「──マルチバース仮説だと、10500の宇宙の内、原子や分子が構成できるような宇宙は、一握りだそうだ。
なんでも、俺達の住むような、素粒子から原子が生成できる『生きた宇宙』になるのは、
10120個の宇宙の内で1個だとか。
それ以外の宇宙は、軽すぎて
「ふうん……あなたのおかげで見えてるけど、あそこにあるのが、つまり原子さえ
ファノンの横に立つクリルが、ガラス越しにのぞける『死産の宇宙』を
今、2人は、大きな丸いガラスの球体の中にいた。
ファノンの作った、即席宇宙船である(2人のいる場所が『宇宙』と仮定すればの話だが。ビッグバンによる『空間の始まり』が行われていないのだから、そこは間違いなく宇宙空間ではなかった)。
その球体は屋敷のように広大で、空気と気圧と重力と、ほどよい赤外線と紫外線があり、土もあれば田や畑もあった。
「ああ、そうさ……今からあれに力を加えて、ビッグバンの起こりうる宇宙に変える。さすがに側から離れたほうが良いから、その間に、別の宇宙を探しにいこう」
そう語るファノンは、すでに宇宙に
「今、地球ではどれぐらい時間が
クリルがガラスの向こうを見たまま、ファノンに語りかける。
「何だ、クリル。地球が恋しいか?」
「あなたもでしょ? あたし達は地球生まれだからね」
「この場所じゃ、時計もカレンダーも意味をなさないけどな……でも確かに、世界がどう変わったか、見てみたくもあるな……次の死んだ宇宙に『火』をつけたら、一度、地球に里帰りしてみるか?」
「いいね、ファノン。あたし、世界がどうなったか見てみたい。建物とか文化とか、きっと何もかも旧代とは違うはずだよ。もしかしたら、人間の
「人間さえいなくなってるかもな。ラストマンもツチグモも退治せずに地球を出たから。例え人々がホロコースターに勝利していたとしても、彼らは環境破壊が趣味みたいなもんだから、今頃は地球にお断りされてるかもしれない。太陽は俺が一度、再組成してるから、
「そういうのを踏まえても、見てみたいんだよ……どんな結末でも、イラついたりしないでね。今のあなた、ちょっとムカつくだけで宇宙を原始のスープに戻せるから」
「まるで神様だな、俺達」
「神様だったよ、少なくともあたしはね」
「そうだったな。姉だと思ってた」
「やっと姉と言ったね……でも今となっちゃ、姉じゃなく
「ちゃんとプロポーズはしたからな。これ以上はカンベンしてくれ。俺は恥ずかしがり屋なんだ」
「そうだよね。でも、そのおかげで、あたし達の仲は進展したよ」
「あれには、本当に勇気が必要だったよ」
そこでしばらく、2人は笑い合った。
「──地球のことだけど……変わらないものもあるさ」
少ししてから、ファノンがしんみりとした表情で語りながら、クリルに振り返った。
クリルもまた、ファノンの
「生き物の心はきっと、今も、何も変わらない。おそらく、生物が
「うん……メイ達や、あたし達が残そうとしたもの──それが少しでもあれば、嬉しいと思う」
クリルはそう言うと、ファノンと共に、強くうなずいた──