167.旧代のある日

「エノハ……あなたの機械人形も完成したそうです」

 ホームパーティが終わって何時間かしたころ、ジーンズにTシャツ姿のロナリオ・スーリーが、ソファで本を読み終わったエノハに語りかけた。

「知人にうり二つの機械など作って、奴は何が楽しいのやら……お前の複製も作られているのだろう? 是非ぜひとも、男の手にはゆだねたくはないものだな……はっきり言って不気味ぶきみだ。何に使われているか、わかったものではない」

 キャミソールに身をまとめるエノハが、長く白い脚を組み替えながら悪態あくたいをつく。

「それは同意です……ところで、クリルはまだ目をまさないのですか?」

「この通りだな……もう少ししたら、ベッドへ運んでおくよ……ああ、そういえば」

 エノハは、自らの横で身を曲げて眠るおさない少女──クリルの頬をでてから、ふと、思いつきの質問をロナリオ・スーリーに投げかけた。

「……マハト達は遊園地へ行ったのか?」

「はい……クリルも連れて行ってあげれば、と伝えたのですが」

 食洗機に突っ込んでいた食器を取り出しながら、ロナリオ・スーリーが返した(料理担当と食器洗いはマハトの役だった)。

「この子は、すでに寝ていたからな……奴らはバカだが、寝た子を起こす野暮やぼではないのだろう。それに、遊園地はとっくに営業時間を終えている。もし見つかれば、マハトはともかく、チャールズのほうは有名人から奇人に格下げだ」

「遊園地のアリス人形がパンツを履いてるか履いてないか、しのび込んで確認しよう、とか言って、はしゃいでいました。まったく無意味な、リスキーな冒険です」

 ロナリオ・スーリーが苦笑くしょうする。

30歳の男は同い年の女より15倍ケガをしやすい、という統計がでているそうだ。男という生物の遺伝子には、しょうもないことをしなくてはならない本能でも刻まれているのだろう」

「チャールズ・ジョセフ・リーとマハトは、子供の時からの仲なんでしょう? どちらかが無垢むくな年齢の時に結んだきずなは、強いものです。チャールズも音楽ライブの直後で眠いでしょうに、良く付き合ってくれます」

「くだらなく、馬鹿らしい生活……だが、こういう日こそ、人間の魂を健常ならしめるのかもしれんな」

 エノハは横で寝息を立てるクリルの顔を、まじまじと見つめた。

「それには同意です」

 ロナリオ・スーリーもまた、クリルのそばに来て、しゃがみこむ。

「7歳の天才児が、絶望の果てに『人間の寿命は20年で制限するべき』なんて言葉を、本気で言わなければならない世界。

 マハトは、そんなことを考える必要のない世界を作りたいと言っていました。昔は相当、物騒ぶっそうなやり方を実行しようと考えていたようですが……最近はあまり、そういうことは言わなくなりましたね」

「奴も、丸くなったのだろう」

 エノハが同意する。

「そう思います。マハトは変わりました。ですが、世界は何も変わっていません。不正は広がり、支配は広がり、管理も広がって──そして格差が広がっている。この流れは、平和を願うものにとっては危険なものです。

 この世界は、わたし達の所有物ではなく、借り物です。この身体も、この星の物も、全ては借り物です。それなのに、自分の持ち物のように扱おうとする人間の多いこと。

 義務、権利、心、プライバシー、そして命そのもの……あらゆる物が、一握ひとにぎりの人間に利用され、そして利用されるほうは、それさえ知らされず、一握りの人間にき付けられています。

 焚き付けるほうを悪い人、最低な人と呼ぶのは簡単です。

 でも、わたしは──そういう人々にも、直接話して、分かり合うことはできると信じています」

「理想論……いや、それがお前の理想の世界か?」

「この社会というシステムで人が生き続けるには、最低でも2つの物が必要です。お金と……尊厳そんげんです」

「スーリー……お前らしい、淡白な意見だよ」

「そう思います。ですが事実、人間にはお金だけがあればいいわけではありません。尊厳も大事です。自分をほこれる理由や、自信は、とても必要なものです……といっても、これはわたしの言葉ではありませんし、当人はお金と尊厳ではなく、パンと薔薇ばらと言っていましたが。

 お金か尊厳、どちらか1つがないだけで、人は自分の人生を困難に思うでしょう」

「最低でも2つと言ったな。多ければいくつだ?」

「他には……可能なら、人間には夢があれば、さらに良いと思います。やりたいこと、なりたいもの、そういうものを空想すること。できるか、できないかはともかく、夢は描くことが大事です。さらに重要なのは、それを実行することです」

 そこでロナリオ・スーリーは話し疲れたらしく、エノハとはすかい・・・・(ソファの対角線向かい、の意)のソファに腰を下ろし、両手で顔をおおった。

「わたしの寿命じゅみょうは、それほど長くはありません……それでも、わたしは夢を描きます。

 幸い、お金と尊厳は、マハトや皆さんからもらいました。だから、この預かり物を汚すことなく、未来へ──次代へつなぎたいのです」

 ロナリオ・スーリーはそう言って、クリルの寝顔に、何かを託すように、まなざしを送った……。




次話へ