「なんてこと……!」
ダイヤモンドの槍を握るクリルの両手が、生ぬるい汗でにじんだ。
目の前には、200人いる自警団の4倍以上の数のアジンが、こちらを見ながらぶきみに棒立ちしている。
クリルは今、
リッカに無理を言って自警団の
何もない闇から気配が生まれたかと思うと、次にはこうやって、アジンたちに取り囲まれていたのである。
自分だけが袋叩きにされるならいい。
志願してファノンの捜索班に進みでた自警団員たちも、その首長リッカも、あるていど、こうなることを覚悟していただろうから、まだいい。
だがメイとモエクは何になるのか。
たしかにメイもモエクも行きたいとは言っていたが、その進路を開いてしまったのはクリルだ。
その責を果たすには、誰も傷つけずにアジンの軍団を片付けるしかないが……とてもではないが可能な話ではない。
このままでは誰かが、いや、もしかしたら、全員が死ぬ。
「ねえメイ」
「なんですか、クリルさん」
答えるメイは、クリルの隣で
「あなたとモエクは逃げなさい。あたしと自警団でなんとか突破口を作ってみるから」
クリルがメイに告げると、その横にいるリッカがわずかに笑った。
メイとモエクが脱出するために全力で協力する、とリッカの顔は告げていた。
「そんなのって、ないです……私は好きでここに来たんですよ。私だって、こうなることは予想してました」
メイが血の
「それに私はファノンなんかよりも、武器は達者です。信じてください」
メイはそう跳ね返して、木剣の柄をまとわる牛皮を、ギュリっと音を鳴らして握りしめた。
ほんらい木剣は、セントデルタ人が剣の練習をするのに使う武器だが、宝石の武器よりはるかに軽いため、こうしてメイのように非力な人間には、充分なほど自衛能力を与えてくれる。
だが、それがこのアジンの包囲網で役にたつかというと――とうぜん、それはノーである。
「いや、メイ。僕たちは足手まといになる」
状況のわかるモエクが、苦々しい顔で割って入ってきた。
「僕たちの役割はひとつしかない。少しでもここから離れて、仲間を呼びにいく必要がある」
モエクがクリルに意見をかぶせる。
それは決して命惜しさに言っていることではないことが、メイにもわかった。
「う……」
だからメイは、反論できずにうなるのみだった。
いずれにしても、メイたちがこれ以上、お互いをよく理解するほどに議論を
「メイ! モエク! 来るよ!」
リッカが大声で叫んだのと、同時だった。
アジンたちが、あたかも鉄の波のように、なだれを打ってクリルたちに襲いかかってきた。
「う、ウワっ」
自警団員の男があわてた声をあげ、わずかに下がった。
それを見逃すアジンたちではなかった。
アジンたちはその円陣形のゆがんだ部分に、さらに歩調の強い進撃をおこなってきたのである。
アジンのうちの3体が、捨て身の突撃をする。
そのうちの2体を、自警団員の男2人が槍の切っ先を叩きつけ、いったん下がらせたが……残りの1体がすりぬけて、逃げ腰に
男はされるがままに、その一撃を肩にもらって、
形勢はこれで決まった、といってよかった。
集中攻撃のポイントが決まったアジンの行動は、早かった。
残りのアジンも、そこを皮切りに突っ込んできた。
「やつら、陣形を崩しにかかるぞ! 立て直せ!」
リッカが
自警団員が、ほころんだ陣形を整えようとするが、それ以上の勢いと暴力で、アジンが攻め込んできた。
整った陣形からは正面のアジンにさえ気をつけていればいいが、いまの陣形は上空から見れば、まさに一切れ食べて欠けたピザ。欠けた陣形の角にいる自警団員にとっては、アジンは正面からだけでなく、サイドからも攻撃できるのである。
局所的に1対2の様相になれば、人間側が不利なのは当たり前だった。
そして平和主義、戦争慣れしていないセントデルタの人々にとって、その状況で戦線維持など、できるはずがなかった。
「う、ウワアアアっッ!」
自警団の男の誰かが、陣形を捨ててアジンに背を向けた。
無防備になったその自警団の男の背中を、アジンが蹴飛ばす。
まだ陣形を保っていた自警団員のところまで、男はたたらを踏んで戦いの邪魔に入る。
「こ、この……!」
小脇にタックルしてくる格好となった男に舌打ちをしかけた自警団員は、次の瞬間、鼻の頭にナイフを突き刺され、ゆらりとうしろに2、3歩さがったのち、くずおれた。
「……!」
クリルは絶句したが、もう、どうにもできなかった。
それからは、そこは