「これは……まさか」
土や木に円形のくぼみを作りながら、手や足首を残して
「クリルさん……これってやっぱり」
人間の円陣の中にかくまわれていたメイが、クリルの予感に言葉をそえた。
数百というアジンの囲いは、まばたきをするごとに減っていき、ついには人間の数よりも少なくなった。
アジンの兵員がにわかに減ったのだから、人間のほうの形勢と士気もとうぜん、がらりと変わった。
それまで混乱に狂っていた自警団員たちも、そのチャンスに乗じ、さらに前線に立つリッカの強い
「な、なんだか知らないが、助かりそうだ」
木槍を抱いて固まるモエクが
「モエク、まだ戦いは終わりじゃない。アジンは隠れるのもうまいんだから、気は抜くな」
メイはモエクの及び腰を
クリルの表情にはどこにも、アジンからの撲殺死を避けられた喜びはなかった。
「クリルさん……?」
「ダメ……ダメだよファノン。その力は、あなたを不幸にする。使っちゃダメ」
クリルはうわごとのように、天を仰いでつぶやいていた。
戦地にふさわしくない
負け始めているとはいえ、そんな隙だらけの人間を、アジンの高性能AIが放っておくわけがなかった。
その無防備なクリルの背に、左半身のなくなったアジンが、ふらつきながらも襲ってきた。
「クリルさん!」
メイは叫んだが、クリルの耳にその絶叫は聞こえていなかった。
メイはクリルから遠く、自警団員も、リッカも、マネキンのごとく立ち尽くすクリルのカバーに向かえる人物は、一人もいなかった。
「クリルさん! 逃げて!」
メイはもう一度、クリルの名前を呼ぶが、やはり反応はない。
そのさなかにも、アジンは右手に持った、バスケットボール並みのダイヤモンドの
クリルに、よける気配はない。
だが、そのダイヤモンド塊が、無防備のクリルの
横から飛んできた石つぶてが、不意打ちを完了しようとしていたアジンのこめかみに、めりこんだ。
「ゴギっ」
視界がズレたことで、アジンの振るう大石も、クリルの頭頂部と肩をかすめて、唐竹割りでもするように、ただ空を切ってまっすぐ落ちていった。
――その妨害を果たした石を投げた人物をメイがたどると……そこには、モエクがいた。
「モエク、お前」
「僕は弱い。それでも、弱者には弱者なりの戦い方があるのさ」
モエクが得意げに語ったときだった。
そのモエクの脇を、あたかも夜鳥の羽音のように、ほとんど音を立てずに、ひとつの人影がすり抜けていった。
その人影は、モエクの一撃でよろめいているアジンに駆け、飛び上がると、全体重をかけた飛び蹴りを喰らわせた。
露出した動力炉に衝撃を与えられたアジンは、その強撃によって機能が死んだのだろう、布人形のように関節をしならせて、力なく吹っ飛んでいった。
一方、蹴飛ばしたほうも、着地のことなど考えずに放ったキックだったために、
その人物は、したたかに尻を泥まみれの土にぶつけ、顔をしかめたが、すぐに照れ笑いを浮かべた。
リッカだった。
「アテテ……クリル、ダメじゃん。なんで動かんのよ」
リッカが槍を杖代わりに起き上がりながら、クリルの不注意をとりあげた。
「あ……リッカ」
「あ……リッカ、じゃないよ。どうしたんよ……あっ、まさか」
そこまで問うてから、リッカは思い当たることがあって、声音を落とした。
「――やっぱりこれは、ファノンが?」
「……」
「やっぱり、あの子は」
危険だ、とリッカは心の中でとなえた。
一瞬で、200の自警団員を取り囲む、1000のアジンを消滅(ヘリウム化させたのだが、さすがにここにいる誰もが、それはわからない)させたファノン。
そんな危険人物を、命をかけて助けにいく必要があるのだろうか……。
リッカの疑念は、ついにこのとき、具体性を描きだした。
だがいまのリッカには、その疑念を行動であらわせる状況ではなかった。
今は何よりも、この戦況をなるべく人間側に有利に仕向けなくてはならない義務が、自警団長のリッカにはある。
「陣形をととのえて! クリルがどこか殴られたみたい、守ってあげて」
だからリッカは嘘ででも、この場をもっとも合理的にすすめるための言葉を吐いた。