「きさま……フォーハード。それほどの数のアジンを、どこから連れてきた」
ゴドラハンが、そびえるムーンストーンに腰掛けるフォーハードを
「お前を倒すには、アジンの数があの程度じゃ心もとなかったからな。いま中国大陸から連れてきたのさ。そのおかげでエノハと仲良くこれず、遅れて参上したんだよ。あの大陸のアジンはちょっと放射能汚染が強いが、すぐに捨てるから問題ないだろ」
「嘘をつけ、フォーハード。俺を始末するだけなら、お前だけで十分なはずだ……何を考えている」
ゴドラハンが強い口調で
「なあんにも……?」
フォーハードがふてぶてしく、
と、そのフォーハードの背に、影が生まれた。
ロナリオが手刀をかかげて、フォーハードのうしろから飛びかかったのである。
フォーハードはそちらへ振り返りもしない。
だが次の瞬間には、ロナリオの身の回りを、水ににじんだ黒い
「……!」
「お前にレーザーなんて気の
フォーハードがおのれの胸の前でちいさく拳を握りしめると同時に、ロナリオはそのまま音もなく、どこかへ消し飛ばされていった。
「ロナリオ!」
ゴドラハンがさけぶ。
「フォーハード! ロナリオをどこへやった!」
「あいつはいま、ここの上空5000メートルをスカイダイビングだよ。落ちてくるのは、あと80秒ってところかな」
「なんてことを……」
ファノンが声を
「いや、ファノン……ロナリオはそのぐらいじゃ壊れない。フォーハードにはロナリオは殺せないんだ。なぜなら」
「俺の死んだ恋人と顔も体型も、性格からしぐさまで、全てが同じだからだよ」
言いにくいであろう自身の弱点を、フォーハードがこともなげに
「ホロコースター・ロナリオ型。あいつは俺を倒すために作られた究極の兵器さ……まあ、本当はぜんぜん別の目的で作られてるんだが、結果として俺の天敵になったんだがな。まあ……そこまでわかってて、手が出せないんだから、お笑いだよ」
フォーハードはまさに
「だがなゴドラハン。俺が手を出せないのはあいつだけだ。それ以外はすべて例外だってことは、いまさら説明するまでもないよな?」
フォーハードは自分が立つムーンストーンの周りを、
するとアジンは円形に広がり、ゴドラハンを囲った。
これまで100体以上のアジンと戦い漬けだったゴドラハンは、すでに体力が限界だった。
拳は割れて血が噴き出し、身体は疲労による乳酸に制せられて動きはにぶり、激しい動きをし続けたために、いつも英明な頭脳も、酸欠で回りが悪くなっていた。
ゴドラハンはすでに、抵抗するだけの気力も策も尽きていたのである。
そのゴドラハンが最後に持つもの――つまり、命をうばうべく、アジンが囲いをせばめ、ゴドラハンにせまった。
「こ、このやろう……!」
ゴドラハンは腰を落として突きを放ったが、それは燃え尽きた炭に火をともすように、たよりない勢いで、アジンのゴム製の装甲で止まった。
アジンはそのゴドラハンの手首をつかみ、逆関節に
空いた手で抵抗をこころみるゴドラハンだが、もう片方も同じようにアジンに
「くそ……フォーハード……!」
「お前には、
ゴドラハンはさけぶが、フォーハードの表情は揺らがない。
とてもではないが、その顔色には故人の無念がとどいているふうは、なかった。
「魂の話をしているのか? なら、その魂を俺の目の前に呼び出して説教させてみろ。死者が生者に関われるなら、この世に生者と死者に境はない、ということになる。決定も実行も、生きる者のみができることだ。それに俺は、生者の顔色をうかがうことも、死者の
「お前はそうやって、人の考えさえ否定していくんだ」
「人間には二種類しかいない――自分か、それ以外だよ。それ以外の人間の言葉の、どこらへんが重要なんだ?」
「お前は、人類の敵だ」
「悲しいことを言うなよ。泣けてくるだろうが」
フォーハードはわざとらしく腕で目をこする真似をしてみせた。
