、その心配を、する必要がなくなった。

 フォーハードが空の部下を探していると、さながら、部屋に白熱灯電源でも入れたかのように、にわかに太陽光の強い日差しが戻ったのである。

「太陽が復活した……? ファノンの奴、太陽の重力けん内から出ていないはずなのに、太陽を復活させたか。ということは──自殺を選んだのか……? ファノンは地球の生命を守るため、自分の中心に太陽を復活させた……いや、しかし」

 そこまでつぶやくものの、フォーハードは自説に納得なっとくしかねていた。

 フォーハードには、青空に戻った天蓋てんがいと、輸送機の姿が見あたらないことに、つながりが感じられたのである。

「ブリゲード・ウィング……応答しろ。どこにいる」

 フォーハードは再び左手をにらんで、語りかけたが……返事は戻らなかった。

「そいつらは、もう存在しないよ」

 突然、うしろから声がかけられた。

 それはフォーハードが久しぶりに聞く声だったが──もっとも有り得ない人物のものだった。

 そこには、ファノン本人が立っていたのである。

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