19.夕方の三人

 翌日の夕方、台所。

 今日の料理当番のファノンがつくったのは、ダール豆やカルダモンを、数種のスパイスとともに煮込んだスープだった。

 そのほか、土間のほうでゆるりと湯気をあげる土鍋には、煮込んだココナッツミルクに、挽いたコリアンダーとクミン、大きく角切りにしたジャガイモやホウレンソウ、それから、あらかじめ炒めておいた鶏肉が投入されたものが。

 かつてインドという国にあった食べ物、コルマである。

 ファノンが、ゆいいつ食べられる肉類が鳥肉。

 そのファノンが料理当番になると、ヘルシー傾向の強いメニューになるのである。

 誤解がないように追記すると、ファノンが当番の場合、いささかインド寄りな食生活になるというだけで、本来のセントデルタの料理は、さまざまな国の食べ物が調和したものだった。

「メイ!」

「あ?」

 ダイニングテーブルで、肘をつきながら片手で本を読むメイが、いつも通りの、にべもない返事をした。

「そろそろセントデルタ感謝祭がくるから、なんか俺らも出し物やろうぜ」

 コルマ鍋をテーブルの真ん中におきながら、ファノンは言った。

「やだ、目立ちたくない」

「そういうなよ、お前バイオリン得意じゃん、何かやろうぜ」

「バイオリンじゃない、ヴァイオリンだ、これだから音符の読めない奴は……」

 メイははじめに置かれていた、テーブルの真ん中のダールスープをオタマですくい、自分の皿にうつすと、黒光沢をはなつトルマリン製のスプーンで飲んだ。

「……しかし、これはすごくうまいな。本当にうまい。全部食べるのがもったいないくらいだ……宝物を食べられるというのは、幸せだよ」

 メイは毒舌どくぜつだが、そのかわり、ほめるときも徹底的だった。

 聞くほうは照れ臭くなるが、ファノンはいま、ほかに話したいことがあった。

「感謝祭で何かやって、人気者になりたいんだよ。そうだ、バンドやろうぜ」

「お前は何ができるんだ、楽器は」

 メイが顔をしかめつつたずねた。

「口笛」

「……私はそんなバンドには付き合わんぞ、他を当たれ」

「わかった、クリル!!」

「んぁ……」

 ソファに寝転ねころがって寝息をたてていたクリルを、ファノンは言葉でたたき起こした。

「バンドやろうぜ」

「いいけど、あたし昼寝ぐらいしかできないよ」

 クリルが寝ぼけた声で忠告するが、ファノンは満足げにうなずくだけだった。

「それでいい! 三人揃ったな」

「三人じゃたりなくない?」

「おい私はやらんぞ」

 ふたりの会話にメイが水をさすが、ファノンはまったく聞いていない。

「あと一人は欲しいな、リッカはどうかな」

「あの子は無理でしょ。運営側らしいし」

「もう一人欲しかったんだけどなあ……まあメイがバイオリンできるってのはよかった。バンドできるな、これなら」

「ヴァだ。間違えるなゴミクズ。あと私はやらんといってるだろ」

「ヴァンドやろうぜメイ」

「そっちじゃねえよ」

「しょうがないな、誰か探してくる、特技のあるやつを」

「んー、がんばれー」

 クリルは気にめた様子もなく手を振って、黄色い水玉パジャマのまま外に出て行くファノンを見送った。

次話へ
このページの小説には一部、下線部の引かれた文章があります。そちらはマウスオンすることで引用元が現れる仕組みとなっておりますが、現在iosおよびandroidでは未対応となっております。