「――と、いうのが、俺のおおよそのプロフィールだ。知ってるよな?」
正午を回ったころ、
「……いきなり現れたと思ったら、何を語りだしてんだ、お前は」
宝石窓工房の土間で、ファノンが溶けたサファイアの出るパイプのツマミをいじる手をとめ、敵意のこもった視線をフォーハードに投げながら言った。
「必要だからさ。俺はお前らセントデルタの人間ほど寿命を削られちゃいないが、無駄なことをする時間はない。俺はべつに永遠の命を持ってるわけじゃないんでね」
「お前の目的は、俺を魔王に育てあげて、生命の生まれない宇宙を作るんだったかな」
「よく覚えてるじゃないか」
「ああ、俺はそのとき、お前にお断りだと言ったことも覚えてる。今でも変わらんぞ」
「つれないやつだな」
「そんなに人間が憎いか。どうせあれだろ。親とか恋人が悪人に殺されたとか言って、ダークサイドに落ちたんだろ。それなら息子に腕を斬られたら目が覚めるから、それまで待て。ちゃんと皇帝を穴に捨てろよ」
「なんの話だ……? だがまあ、確かに俺は世界を憎んだ。だが憎んだのは一部の人間だけで、世界中の人間じゃあない。
俺にはたまたま、この能力と、変わったアイデアがあったから、こういうことをしでかしただけだ。この二つのどちらかでもなければ、
「90億の人間すべてを憎んでなかったのに、90億を殺したって言うのか」
「誰でもそうなる、とは言わんが、俺のように、かつて人類が持ちえなかった力に目覚めれば、何人かは俺みたいなことをするだろうさ。俺が特異だったわけじゃあない」
「ああ……名前を書きこんだら死ぬノートの話を、マンガで読んだことがある。あれが熱狂をもって受け入れられたのは、自分がこの力を手にしたら、同じことをするかもしれないからだ、とは思ったよ。お前は、する方、だったんだな」
「それまた何の話だ……? 俺はたしかに古代の人間だが、マンガは読まなかったもんでね。ただ、動物学者はかつて言ったな。人間は驚くほど意外性のない生き物だと。俺が右だと思うときには、他人も同じものを見れば右だと思うものさ」
「で、何しに来たんだよ。お前の顔を見ると胃が痛くなる」
「忠告しに来たのさ。お前はしばらく、街の外には出ないほうがいい」
「どういう意図だ。お前が
ファノンはひょうひょうと語るフォーハードに、
この男は、ファノンの目の前で、三人もの知人を殺したのである。
油断はできないし、何より、許せない男だ。
だが、ここでファノンが逃げても追ってくるだろうし、自警団にフォーハードのことを教えようものなら、すぐに時空の向こうへ雲散するだろう。
フォーハードの性格上、ファノンを助けにきた自警団員を殺害するかもしれない。
そしておそらく、フォーハードはファノン自身も、すぐに殺す力があるはずだ。
結論として、ファノンはフォーハードの話を聞くしかないのである。
「ゴドラハン、という名を知っているか」
「……お前と戦った場所の名前が、ゴドラハンの森だった。とうぜん知ってる」
「森のほうは、ゴドラハンの名を
「いや、俺を狙ってるのはお前だろ」
「すっかり疑り深くなったな。
「……で、そのゴドラハンが、俺に何をしようっていうんだ。たしかゴドラハンってのは、お前の死後、エノハ様と意見を戦わせてた男だとは聞いたけど。それ以外はよく知らない」
「俺と違って、奴はお前を殺そうとしている。俺がやったように、街の外に出たところを、奴は狙ってくる。だから出るなっていうのさ」
「だいたい何者だよ、ゴドラハンってのは」
「かつて俺が、この世から人間96億を消去したあと、俺は少しの間、何もしなかった。正確には、できなかったんだがな。
その間に、この地球に人間の
「わからんでもないな。食べるものも着るものもないんだからな。お前の津波のせいで」
ファノンはせめてもの抵抗として、悪口を放つが、フォーハードはこういうのには慣れているのだろう、まったく動じた気配はなかった。
「さっきも説明しただろ。津波で96億の人間は殺せないぞ」
「じゃあなんだよ、その宇宙の力か?」
「それも無理だ。俺の力には、そこまでのものはない。複合的なものだよ。南極爆破は、経済を混乱させるためにやった。70基の原発が海に沈めば、海運もタダですまないのはわかっていたからな。このあいだ、お前を襲ったツチグモがいただろう。俺はかつて軍と民間に、ツチグモのような無人機を売りさばいていた。軍には無人戦闘機や無人戦車や歩兵型ロボットを。民間には家事ロボットを。
世界トップシェアのそれら無人機に、いっせいにアップデートをほどこしたのさ。人間を、殺せと。
そうして人間と機械の戦争が始まったが、俺はそのやり方を工夫した。鍵を握っていたのは人間生活に深く食いこんでいた家事ロボット。政府要人の家で使われるロボットはかなり多かったから、その家で働く家事ロボットには、政府要人の家族を人質にさせた。効果はてきめんだったよ。腐敗した政治家や官僚であればあるほど、その効果は高かった」
「難しい、もっと短く」
「……話を理解できなかったってことだけ、伝わったよ」
「お前のヨタ話はもう充分だって意味だ」
ファノンは手をフォーハードへ向けてかざした。
「俺がお前を許せない、と思えるぶんには、理解できたよ」
「やる、というのか? 力を二つしか使えないお前が? 人も殺したことがないのに?」
