樹齢600年の
「準備はできたか?」
男は空手特有の姿勢である残心を終えて、うしろに控える気配に向けてつぶやいた。
男は胴着姿だったが、上衣は羽織らずに裸で、下半身を裾のすり切れた下衣を装着したのみだった。
むき出しの筋肉の表層にはほどよく脂肪がのっていて、そこから健常にたぎる生命力を放っていた。
「はい」
男の問いに、背後の気配が、低めの女の声で返事をした。
シャギーカットで金髪の、昔にいたケルト民族ふうの
ととのったその顔色だが、それを忘れさせるほどの無表情さが女にはあった。
「地下の最終点検、起動シークエンス完了しました。間違えてボタンだけは押さないように」
「ご苦労だったな。機材も何もない中で、よくやってくれた」
男は女をねぎらいながら、木の枝にかけていた半袖胴着を取ったが、着ずに肩にかけて歩き出した。
女もその背に
「フォーハードが復活したのは間違いないかと。おそらくこの時代に、あなたの予想された子供がいます」
「君はずっとセントデルタの監視もしてくれていたからな。そいつの顔も名前も、とっくにリサーチ済みだろう?」
男はいちど立ち止まり、雑に自分で刈り上げた短髪を、女に振り向けた。
「はい、子供の名前はファノン。遠方から望遠レンズを通して読唇術を試みてきましたが、ふしぎなことにその子供は、自分で名前を名乗るとき、ファミリーネームがいつも違うようです。この間はファノン・ウォリシスとか名乗っておりました。その前はファノン・キルヒアイス。さらに前はファノン・ノビノビタ・カッコエイガバンカッコトジルでした」
「……? 最近のセントデルタは時間に応じて名前の変わる法律でも作ったのか? エノハのやつも奇なことをする」
「それはわかりかねますが、フォーハードはそのファノンに接触を試みたようです。運命の子は、ほぼこの少年で間違いないかと」
「運命の子ね……そいつも難儀なものになってしまったな」
「その子に会うために……いえ、その子をとりまくエノハ、フォーハードと戦うために、あなたは空手の鍛錬を、500年ずっと欠かさずに続けたんでしょう? エノハとフォーハードを殺し、セントデルタを破滅させるために」
「殺すとか破滅とか、人聞きが悪すぎるな……たしかに、このゴドラハンが新しい人間の王になりたい、というのは、嘘ではないがね。そのためにファノンを利用するというのは
「では、これからのアクションプランを」
「焦るなよロナリオ」
男――ゴドラハンは、進言する女をさとした。
「チャンスはある。まずファノンの職業を、教えてくれないか」
「宝石窓職人です」
「なるほどね……ならそいつの仕事柄、どうしても、やらなくちゃならんことがあるな。そこを突こう」
ゴドラハンの言葉に、ロナリオは無言のまま、ちいさく頷いた。