46.敗北

理想の世界

「きさま……フォーハード。それほどの数のアジンを、どこから連れてきた」

 ゴドラハンが、そびえるムーンストーンに腰掛けるフォーハードをにらみながら、たずねた。

「お前を倒すには、アジンの数があの程度じゃ心もとなかったからな。いま中国大陸から連れてきたのさ。そのおかげでエノハと仲良くこれず、遅れて参上したんだよ。あの大陸のアジンはちょっと放射能汚染が強いが、すぐに捨てるから問題ないだろ」

「嘘をつけ、フォーハード。俺を始末するだけなら、お前だけで十分なはずだ……何を考えている」

 ゴドラハンが強い口調で詰問きつもんした。

「なあんにも……?」

 フォーハードがふてぶてしく、上顎うわあごをもたげてこたえる。

 と、そのフォーハードの背に、影が生まれた。

 ロナリオが手刀をかかげて、フォーハードのうしろから飛びかかったのである。

 フォーハードはそちらへ振り返りもしない。

 だが次の瞬間には、ロナリオの身の回りを、水ににじんだ黒い水滴すいてきのような、らいだよいの色のエネルギーがとらえていた。

「……!」

「お前にレーザーなんて気のいた武器はないからな。背中にさえ気をつけていれば、いくらでも対処できる」

 フォーハードがおのれの胸の前でちいさく拳を握りしめると同時に、ロナリオはそのまま音もなく、どこかへ消し飛ばされていった。

「ロナリオ!」

 ゴドラハンがさけぶ。

「フォーハード! ロナリオをどこへやった!」

「あいつはいま、ここの上空5000メートルをスカイダイビングだよ。落ちてくるのは、あと80秒ってところかな」

「なんてことを……」

 ファノンが声をふるわせかげんに、つぶやく。

「いや、ファノン……ロナリオはそのぐらいじゃ壊れない。フォーハードにはロナリオは殺せないんだ。なぜなら」

「俺の死んだ恋人と顔も体型も、性格からしぐさまで、全てが同じだからだよ」

 言いにくいであろう自身の弱点を、フォーハードがこともなげにつなげた。

「ホロコースター・ロナリオ型。あいつは俺を倒すために作られた究極の兵器さ……まあ、本当はぜんぜん別の目的で作られてるんだが、結果として俺の天敵になったんだがな。まあ……そこまでわかってて、手が出せないんだから、お笑いだよ」

 フォーハードはまさに自虐じぎゃくするように含み笑いした。

「だがなゴドラハン。俺が手を出せないのはあいつだけだ。それ以外はすべて例外だってことは、いまさら説明するまでもないよな?」

 フォーハードは自分が立つムーンストーンの周りを、雑多ざったに囲んでいるアジンの群れに目配せした。

 するとアジンは円形に広がり、ゴドラハンを囲った。

 これまで100体以上のアジンと戦い漬けだったゴドラハンは、すでに体力が限界だった。

 拳は割れて血が噴き出し、身体は疲労による乳酸に制せられて動きはにぶり、激しい動きをし続けたために、いつも英明な頭脳も、酸欠で回りが悪くなっていた。

 ゴドラハンはすでに、抵抗するだけの気力も策も尽きていたのである。

 そのゴドラハンが最後に持つもの――つまり、命をうばうべく、アジンが囲いをせばめ、ゴドラハンにせまった。

「こ、このやろう……!」

 ゴドラハンは腰を落として突きを放ったが、それは燃え尽きた炭に火をともすように、たよりない勢いで、アジンのゴム製の装甲で止まった。

 アジンはそのゴドラハンの手首をつかみ、逆関節にめて、ゴドラハンを無理やり地面に膝をつけさせた。

 空いた手で抵抗をこころみるゴドラハンだが、もう片方も同じようにアジンにつかまれる。

「くそ……フォーハード……!」

 ひざまずく格好に強要されたまま、ゴドラハンはムーンストーンの巨石上のフォーハードをにらんだ。

「お前には、いるという気持ちはないのか。お前に殺された人間の魂に、少しなりとも悪いとは思わないのか」

 ゴドラハンはさけぶが、フォーハードの表情は揺らがない。

 とてもではないが、その顔色には故人の無念がとどいているふうは、なかった。

「魂の話をしているのか? なら、その魂を俺の目の前に呼び出して説教させてみろ。死者が生者に関われるなら、この世に生者と死者に境はない、ということになる。決定も実行も、生きる者のみができることだ。それに俺は、生者の顔色をうかがうことも、死者の喜怒きどに気持ちをとがらせることも、愚かしいと考える。この体は俺のものだし、この人生は俺のものだ。なぜ他人の意見などに人生を左右されねばならん」

「お前はそうやって、人の考えさえ否定していくんだ」

「人間には二種類しかいない――自分か、それ以外だよ。それ以外の人間の言葉の、どこらへんが重要なんだ?」

「お前は、人類の敵だ」

「悲しいことを言うなよ。泣けてくるだろうが」

 フォーハードはわざとらしく腕で目をこする真似をしてみせた。

「そんな俺だが、いくら聖者になじられようとも、釈迦しゃかの倫理に当てられようとも、孔子の道理にねじ伏せられようとも、ソクラテスの論理で言い負けようとも、やることを変える気はない。言葉なんぞ、俺の前では……いや、力の前では無力だ。それは俺がいまさら説明せずとも、歴史が証明しているだろう?」