「そんな俺だが、いくら聖者になじられようとも、
「言葉は無力ではない。言葉があるから、人と人はつながれる。目が見えなくても、耳が聞こえなくても、人は言葉を――そこにこもった想いを、伝える方法も、体にとりこむ方法も築いている。お前はそれを放棄したんだ」
「放棄もしたくなるさ。かつて500年前にいた、何をしても勝てない99%の人間と、何もせずとも勝つ1%の人間を見ていればな」
「格差社会の話か……それが全ての人間を殺す理由になると、本気でおもっているのか」
「なら言い換えるよ。あの
ということはつまり、死刑宣告はまだ来ていないってことだ。だから俺は殺されるまで遠慮なく、宇宙の法則に挑戦するのさ」
「だからこそ、お前の言う宇宙の意思として、俺が500年間、お前と戦っているんだよ」
「お前はたまたま永遠の命を得ただけだ。それを宇宙の意思と結びつけるのなら、90億の人間が死んだのも、俺の意思ではなく宇宙の意思ということになるね――やれ、アジンども」
フォーハードが、ゴドラハンの両腕をつかむアジンに命令をとばしたとたん、ベキっ、という骨の割れる音がフォーハードやファノンの耳に届いた。
ゴドラハンの両腕が、折られたのである。
「グ……!」
目をむくような激痛が五体を暴れているはずだが、ゴドラハンは歯を食いしばり、フォーハードを
「見上げた精神力だ――次は両脚だ。そのあとは、この錆びついた青竜刀で首をはねてやる」
「やめろ! もうやめろ……!」
「もう、いいだろ……」
ファノンは涙声でたのみつく。
これ以上、自分の知る人間が傷ついていくのを見るのは、耐えられなかった。
なぜ、こんなにゴドラハンが苦しまなくてはならないのか。
だが、それを呼び寄せて、ゴドラハンがこんな人知れぬ森の中で
それを甘んじるしかない無力感。
「やれやれ……お前の心の中が手に取るようにわかる。今のお前には恐怖と悲しみしかないじゃないか。これじゃあ、こいつを拷問し続けても無駄だな」
フォーハードはそこでやっと、ムーンストーンの巨石から、3メートル下の地面に降り立った。
そしてフォーハードは、王錫のように握っていた青竜刀も、この場での役を終えたと判断したのだろうか、その場に投げ捨てた。
その足で、木に背を預けるファノンに歩み寄る。
「かといって、お前を拷問しても何にもならない。これは困ったぞ」
あまりにもわざとらしい、三文芝居をフォーハードはならべる。
「……」
ファノンは弱々しくフォーハードを見上げるだけだった。
「だから、これをするしかなくなった」
フォーハードは左手を真横にのばすと、そこに黒いエネルギー塊を発生させた。
ついに、フォーハードにトドメを刺される、とファノンは覚悟した。
その冷たい事実にも、もはや希望をうしなったファノンは、何かを感じることはなくなっていた。
――だが、すべての感覚を
フォーハードの左の手のひらの中に、別の空間が浮かんでいた。
次元の術である。
そこは森の中らしく、どこかはわからなかったが……その景色の中に、たしかにファノンの知る人々の姿があった。
「……!」
ファノンは木の背もたれから身体を起こし、目をむいてそれに食い入った。
そこには、クリル、メイ、モエクに、リッカや自警団員数十人(もしかしたら数百人)が武器を構え、背中を預けあって、固まっていた。
それらを大量のアジンが取り囲んで、
「フォ……フォーハード!」
「やっぱり赤の他人じゃあ感情の刺激は足りないからな。あいつらに役に立ってもらうよ」
「なぜ……なぜ、そんなことをする! あの人たちは関係ない!」
「お前が愛するというだけで、じゅうぶん関係あるじゃないか。殺されるのがイヤなら、しっかり力を
「やめろ、フォーハード……やめろーーー!」
フォーハードは悲鳴をあげるファノンを横目に、手持ちぶさたに掲げていた右手をあげ、指をパチンと鳴らした。