「完敗だよ、ファノン」
取り戻された青空の下、フォーハードはよろよろと立ち上がろうとしたが、途中で力
もはやフォーハードは、身体ひとつ満足に動かせない程に、
人間を太陽に送りつける術で、エネルギーを使い尽くしていたのである。
「今のお前なら、俺が使うワープも使えるんだろうな……あらゆる世界を見ることのできるお前なら、可能だったはずだ。何で、それで帰ってこなかった?」
「──お前と同じ術を使いたくなかったからだ……と言えばカッコ良かったんだろうけど、超弦の力への完全な目覚めを果たした
太陽もあの通り復活させたけど、本当は少し心配してる。太陽が水素の塊で、核融合で燃えているってのはお前も知っての通りだが……水素を集めて圧力をかけたところで、実際は
だから太陽のそこらに秒間40
ファノンは特に表情も変えず、
「はは……ケタ違いだ」
フォーハードは
「そこまで化物になって、どうするつもりだ? お前は、俺やエノハどころか人類の生死さえ、ほしいままにできる力を得た。
お前はもう、この世界にいることはできない。あまりにも強すぎる力を得たからだ。今のお前は、寝ているときに、枕元を
今の宇宙はお前のおかげで、細板のフチに置いた生卵と何も変わらない。いつ地面に落ちて割れても、おかしくない状態ってことだ。
それだけじゃない。
お前には、どんな人間も、俺がエノハにやったような力による管理は行えない。誰もお前に口出しする権利を持てない……お前以上の力の持ち主は存在しないからだ。その時、お前の作る世界はどうなるだろうな。
初めは
それとも、今もお前の細胞を支配している、20年のアポトーシスに身を任せるか? だが、それでも結果は同じだ。
やはりお前は、500年もすれば再び産まれることになる。500年もすれば、文明を取り戻し、
そういう人間の子供として産まれたとき、お前は聖人のように、一度も、一瞬たりとも人間を憎まずにいられるか。それは無理というものだ。お前は俺という悪役を失ったあと、暴走の果てに世界を闇で閉じるだろう」
フォーハードは震える腕を何とか上げて、ファノンを指
しかしファノンのほうは
そしてファノンは、その表情のまま言い返す。
「……防ぐ手だては、あるよ。俺の力だからこそできる方法が。人知を越えた今の俺なら……いや、今の俺だからこそできる決断がある。フォーハード……お前なら、想像がつくんじゃないか? お前の言う未来を防ぐ方法が」
ファノンはそこで、
そこでしばらく
「そうか、そうだったな。確かにできるだろうさ……お前らしい方法だ。だがその方法の行き着く先はやはり──
「
「いいぜ。何でも来いよ」
フォーハードは首をすくめて、ファノンの次の
「──お前のその破壊
ファノンが口にしたこの疑問は、ずっと気になっていたことだった。
どんな生活をしていたら、世界中の人間を……いや、宇宙全ての魂を消滅させるために、
世界
だがフォーハードは、計画し、スケジュールを引き、実行し、立ちはだかった問題を解決し、そして
これは単なる
二度と、フォーハードのような人物の現れない世界にするには、フォーハード自身から、たどってきた
──この力を得れば、誰でもこうする。
かつてフォーハードがファノンに
「──かつて、お前らが旧代と呼ぶ世界を、俺は終わらせた」
フォーハードはへたりこんだ姿勢のまま、とつとつと語り出した。
「その直前のことだ。と言っても、30年とか40年というスパンだったが。
世界は終わる前に、5つの力を寄越してきた。
強い核力、弱い核力、電磁気力、重力……それから俺の次元の力だ。
だがこれらの力を
「別の力……?」
首をかしげるファノンに、フォーハードは
「そうさ。
強い核力の男には経済を
そして俺フォーハードには、破壊への
わかるか? これらは全部、世界を救うかもしれなかった力だ。
だが、何の力も与えられなかったまま、俺たち5人と渡り合わねばならない奴が、その真ん中にいた。そいつは第6の力──心で、俺たちと分かり合おうとしたが、それは半ばのところで
「……」
「その時、第5の男は
そこでフォーハードは会話を打ち切り、口をつぐんだ。
そのままフォーハードは天を見上げたが、ファノンでなくとも、それはフォーハードが
だから、ファノンはそこで反論に出た。
「おいフォーハード……今、お前は破滅が救いだと言ったな? 確かに政治経済や宗教、音楽、愛には人をまとめる力があったし、実際、まとめられそうなチャンスは何度もあった。だが破滅はどうなんだ。殺されて幸せな人間が、どこにいる」
「旧代末期では、生まれた瞬間にチャンスそのものがない人間が、あまりにも多すぎた。生きていても、自分の持ち物を
夢を
人々は、それに気づかなかった。
これらは防ぐことができた問題だった。
もっと、連中は関心を持つべきだった。理不尽に頭を下げず、
その
金の格差ができたら、さらにその流れは加速した。
──つまりは何のことはない。格差を生み出したのは、
そういう独立を失った中で、人々はさらに首を絞められた。巧みに隠されながら賃金は減らされ、労力はかすめ取られた。
かすめる方の連中は、好んでこの言葉を用いる──だが、われわれは雇用を産み出している──と。
本当にそうか?