「言葉は無力ではない。言葉があるから、人と人はつながれる。目が見えなくても、耳が聞こえなくても、人は言葉を――そこにこもった想いを、伝える方法も、体にとりこむ方法も築いている。お前はそれを放棄したんだ」

「放棄もしたくなるさ。かつて500年前にいた、何をしても勝てない99%の人間と、何もせずとも勝つ1%の人間を見ていればな」

「格差社会の話か……それが全ての人間を殺す理由になると、本気でおもっているのか」

「なら言い換えるよ。あのゆがんだ時代を生きて、かつ、この力を持ってしまったからこそ、俺は放棄する力を得た、とね。逆に言えば、生命を生んだこの宇宙は俺をのさばらせるほどふところが広いってことだ。俺のような人間が生きていても、宇宙は今のところ、俺の頭上にピンポイントで隕石を降らせてきてはいない。

 ということはつまり、死刑宣告はまだ来ていないってことだ。だから俺は殺されるまで遠慮なく、宇宙の法則に挑戦するのさ」

「だからこそ、お前の言う宇宙の意思として、俺が500年間、お前と戦っているんだよ」

「お前はたまたま永遠の命を得ただけだ。それを宇宙の意思と結びつけるのなら、90億の人間が死んだのも、俺の意思ではなく宇宙の意思ということになるね――やれ、アジンども」

 フォーハードが、ゴドラハンの両腕をつかむアジンに命令をとばしたとたん、ベキっ、という骨の割れる音がフォーハードやファノンの耳に届いた。

 ゴドラハンの両腕が、折られたのである。

「グ……!」

 目をむくような激痛が五体を暴れているはずだが、ゴドラハンは歯を食いしばり、フォーハードをにらみ続けていた。

「見上げた精神力だ――次は両脚だ。そのあとは、この錆びついた青竜刀で首をはねてやる」

「やめろ! もうやめろ……!」

 脂汗あぶらあせを垂らしながら耐えるゴドラハンの代わりに、ファノンが叫んだ。

「もう、いいだろ……」

 ファノンは涙声でたのみつく。

 これ以上、自分の知る人間が傷ついていくのを見るのは、耐えられなかった。

 なぜ、こんなにゴドラハンが苦しまなくてはならないのか。

 諸悪しょあくの根源はフォーハードだ、それは間違いない。

 だが、それを呼び寄せて、ゴドラハンがこんな人知れぬ森の中で拷問ごうもんをされる原因の一つを作っているのは、ファノン自身だ。

 それを甘んじるしかない無力感。

「やれやれ……お前の心の中が手に取るようにわかる。今のお前には恐怖と悲しみしかないじゃないか。これじゃあ、こいつを拷問し続けても無駄だな」

 フォーハードはそこでやっと、ムーンストーンの巨石から、3メートル下の地面に降り立った。

 そしてフォーハードは、王錫のように握っていた青竜刀も、この場での役を終えたと判断したのだろうか、その場に投げ捨てた。

 その足で、木に背を預けるファノンに歩み寄る。

「かといって、お前を拷問しても何にもならない。これは困ったぞ」

 あまりにもわざとらしい、三文芝居をフォーハードはならべる。

「……」

 ファノンは弱々しくフォーハードを見上げるだけだった。

「だから、これをするしかなくなった」

 フォーハードは左手を真横にのばすと、そこに黒いエネルギー塊を発生させた。

 ついに、フォーハードにトドメを刺される、とファノンは覚悟した。

 その冷たい事実にも、もはや希望をうしなったファノンは、何かを感じることはなくなっていた。

 ――だが、すべての感覚を遮断しゃだんしたファノンに、それさえ忘れ去るを得なくなる事実が突きつけられた。

 フォーハードの左の手のひらの中に、別の空間が浮かんでいた。

 次元の術である。

 そこは森の中らしく、どこかはわからなかったが……その景色の中に、たしかにファノンの知る人々の姿があった。

「……!」

 ファノンは木の背もたれから身体を起こし、目をむいてそれに食い入った。

 そこには、クリル、メイ、モエクに、リッカや自警団員数十人(もしかしたら数百人)が武器を構え、背中を預けあって、固まっていた。

 それらを大量のアジンが取り囲んで、すきを見つけ次第、殺そうとにらみ構えていたのである。

「フォ……フォーハード!」

「やっぱり赤の他人じゃあ感情の刺激は足りないからな。あいつらに役に立ってもらうよ」

「なぜ……なぜ、そんなことをする! あの人たちは関係ない!」

「お前が愛するというだけで、じゅうぶん関係あるじゃないか。殺されるのがイヤなら、しっかり力を発揮はっきしてくれよ」

「やめろ、フォーハード……やめろーーー!」

 フォーハードは悲鳴をあげるファノンを横目に、手持ちぶさたに掲げていた右手をあげ、指をパチンと鳴らした。

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