「お前をのさばらせちゃ、たくさんの人が死ぬ」
ファノンは手のひらから、熱いものを感じていた。
ノトにやった、マイクロ波の熱と同じものである。
ファノンが熱いと感じるのは、わずかにある空気中の水分子が発熱しているからだ。
そのエネルギーを、ファノンはすでにフォーハードに差し向けているのだが、フォーハードは顔色ひとつ変えずに、ファノンのかざす手のひらを
「ちくしょう、何で効かない」
「効かないのは当たり前だ。お前が放っている電波を、俺の目前で違う空間に飛ばしてるんだからな」
たぶん、本当にフォーハードは目の前に不可視のバリアを張っているのだろう。
フォーハードの声はその口からではなく、工房の壁のほうから聞こえていたし、じっさいフォーハードの姿もおぼろにゆがんでいた。
「何だと」
「もしかしたら、お前の部屋の隣にいる
「メイが……!? きさま!」
ファノンは怒りをおぼえ、さらに手のひらに強い力が宿るのを感じたが、これ以上その力を振るうわけにもいかなくなった。
けっきょくファノンは、フォーハードに折れて、苦々しい表情で、かざしている手を閉じるしか、できなくなった。
「俺に指向性のある攻撃は効かないぜ。500年前、俺の頭上に核ミサイルを飛ばされたことがあったが、ちゃんと送り主のところに返してやったよ。特等席で花火を観れたことだろうな」
「どこまで、人を馬鹿にするんだ、お前は」
「ヒントをやったんだよ。ほんらいお前は指向性さえ超越した力を使えるのに、わざわざ人間の理解力というちっぽけなものに乗っかっている。超弦の力はエノハに隠されてしまったから、俺が少しずつ教えていくしか、ないかな」
「フォーハード……なぜ、お前はそんなに宇宙を破壊したいんだ? 俺たちだけじゃなく、お前にも、なんのメリットもないだろ」
「すべては虚無の
「は? なんだそりゃ」
「……俺の生きている時代は、憎しみの連鎖の末端だった」
「意味がわからん」
「そうだろうさ……だがあの頃は100年前に縁もゆかりもなかった民族同士が100年後には憎み合っているような時代だった。
わかるか? 時代が進む、文明が進むというのは、人々の
その中には覆しがたいこともあった。さっきも言った、永遠の命を持った者による、富の集積だ。
その過程で、20年前より10年前、5年前より去年と、時間が経過するごとに、富のあるものに選ばれなかった人間の命が
俺は思ったよ。この時代を終わらせるには、そういう連中だけを殺せば終わるものじゃあない、と。
そいつらが、ことさらに悪人だというのではない。
たぶん、誰がその一握りの人種に落ち着いても、同じことがおこるんだよ。
だったら1億、10億殺しても、けっきょくこの時代を求めて人間は働き続ける。
だからこそ、完全な絶滅が必要だった」
「人間はおろかだ。だから絶滅させる! ってやつだな」
「人間だけ絶滅させてもな……他の生物が覇権をとるだけだろ。人間以外の生物が清く正しい性質を持っている、と考えるのは誤りだよ。結局のところ、ほかの生物の進化を待っても、それほど今と変わりはしない。生物は意外性がないんだから、やることは決まりきっている。
人間と限らず誰であっても、自分がかわいい。自分の身内も大事だ。
そこで身内に善人ヅラすることで、見えない多くの他人が割りを食うことを、人間と限らず、どの生物も
「お前は文明の頭打ちになった時代に生まれ、生き物ってもの、そのものに絶望した。だから水爆やロボットの反乱をやらかしたんだな」
「俺以外の人間はみな
「そうさ、誰も殺されるほどの理由じゃあない。ならなぜ、殺した」
「そこで同意を求めようとは思わんよ。誰かに応援も肯定もされるようなことじゃあなかったことは、知ってる。議論するだけ、おたがい時間の無駄だぞ、そこは。俺はそもそも議論で打ち負かされても、これをやめるつもりはない。
それより、他の話をしよう……お前は宇宙の始まりと、宇宙の終わり、見るとしたらどっちを見たい?」
「なんだよそれは」
「俺は宇宙の末路を見たい。これが俺の一番見たいものだ。
次に、人間が絶滅する確率は何パーセントだと思う?」
「知らないよ、そんなもの」
「逆に考えてもみろよ。1秒後に巨大隕石が地球に衝突する可能性は? さんざんな低確率だろうが、ゼロではない。
ほかにも、あした致死率100パーセントの
地球規模の大地震や大噴火で、地球が住めなくなったら?」
「そういう時はマンガみたいに、宇宙船とかで脱出して新天地を目指すんだよ」
「まあ百歩譲って、その通りになるとしよう。だが人間と限らず、生物は生きている限り、つねに絶滅の低確率にさらされているんだよ。どこへ逃げようと、それは追ってきて、俺たちの首を絞めようとするのさ。
ためしに数値化してみよう。
無限の時間を、その低確率の絶滅の可能性に掛け算してみると、どうなる?
答えは、人間の絶滅する可能性は、100パーセントと出る。
俺はそのはるか先の未来を見たい。そして俺には、その能力があるんだ。
それこそ、俺が一番やりたいことだ」
「その時空を駆ける力のことか。だったら、俺のことはほっといて、未来の果てまで飛んで、その立派な、一番目の夢とやらをかなえる努力をしてこいよ」
「俺は欲張りなんだ。自分の手でほろびた文明や宇宙も見てみたいのさ」
フォーハードは不敵に笑うと、そこから少しずつ姿を空気の向こうへと