たとえば旧代において、世界最大のスーパーマーケットに、ウォルマートという会社があった。その会社の規模は、純資産が中小国の国家予算並にあったものだが、税金はほとんど払っていなかった。タックスヘイブン……合法的に脱税ができるシステムだ。そのタックスヘイブンのひとつが、デラウェア州にあり、ウォルマートもそこを使っていた。
使途不明金を私腹に入れることは、たやすいものさ。
だが、そうして巨利を得るウォルマートの元で働く従業員には、フードスタンプを利用しなくては生きられない人間が多かった」
フードスタンプ。
スタンプとはいうが、カードの形状をしている。いわゆる生活保護を受ける者が、食料配給を受けるためのカードである。
だが、貧困家庭の彼らが選ぶ食料は、生きるために高カロリーなものがほとんどだった。
それらはどれも低栄養で、これを食べるアメリカ人の多くは、肥満に悩まされるようになった。
彼らは五体こそ大きいが、栄養が足りていないため、まさに『太っていた』だけだったのである。
「……連中は、ひたすら権力者の力を維持する部品として使われていたわけさ。権力者側は、その不満を
強者が弱者を武力で黙らせ、従わせるのは、もはや自然の
1つ例を挙げるなら、地球温暖化が自然破壊によるものかどうかは
空気中の二酸化炭素を調べれば、それが工場や車の排ガスから出たものか、そうでないものかがわかるのに、人民のほうには、ありもしない疑念が植え付けられた。
そういう大衆操作の方法としては、もっともらしい肩書きを持つ人物が用いられた。利得屋が真実をねじ曲げるために、たっぷりと金を積むわけだ。この反温暖化議論には、マサチューセッツ工科大学の教授も使われたな。こういう人間がもっともらしく振る舞えば、当然ながら騙される人間が続出する。
大衆操作だけではない。連中は監視と管理も得意だった。
知っているか? 旧代イングランドでは、自国の人権活動家とジャーナリストをインターネットを通して監視していた。
知っているか? アメリカは日本がいつ裏切っても良いように、いつでも日本中の電力施設を完全に
これらは2013年に、アメリカから機密情報を持ち出したエドワード・スノーデンによる提供で、俺の
だが、この状況が続くとどうなるか。
まずは普通に暮らす人間への締め付けが増し、奪われ、
しかし次には、そういう連中から奪い続けていた奴らが、取り分を失って倒れることになる……いわゆる共倒れだが、これが知性を持った生物を自称する奴のやることか?
それはまさに、自らのふくらはぎを切り取って自分で食うのと同じ行為だった。西暦620年前後の中国・唐時代に作られた
しかもその流れは日に月に増長していった。
俺は初め、彼らを教化しようとしたが、結局無駄だと知った。だから、連中を滅ぼすことで、幸福も不安も苦痛も生まれない世界にしたのさ」
「……話は終わりか? フォーハード」
うんざりした顔で、ファノンが返した。
「……お前、忘れてるよ。その中には、死にたい奴などほとんどいなかった。奪われようと、負けようと、
俺だって、
だけど、死ぬべき罪を犯した人間は、その中に何人いた?
生きてはいけない人間が、その中に何人いた?
お前は、数本の
お前はかつて俺に、力を得れば、一部の人間ならそうする、と言った。
それは違うと確信したよ。お前は耐えられなかったんだ。力を持ちながら、本当の救いをもたらす勇気がなかったんだ。理解するための
「あー……その辺の議論は、昔よくやったし、たいてい、似た感じの言葉で否定されたよ。そういう議論になれば、ほぼ必ず言い負かされたが、気にしたことはないね。なあファノン……大事なのは結局、いくら反論されようが、やったもん勝ちだってことだ。行動が大事だぜ」
「きさま、フォーハード……」
「だからこそ、だよ」
フォーハードはおちゃらけた態度を捨てて、ファノンを睨んだ。
「理想論は吐くだけじゃ、何も始まらんぞ。お前の言うやり方とやらは、俺のやり方より、さらに難しい。破壊には俺一人の決心で充分だったが、お前の言う世界には、人間全員の決心が必要だ」
フォーハードはゆっくり、
そのフォーハードの顔面に、ファノンは手のひらをかざした。
「そしてそれは、実現することは不可能だ。人間は決心したがらない生き物だからだ。予言するぜ。お前らの作る未来は、過去と同じものにしかならない。もはやそれは、確定した未来だ。そんな未来なんぞ、1秒でも見たくはないね──」