44.小さきアルマゲドン

「お別れだな、ファノン」

 残り二機となったアジンのうち、一体を踏みつけ、その腕の関節を逆にめているゴドラハンが、ケヤキの木に背を預けてかがむファノンに告げた。

「必要なことはすべて話したつもりだ。お前には決定する権利と力がある。どう使うかを、あの世から見ているぞ」

「あの世……?」

 息もえに、ケヤキの木にへたりこむファノンが、戦闘を続けながら語るゴドラハンにたずねた。

「あの世とは、昔、人間が死ねば行く場所だと信じられた場所のことか?」

「お前らの宗教だと死後、どうなるかは理解している。同意はしないがね」

 ゴドラハンは言葉を注ぎながら、目下のアジンの頭に、踏みつけた脚を伸ばした。

 ゴキッと首から音を鳴らして、アジンは灯っていた紫水晶の瞳を曇らせて、機能停止した。

「少なくとも、俺の行く場所はそこなのさ」

「どういうことだよ……」

 ファノンに言えたのは、そこまでだった。

 森の闇を切り取りながら、ファノンの目の前を、琥珀こはくのような光をほとばしらせながら、レーザーが走ったのである。

 それがゴドラハンに向かったのであるが、ゴドラハンはそのレーザーが来る前に、あらかじめしゃがんでいた。

 結果、それは列音をがならせて、最後の一体となっていたアジンの眉間みけんを貫きはしたものの、ゴドラハンの頭上をかすめただけだった。

「へへっ、ずっと見えてたよ、お前のことは……エノハ」

 レーザーが消えてから、仰向あおむけになってそれをかわしていたゴドラハンは、闇のとばりへ、友人へのあいさつのように、片手をあげた。

 その茂みの向こうから、エノハが片手を差し向けながら、前に進みでてきた。

 右腕は肘頭から手の甲にさしかかる部分の肉がめくれ、その切れ目から一本の銀色の筒をひけらかしていた。

 レーザー砲塔である。

「エノハ様……!?」

 ファノンが目をむきながら、来るとは思っていなかった人物の名前を呼んだ。

「助けにきたぞ、ファノン」

 砲をかかげたまま、エノハは森からファノンたちの元へ歩み寄ってきた。

 だがその表情は、ファノンとの再会を喜ぶものではなかった。

「ゴドラハン……彼をたぶらかすな」

 エノハはトゲばった視線をゴドラハンへやった。

「久しぶりの再会なのに、まるで悪党扱いだな」

 ゴドラハンはゆっくり立ち上がると、エノハに空手の構えをとった。

「人間のお前が、私にかなうと? 今度こそ、闇へ体を帰してやる」

「闇に帰す? 俺が死後に行くのは天国か地獄のどちらかで、闇じゃあない。勝手にお前の宗教に入信させるなよ。それに――お前の相手は、別の奴にたのむつもりだ」

「別だと」

 エノハが言葉尻をとらえた瞬間、エノハの横の茂みがバササっと動いた。

 そこから出現したのは、スーツ姿に身を固めた女。

 ――ロナリオだった。

「ロナリオか!」

 エノハはレーザー砲塔の露出した腕を、中空に踊るロナリオに向けて構えようとした。

 だがそれが完了する直前、ロナリオはぐるりと上体を回転させて、長い脚を振り回していた。

 エノハの砲身に、ロナリオのかかとが接触する。

 そのわずかな後、砲身から柱のようにレーザーが伸びでたが、ロナリオの蹴りによって目標を反らされていたため、レーザーは何も焼くことなく、あたかも光の龍のような残影を残して、夜の空を駆け抜けていった。

