「…………………………? ……………………! ………っ」
あれから数分経ってなお、ファノンは先ほどと同じく、ジャガイモ畑に立ち尽くしていた。
ファノンは顔をしかめたまま、己の手のひらを、何度もグーとパーに変えながら、不可解なことでもあったように、その手をずっと見つめていた。
──おかしい。
──フォーハードは、間違いなく倒した。
──もっと正確に言うなら、フォーハードは間違いなく、その身体を素粒子レベルに分解した。
──あいつには、それを回避する体力も気力もなかった。
──あいつは二度と、悪事をすることはできなくなったはずだ。
──だけど、この
──この例えにくい感覚は、一体……。
──この不思議な予感は、何なんだ……?
「……考えていても、仕方ないか」
ファノンはため息をつくと、気を取り直して、緑色に輝くアレキサンドライトの塔へ向かうべく、アメジスト大通りに入った。
アメジストやアクアマリンの石壁には硬く凍った
そこは今も、ファノンが発生させた-270℃のヘリウム水が支配する、南極よりも寒い世界となっていたのである。
元気も活気も息をひそめるセントデルタの街を、ファノンは
──たぶん、この街を見るのはこれが最後だ。
──別れを
──メイとかアエフに会えば、絶対に決心が揺らぐからな。
ファノンがそんな重苦しい
──ここから、全てが始まったんだな。
──エノハ様が自分を捨てて、人類の復活のために、全てを投げ打った場所。
──そして俺は、そういうものを全て、今から終わらせようとしている。
──これが功なのか罪なのかは、後の人々にも評価が分かれることだろう。
──だけど結局、何をやろうと、人々のそしりと、応援は付いて回るものだ。
──あえて言うなら、罪とは、何もやらないことだと思う。
──フォーハードの言うように、俺が世界の解放をおこなえば、すぐに旧代の
──『人間は学ぶ、だから同じ失敗はしない』なんて、理想論を言う気はない。
──だからといって、人々の心と身体をセントデルタだけに
──セントデルタは箱庭だ。それも、これから地球や宇宙が気まぐれに起こす気候変動に耐えられない、もろい紙製の箱庭だよ。
──セントデルタの人間は、優しすぎるんだ。
──人間が生き残るのに、確かにセントデルタで育まれた優しさは必要だろうが、けっしてそれだけで未来に実は結ばれはしない。
──本当に必要なのは、強さだ。
──それも、心の強さ。
──砂嵐を受けても、海に飲まれても、
──優しさを
──この場所は、あまりにも、それらが生まれ
──だから俺は全てを引き受けて、決定するよ。
──優しい者は、強くあれ。
──強い者は、優しくあれ。
「……ということを、いま思いついたんだけど、これをアエフとかに伝える時間は、もう俺に残されてないんだよな。今も、つい間違えて宇宙を壊さないようにすることで
ファノンはそんな
となれば非常口から、50階におよぶ階段を
ファノンは自分の身体を支配する重力をほとんど無効化して、サバンナを走るインパラのように、階段を
スライド型の扉をいくつか手で押し広げながら通り抜け、ファノンはついに、エノハの執務室へ到達した。
エノハはファノンを待ちわびるようにして、その部屋の巨大なデスクに
だが、部屋はどこまでも
わずかに光を提供するのは、エノハの背後にある、アクアマリン窓を
「エノハ様……来たぞ」
ファノンはゆっくり、エノハに近づいていく。
だが、エノハは席に深く腰掛けたまま動かず、うつむくのを続けていた。
ついに机の前までファノンがやってきたが、それでも、エノハは何の反応も見せなかった。
「………………」
ファノンはエノハの頭上に手をかざし、その手のひらに気化のエネルギーを
わざと、そのまま待ってみるが、エノハの方に何かしらの態度の変化は、なかった。
「無駄だよ。その子は動かない」
ファノンの
高くも知的さを感じさせる、落ち着いた声。
そして何より、ファノンの良く知る、懐かしい声だった。
ファノンが振り向くと、そこには──クリルが立っていたのである。