168.決着

 ファノンのこしだめに繰り出したやりの一撃は、クリルの重いダイヤモンドの槍をはじき飛ばし、その頭上を飛び越え、ガラランと乱暴な音を立てて、クリルの背後へ転がっていった。

 卑怯ひきょうな結末、と言えたかもしれない。

 ファノンはクリルの鮮烈せんれつ猛攻もうこうによって、何度もおとずれた死の瞬間を、そのたびに超弦の力で自らの時間を加速させ、あるいは時を止め、あるいは空間を飛んで、殺される攻撃をかわし、当てられない一撃を当て、その内に、ついにクリルの槍を吹き飛ばしたのである。

 つまり、それはもはや、武道と呼べる戦いとは言えなかった。

「イヤ……あのさ」

 槍を失ったクリルが、両手をげかげんにしながら、不満げにこぼした。

「こういう場合、超弦の力は使わずに戦うんじゃないの? 勝負になんないじゃん。あたし、槍だけで勝負しようって空気、出してたよね。

 ラストバトルなんだし、もう少し武士道とか見せられなかったわけ? あたし、槍しか使えないのに、そっちはチート魔術使いまくりとか……勝てるわけないじゃん」

「旧代のサムライのように、相手と同じ土台と条件で、技の優劣ゆうれつだけで生死を決めろって? それこそ、そんな条件でやりあったら、500年かけてつちかったお前の槍術そうじゅつに、俺が勝てるわけないだろ。お互い様なんだよ」

 ファノンが強い口調で言い返す。

 昔と違い、ファノンは身も心も成長した。

 もうファノンは、人に言い切られて引き下がるような人間ではなくなっていたのである。

「アホくさ。やめたやめた。さっさとトドメを刺しなさいよ」

 クリルはやる気をなくしたらしく、その場にへたり込んだ。

「クリル……教えてくれ。なぜ、そこまで自暴自棄じぼうじきになった。お前はそれでも、自分の理想に燃えてたんじゃないのか」

「…………理想には、燃料が必要だってことだよ」

 ファノンの言葉を受けたクリルが、その表情を落ち込ませていった。

「フォーハードが倒れた今、セントデルタは従来の統治が不可能になった。あたしはもう、この世には不必要な存在。これから始まる未来には、クリルもエノハも不要なんだよ」

 クリルはうつむき、アレキサンドライトの床に尻餅しりもちをついたまま、語り続ける。

「それにね……エノハの時にも言ったけど、あたしのモチベーションは、あなたを守ることだけだった。あなたが再誕さいたんすることだけが、あたしに神としての責務を全うさせた。

 でも、これ以上はムリ。永遠の命を得てはみたけれど、良かったことなんて、ほとんどない。仲良くなったところで死ぬけれど、付き合わなければ疎外そがい感を味わう。長く生きれば生きるほど、人間との距離感は増していった。

 もう疲れた。フォーハードとの密約がなくても、あたしの精神は崩れかけ」

 クリルはそこで、見下ろしているファノンに、顔を向けた。

「あたしは結局、臆病おくびょうなんだ。自殺する勇気もないから……密約にかこつけて、唯々諾々いいだくだくとエノハのふりをして、みんなをだまして統治して、20年の寿命に閉じ込めたのに……自分がおこなった、その事実からさえ、目をそらすようになった。神としても、為政者いせいしゃとしても、人間としても失格」

「……」

「あなたの復活も見ることができた。でも、あなたは結局、あと4年もすればアポトーシスに連れられていってしまう。そんなもの、見たくない……フォーハードが消え、あなたまで消えれば、あたしはもう、この世に価値なんて見いだすことはできなくなるだろうね。

 生きる気力もないあたしのために、あなたにやれることは、もう何もない。あなたにできることは、あたしを楽にすることだけだし……それをこそ、あたしは望んでる──さあ、終わりにしよう」

 クリルは観念したように、瞳を閉じた。

「──……」

 ファノンはしぶい表情で、クリルを見つめる。

 クリルは動かず、眼を閉じたまま、ファノンからの『術』を待つ。

「……」

「…………」

「………………」

「……………………」

 そのまま、長い時間が流れていた。

 そのさなかに聞こえるものと言えば、塔壁と窓のわずかな隙間すきまから入り来る風の音ぐらいで、動いているものと言えば、窓から差しながら揺らいでいる光のみ。

 そこは、ファノンが幼年期を過ごした頃と、何も変わらなかった。

 ファノンは沈黙の間にそれを見て、クリルは処刑を待つ気持ちでそれを聞く。

 だが、まもなく──

 その場から、ごんっ、と音が鳴った。

 クリルの頭上に、ファノンのチョップが決まったのである。

「イダーッッ!!! えっ!???」

 クリルは頭をおさえながら、あわてて目を開けて、ファノンを見た。

 ファノンはあきれかげんに、クリルのそばに片膝をついていた。

「あのなあ、クリル……」

 ファノンは自分の右手をさすりながら、たんじた。

「そもそも俺はお前と戦いに来たんじゃない。だいたい俺は、お前を殺しにきたとも、戦いにきたとも言ってないだろ。少しは話を聞けよ」

「じゃあ、何しに来たんだよ。まさか、以前のように暮らせと? あなたも、メイも、友達のリッカやモンモも……その人たちが死ぬのをこの目で見ろって? あたしだけが、のうのうと生き長らえて、彼らの死に様を見ろって? そんなの、誰が得するの。アポトーシスに縛られた人達は、あたしを許しはしない。そんな所へ戻るなんて、ありえないよ」

「戻る必要なんかないさ」

 ファノンはやっと、持論を話せることから、少しばかり生き生きとしていた。

「俺がそっちに行く」

「……え?」

「この塔には残ってるんだろう? エターナルゲノムプロセッサとかいう、人間の命を永遠たらしめる道具が。それで俺は、お前と同じ寿命じゅみょうを得る」

「暴論だね……この世にあなたという、超弦の悪魔が君臨くんりんするわけには……ん、まさか」

 利発なクリルはそこで、ファノンの伝えたいことの全てに気づいたようだった。

「いいの? あたしラスボスだよ」

「お前がラスボスなら、俺は隠しボスだよ。このエピソードにはそもそも、悪役や脇役、宝石窓職人や教師はいたけど、主役はいなかったんだ。

 エターナルゲノムプロセッサを使わずとも、俺が生きている間に、世界にとっては俺は目の上のたんこぶになるだろう。フォーハードという凶悪な敵を排除はいじょしたあと、次には俺という人間が恐怖の対象になる。

 だけど、俺はそのために死ぬ気はさらさらない。

 今までずっと、やりたいことが見つからなかった。だけど今はそうでもない。完全な超弦の力に目覚めた俺なら、できることだ……フォーハードも、俺が何をする気でいるのか、あっという間に見抜いてたな」

 ファノンはそこでクリルに、改めて手を伸ばした。

「──行こうぜ、別の宇宙へ。そこで、俺たちは、ありのまま、なりたい自分になるんだ」

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