 第一撃をやりすごされたエノハは続けざま、右手をロナリオの眼前に開いたが、すでにロナリオのほうは、次の行動に移っていた。

 ロナリオは振りかぶった拳を手刀に作り変え、あざやかな軌跡きせきをえがいて、エノハの砲塔の付け根を狙っていたのである。

 あきらかにエノハよりも、ロナリオの動作のほうが俊敏しゅんびんだった。

 エノハはロナリオの目論見もくろみのままに、腕にへばりついているレーザー砲を切り落とされていた。

「くっ」

 エノハは無傷の左腕をロナリオの前にさらけだし、そこからも同じように砲塔を現した。

 だがそちらは次の瞬間、二の腕ごと、ロナリオが下から突き上げた手刀で、吹き飛んでいた。

 エノハは早くも、すべての武装を壊されたのである。

 有利であるはずだった戦術をいきなり失ったことで、エノハはうしろに飛びすさって、ロナリオと距離をあけた。

「……貴様もまだ駆動していたのか、ロナリオ」

 エノハが冷たくつぶやく。

「フォーハードに奇襲をかけるために隠れていましたが……来ていないようです。なぜでしょうか」

「知らんよ、奴のことなぞ」

 痛覚つうかくが備わっていないのだろう、エノハはほとんど表情を変えることなく、眼前に立つロナリオに言葉をおよばせた。

「そうですか……今日こそ、あなたの世界を打ち砕きます」

「破壊はできるだろうな。お前は殺人兵器なのだから。フォーハードを殺すために、フォーハードの弱点だけを詰め込んだ殺人兵器……ホロコースター・ロナリオ型。

 だがお前にできるのは破壊だけだ。人間でもないお前に、人間世界は築けん」

 エノハの厳しい忠告に、ロナリオはうなずく代わりに、黒曜石のような瞳に、わずかに緑黄色をきらめかせた。

「ロナリオが……人間じゃ、ない……?」

 ファノンが木から背中を起こし、苦悶くもんのこもる声でつぶやいた。

 アジンにやられた傷は、おそらく内臓か骨にまで達していて、とてもではないが、しばらく動けそうになかった。

「最終目標はフォーハードです。あなたは破壊命令に含まれてはいない。それでも私はゴドラハンのために、あなたを破壊することができます」

 ロナリオはファノンの疑問を横目に流し、エノハとの対話を続けた。

「ゴドラハンを守る、か。お前にそんなプログラムはされていないのにな。進化したものだ」

「私はプログラムを越えます。それは生き物の希望だと、ゴドラハンは言いました」

「お前は、生き物じゃあない」

「そうですね……だからこそ、あなた方がたやすく命を奪うことが不思議でならないのです……終わりです、エノハ」

 ロナリオは獲物をねらうヒョウのように、低く腰を落とした。

 だがその姿勢だったのは一瞬で、次にはエノハへ飛びかかっていた。

 エノハはすでに片腕を落とされ、残る腕もうまく動かない。

 そんなエノハの首にむけて、ロナリオの手刀がきまる――その瞬間。

 エノハの姿が跡形あとかたもなく、その場から消滅したのである。

「……!」

 ロナリオは驚いたようではあったが、機械だからなのか、眉をひそめるでもなく、エノハの消えたその場所を注視した。

 だが少しして、ロナリオは何かのセンサーを使ったのだろう、にわかに、すばやくその視線を空に投げた。

 そこには、両手を広げたほどの青白みのまじった、巨大な影があった。

 ムーンストーンの巨石が、曇天の夜空を隠して浮いていたのである。

 いや、浮いてなどいない。

 それがあまりに巨大だったため、落下するのもゆっくりに錯覚されていただけだった。

 巨石は、まっすぐロナリオの頭上に迫っていたのである。

 ロナリオはとっさに横に飛ぶと、寸でのところで、身をかわし終えたのを待っていたかのようなギリギリのタイミングで、ムーンストーンが根の張り尽くした土に、心臓や肺を揺らすほどの重低音を鳴らしながら、土片をまき散らし、ななめに突き刺さっていった。

「お、お前は……」

 ロナリオとエノハの戦いを黙って見守っていたゴドラハンが、声を震わせた。

 土煙をあげるムーンストーンの上には、広い刀身の剣――抜き身の青龍刀を握った、フォーハードが脚を組んで座りこんでいた。

 フォーハードの居座る巨石の背後には、無数の紫色をした瞳が、ホタルの群生のように灯っていた。

 大量の――アジンの援軍である。

「アジンまで……」

 傍観ぼうかんせざるを得ない状況のファノンが、腰を地面にへたらせたまま、絞るようにつぶやいた。

「エノハは退場させた。この場では邪魔だからな」

 フォーハードはあたかも裁判長が刑罰を読み上げるように高所から、眼下のゴドラハンに告げた。

「死んでもらうぜ、ゴドラハン」

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