23.婚礼の日

 その日、クリルが着ていた婚礼衣装も、セントデルタ民族衣装を膨らませ、すそを長くしたようなものだったが、それに加え、幾重いくえにも巻かれた金のネックレス、プラチナの腕輪を身につけていた。

 セントデルタにおいて宝石の価値は石ころと何ら変わりはないが、金や銀、プラチナといった貴金属は希少なために、装飾品としては好んで用いられた。

 つまり、貴金属はセントデルタの礼装にはうってつけなわけだ。

 ただクリル本人は、あまりきらびやかにすると派手でケバいからヤダ、と常々言っていたが。

 その本人評はともかく、もともとセントデルタでも色白なほうのクリルはこのとき、メイクもほどこされ、いっそうの際立きわだちを得ていた。

 クリルは自室でその支度したくを終え、立ち上がった。

「……ありがとファノン」

 見送りに来ていたファノンに、クリルは独身者として最後のほほえみを向けた。

「あっちでも達者で。こうして毎日顔を合わすことが、できなくなるな」

 ファノンも笑い返したが、こちらは口端くちはをくずれさせないことで、精一杯だった。

「料理は覚えろよ、もう俺もメイも手伝えない」

「うん」

「洗濯はモエクはするみたいだけど、甘えないように」

「うん……」

「掃除はマメに。生まれる子どもに、出したオモチャを片付けさせるには、まず自分が。言葉には説得力を持たせないと」

「……うん」

「あ、あと……モエクによろしく。あいつのこと知らないけど、クリルが見込んだ人間だ。お前の審美眼がはずれたことはない、信じ続けて」

「ありがとファノン――行ってくるね」

 クリルはピンク色のルージュを引いた唇を短く動かしたのち、ファノンの横をすりぬけ、婚礼場である街の中心部へ進んでいった。

「……クリル……」

 ファノンはつぶやいたが、小声すぎたためだろうか、もうクリルが振り返ることはなかった。

 クリルは介添えの女性に手を引かれ、家の前に待たせる馬車にむかう。

 そこにはセントデルタ民族の正装になって、これまでになく襟首えりくびを正したモエクが立っていた。

「きれいだ、クリル」

 モエクは顔色を変えずにつぶやいたが、顔には明らかに紅がさしていた。

「あなたは、もう少し太ったほうがいいわね」

追々おいおい、そうしよう――かならず幸せにする、安心してくれ」

「うん、期待してるから」

 二人は見つめあうと、どちらからともなく唇を近づける。

 ファノンはそれから目をそむけた。

 それなのに、なぜかまぶたの奥には、その景色が映る。

 長い接吻せっぷん

 だがその中で、二人の顔にみるみる、水ぶくれが湧き上がり始めた。

「!」

 ファノンは異常に気づき、前のめって二人を見る。

「アポトーシスだ――クリル! モエク!」

 ファノンはクリルたちの所へ走りだしたが……いくら全速力をかけても、くずれゆく二人の体に距離をつめることは、できなかった。

「クリル……クリルっ!!」

次話へ
このページの小説には一部、下線部の引かれた文章があります。そちらはマウスオンすることで引用元が現れる仕組みとなっておりますが、現在iosおよびandroidでは未対応となっております。