「あ、れ……?」
ファノンは何度目か手のひらを掲げたとき、異常に気づいた。
そこからは超弦による、現実離れしたエネルギーが発される代わりに、気の抜けた酒のように、
目の前には、片付かずに残る、大量のアジン集団。
それが赤外線信号で仲間と歩調を合わせながら、目の前のファノンにいっせいに歩き出した。
さきほどまで勇者のような心持ちだったファノンだったが、いきなり力に見放されて、にわかに捕食者から逃げる小動物とおなじ気持ちに切り替わった。
「嘘だろ……こんなところで」
無力になって戦地に立っていることに気づいたことで、ファノンの血流の中に冷たい恐怖が駆け抜けて、
「うそ……嘘だろ? 出ろ、出ろよ! 超弦の力!」
ファノンは声を荒げて、自分の腹の底に眠る力をなじったが、力のほうは、わずかにも呼応することはなかった。
――恐怖と
フォーハードが何かの引用でしゃべっていた言葉が、ファノンの
ファノンは
そんなファノンにむけて、アジンが、仲間の体の一部分……おそらく脚だったものを握りしめ、振り下ろしてきた。
落ちてくる脚を、ファノンは自分の腕で受け止めるが、やはり機械と人間の腕力の差、ファノンの腕は下へ押し飛ばされ、ファノンはもろに頭に、アジンの一撃をもらってしまった。
景色と意識が激しく振動する。
ファノンはたまらずぐらつき、膝をついた。
そのファノンの横顔へ、別のアジンが腰だめにしたミドルキックを、頬に向けて放ってきた。
ファノンは横顔にもろにアジンの足の裏をもらって、木の根でデコボコした土の上に、まるで雪の上をすべるソリのように、すべりこんだ。
「あ……お……ちょっ……やめ……」
ファノンは
アジンの一体がファノンの背中を、叩き折るほどの勢いで、踏みつけてきた。
「ぎぃあうッ!」
悲鳴をあげるファノンの上で、アジンは
「やめろ……やめろよ……」
ファノンは涙声で、力なく地面に腹ばいにされて、ただただ、聞く耳のあるはずのないアジンへ、か細い声で頼みつくしかできなかった。
さきほどまでの調子づいた余裕は、超弦のエネルギー切れとともに、消え失せていた。
勇気はどこへいったのか。どこへ置いてあるのか。
そういったものは、身体のどこにもなかった。
――勇気じゃなかった。
――俺は、舞い上がってただけだったんだ。
なんとちっぽけな存在か。
なんと弱い人間か。
ファノンはこれから、それを噛みしめたまま、死んでいくのである。
そして、死刑
だが、それがファノンのあばらの
アジンはブナの木に頭をぶつけ、そのまま機能停止して、プログラムされた人生を終わらせた。
蹴ったほうは、脚を開いて低く腰を落とし、つぎのターゲットをしぼっていた。
――ゴドラハンだった。
「ゴ、ゴドラハン……なぜ」
ファノンは
「その力、過信しすぎだぜ……お前のエネルギー上限には二種類あるって、言っただろ。一つは体の中に一定して滞留する超弦の力。これは憎まずとも恨まずとも発動する代わりに、貯蓄エネルギーは少ない。もう一つは、憎しみを燃やしたときに出てくる超弦の力。こっちは無限らしい。いまお前が無くして慌ててたのは、前者のほうだ。そのどちらも、恐怖で使えなくなる代物だが」
ゴドラハンは
アジンが五体、訓練されたコマンドー兵士よろしく、おなじタイミングで襲ってきたのである。
ゴドラハンが通常の人間だったなら、これで地面に組み伏せられ、なすすべもなく殺されているだろう。
しかし500年にわたって空手の訓練を続けてきたゴドラハンは、そもそも常人ではなかった。
これにより、左側のアジンとは距離がちぢみ、右側のアジンとは距離が広がった。
攻撃できる時間にムラが生じたアジンの前列に、ゴドラハンは文字どおり殴りかかった。
アジンはもともと家事全般を人間の代わりにおこなう家電製品。
だからこそ、買い物先で暴漢に襲われたときのために、あらゆる武術の有段者と同等の動きができるようになっている。
だがゴドラハンのものは、それら有段者とは比較にならない技量。
そのためアジンはこれから、ゴドラハンの動きの洗練さを学ぶこともできず、沈んでいくことになる。
手始めとして、ゴドラハンはアジンの腹部へ正拳突きを放った。
アジンはとうぜん、腹にくるその一撃を防ぐために腕を差し向ける。
だがゴドラハンの正拳突きはそのとたん
攻撃をもらって、無理やり夜空を見上げる姿にさせられたアジンは、がら空きの腹をゴドラハンの目の前にさらすことになった。
そのアジンの無防備な腹へ、ゴドラハンは腰だめにもう一度、正拳突きを入れた。
腰の入った一撃に、アジンはうしろに並んでいた仲間のアジンを巻き込みながら、地面に倒れていった。
「500年前には空手6段だったんだが、ずっと鍛錬は欠かさなかった……実のところ今の俺の段位がどうなのか、本当のところはわからないんだ。試してくれよ」
ゴドラハンは空手の残心をキレのいい動作で済ませながら、残りのアジンへ向けて、挑発の句をまじえた。