話は少し前にさかのぼる。
沈黙と
その周囲では、くすぶる陽子(水素原子核)に反陽子がぶつかって、そこかしこで
──どうすればいい。
──時間はない。
──俺の力は宇宙の
──恐怖は超弦の力を弱める作用をするはずなのに、それ以上に俺の力が強くなってるんだ。
──もう駄目なのか?
──宇宙の大爆発を防ぐための方法も、考えないといけない時が来てる。
──メイやモンモさん、アエフ……他のみんなを守るための方法は……もう、ない。
──フォーハードは、俺の知人を全員、殺して回るだろう。
──だけど、このまま俺が生きていれば、やがて宇宙の消滅を選択することになる。
──それを防ぐには……自殺しか、ない。
──この場に太陽を復活させて、俺の命そのものを消してしまう。
──それで、ひとまず地球や宇宙は救われる。
──フォーハードは俺が死んだことに気づいたら、俺の転生に
──だから早く……俺は死ぬべきなんだ。
──なのに、何でだ。
──やることはわかってるのに……何で俺は……力を使わない。
──大丈夫だ。太陽のど真ん中なんだから、痛みも熱さも感じないはずだ。
──さあ、やれ、ファノン。
──この戦いを、小休止にするんだ。
──俺が死んだとわかれば、フォーハードも、
──すべての問題を、先送りにしてしまえ。
──500年後の、転生する頃の俺に投げちまえ。
──少なくとも、今ほど絶望的ではないはずだ。
──さあ、早く……。
──早く、死んじまえ……!
「怖い……」
押し込めていた本音が、口のほうから漏れた。
──わかってる。わかってるんだよ、そんなの。
──だけど、怖いものはどうしようもないだろ。
──どうしようも、ないんだよ!
「助けてくれ、フォーハード……俺が悪かった……俺が間違ってた……なあ、助けてくれよ。聞こえてるんだろ? なあ、おい……お願いします……助けてくれよ……!」
ファノンは耐えられなくなって、見えもしない地球の方へ、叫び散らした。
その顔には鼻水と涙がベッタリで、どこまでも非力で、笑えるほど
だがその様を見て笑う者も、憐れむ者も、手を差し伸べる者も、ここにいるはずがなかった。
「……ちくしょう……」
ファノンはぐずつきながら、さらに大きくなる対消滅による爆発を、絶望にかすれた瞳で見つめていた。
──もう、良いんじゃないか?
──どうせ、みんな死ぬんだ。
──なにが、500年後の俺の転生に
──結末なんぞ、見えている。俺はその頃にはフォーハードに洗脳されて、魔王となっている。
──だったら今、フォーハードだけをのさばらせても、しょうがないだろ。
──どうせ、メイやアエフ、モンモさんは殺される。俺の大事なものを、フォーハードが許すはずがないんだから。
──このまま、絶望と怒りのまま、世界ごとフォーハードをぶっ飛ばした方が良いじゃないか。
──ぶっ飛ばそう。
──
──誰も、俺を
──もういい、もういいだろ……。
──俺は
──やれるだけのことはやった。
──誰も、俺を責められない……!
「──違う!」
その強い否定は、
いや、モエクだけではない。
ゴンゲンや、ヨイテッツの横顔が浮かんだ。
メイやアエフ、モンモが浮かんだ。
──クリルが浮かんだ。
──俺は、その人たちに向かって、
──その人達から、あまりにも多くのものをもらったからだ。
「どんな奴だって、どんな生き物だって、自分の環境を、少しでも良い方向へ進めるために、努力してきたんだ。
俺に
俺を信じて
俺がやめてどうする。
俺が諦めてどうする。
──そうさ、人間は生まれた時点で、自分だけの命じゃないんだよ」
ファノンはそう
「超弦の力……この程度か? 違うだろう、俺は知ってるぞ」
ファノンは意識を集中させながら、挙げている手のひらを、ゆっくり握っていった。
「見せろ、俺にその姿を。ありのままの世界を!」
ファノンの周りで、
ファノンが目をこらすとともに、爆発も減っていき、それらは、少しずつ全容を見せ始めた……。
「──これが……超弦の力……」
ファノンは
ファノンの目の前には、見たことのない、形容しがたい景色が、
それは、10-31メートルの微細世界にひそむカラビ=ヤウ多様体だったのかもしれない。
あるいは無限大の大きさを誇る、ブレーンワールドだったのかもしれない。
その正体は、ファノン以外には、誰にも見えはしない。
だがここで、ファノンだけは見たのである。
──それこそが超弦の正体だった。
ファノンは超弦そのものを見たことによって──赤子が物を投げれば落ちるのを学ぶように、鳥が
──10500もしくはそれ以上。
万物を構成する、すべての素粒子の母『超弦』が、生み出しうる形状の数である。
そして超弦理論は、この10500という数字がそのまま、宇宙の種類になりうると
この宇宙以外では、光の速度も、重力の強さも、何もかもが違うのである。
たとえば光は『この宇宙では』秒速30万キロメートルで進む。
そして光よりも速いものは許されない、というのが、この宇宙の
原子の寄り集まった物質に光の速度を出させると、その質量が無限大になって、物質の形状を
ゆえに、この宇宙では、光が最も速く、そして光以上の速度のものは存在し得ない(速さだけなら、
が、他の宇宙となると、光の速度は必ずしも秒速30万キロという速度でもない。
秒速100万キロにも1000万キロメートルにもなりうるのだ(ただしそんな宇宙はすぐに破綻する)。
ファノンは超弦の世界をのぞきこんだ瞬間、この宇宙の制限から解き放たれたのである。
もはやファノンの身体は、秒速30万キロメートルという『くびき』に従う必要はなくなったのだ。
「さあ……帰ろう」
ファノンが挙げていた片手を、地球のほうへ伸ばすと、そこだけは別宇宙の力が支配を始めた。
ファノンがおこなったのは、特定加速度の消滅。
ファノンの作り出した『別宇宙内』では、人体への加重が大きくその力を減じていた(念のため
「……」
ファノンの身体は、そこらの物質からエネルギーを奪ったのだろう、あたかも何かに押されたかのように動き出し、やがて、秒速数千万キロメートルを越えるスピードへ達しながら、まっすぐ地球を目指していった……。