50.TNT

「すごいな、ファノン」

 フォーハードは驚くどころか、旧知の友人に語りかけるような喜びを顔に浮かべ、たなごころを握りつぶした。

 それとともに、その手のひらで踊っていた景色も、たんぽぽの綿毛を吹き散らかすように消えていった。

「すでに俺の何倍もの力を発している。だがそれでも、俺には効かないぜ」

 フォーハードは言い捨てながらも、体はしっかり、腰を落としてファノンとの戦闘体勢に入っていた。

「るゥおおおおお!」

 獣の咆哮ほうこうに近い声でえながら、ファノンは身体の痛みも忘れ、フォーハードに駆けた。

「いや……そのままの力じゃあ、何千倍になろうと何億倍になろうと、俺には通じない。なぜなら」

 フォーハードは言いながら、せまりくるファノンの右手の、不可視のエネルギー体と重ねあわせるように、みずからの左手をかざした。

 先ほどまでのものと、比較にならない放電現象が、両者からほとばしる。

「俺とお前では、力を使役しえきするキャリアが違う。俺はベテランなんだよ」

 静電気のように、青白い電磁場のぜる向こうで、フォーハードが不敵に説明した。

「ク、くそ……なぜだ。なぜ効かない!」

 バチバチとはじける電流にはさまれ、目前のフォーハードを憎々にくにくしくにらみながら、ファノンがわめいた。

「おいおいファノン。答えならすぐ上に出てるじゃないか。上を見ろ、上を」

「上……?」

 ファノンはフォーハードがおかしな真似まねをするのを警戒して、ほんのわずかにだけ、広葉樹の森に囲われた天に視線を投げた。

 先ほどまで星や月の望めなかった曇天どんてんには、超巨大な円形の雲間が生じ、いつも見慣れた天の川が、そこにぞんぶんにえていた。

 その半径数100キロの雲間は、ファノンがエネルギーを注力するほど、ぐんぐんと広がっていた。

「こ、これは俺が……」

 二度見してから、ファノンはフォーハードになおった。

「そうさ。だが、あんなものじゃ、俺の目的にかなわない。これからが最後の仕上げだ――」

 フォーハードは空いている片手で、ファノンの胸倉むなぐらをつかんで、自分に引き寄せた。

「超弦に目覚めた今のお前なら、俺の言葉の意味もわかるはずだ――粒子と反粒子が出会うとき、世界は強くひらめき、そして、すべては跡形あとかたもなく消え去る」

「そ、それは……!」

 ファノンが喉を鳴らしかげんにうなったとたん――

 フォーハードの力とぶつかりあうエネルギーが、傍目はためにもあきらかに変わっていった。

 同時に、頭上の雲間が、ぴたりと広がるのをやめた。

 ファノンが自分の腕に目をもどすと、先ほどまで片手でファノンの力をいなしていたフォーハードが、両手をだしてファノンの力を包んでいた。

「何をやってるか、わかるか? お前の力があまりにも強力だから、俺の力でできる最大のワープをやってるのさ。何千光年か、何億光年かはわからないが、遠い宇宙で、お前の力が爆発しているはずだ」

 フォーハードがいま対処しているのは、粒子と反粒子の衝突。

 この世のすべての物質には、まったく構造の反対になっている物質がある。

 たとえばマイナス磁極をもつ電子には、プラス磁極を持ち構造も真裏である陽電子。

 ビッグバンから少しして、それらほとんどの反粒子は通常粒子とぶつかり爆発四散しさんした。

 宇宙生成の過程で、わずかに通常粒子のほうだけが余ったのである。

 その通常粒子が水素や土を形成したからこそ、今のように生命は大地で生活できているわけである。

 だがもしも、いまこの世にあるすべての物質のうち、隣にある素粒子の半分が、反粒子に変じた場合、この宇宙はふたたび大爆発を迎える。

 そして驚くことに、粒子と反粒子が出会って大爆発したのち、そのふたつの粒子は、消滅するというのだ。

 ――フォーハードの宇宙の末路を見る、とは、こういう意味だ。

 ファノンはこのときようやく、フォーハードの目論見もくろみ全貌ぜんぼうをみた気がした。

「お、お前……!」

「これで前段階は、すべて完了だ」

 フォーハードは汗ばんだ顔を、わずかに笑わせたかと思うと、次には、ファノンのみぞおちに、膝蹴りを食らわせていた。

「っ!」

 ファノンは内臓への強烈な振動に、たまらず膝をついた。

 介錯かいしゃく待ちのサムライよろしく、首の延髄えんずいをフォーハードにさらす格好になっているファノンへ向けて、フォーハードは上げたままの足を、みずからの頭より高く持ち上げ、ファノンの無防備なうなじへ、かかとを叩きつけた。

 モロにその蹴りを浴びたファノンは白眼をむいて、土の上にうつぶせに倒れていった。

「ファノン!」

 アジンにいましめられ、立ち上がることのできないゴドラハンが、悲痛にファノンの名前を叫んだ。

「ファノンが次に目覚めたとき、やつは今の数京すうけい倍のエネルギーを持っているだろう」

 フォーハードは身をひるがえし、ゴドラハンの周囲を取り囲むアジンを見渡した。

「アジンども、ゴドラハンはもう用済みだ、殺していいぞ。もはや勝利は決まり、障害は存在しない」

 フォーハードはまるでこの現世じたいを笑うように、愉快そうに頬をゆがめた。

「いいえ、それはさせません」

 否定の句は、フォーハードの頭上から降りてきた。

 その声の主は、上空から飛空してきて、どすんと地面にめりこむように、着地した。

 ロナリオだった。

「ロナリオ……空中遊泳はスリリングだっただろう。お前が何もできない間に、ゴドラハンもファノンも、みな死にかけだ」

「ならば……私が、あなたを倒します」

「無理だよそれは。そのためにアジンを配置してるんだからな」

 フォーハードがそう言葉をはじくと、合図を受けたかのように、アジン5体がフォーハードの前に陣取って、ロナリオに向かい合った。

「ムダです」

 ロナリオは背を丸めたとおもうや、その姿勢を利用してジャンプするようにして、アジンに襲いかかった。

 アジンたちはほとんど抵抗らしいこともできず、腹のなかの部品を瓦礫がれきに変えて吹き飛ばされていく。

 アジンは水素電池の発するエネルギーで細々と活動するが、ロナリオのほうは無限に近い核融合をエネルギーの祖とする。

 そこからしょうじる馬力ばりきの差は、明らかだった。

「お覚悟を、フォーハード。あなたは私を殺せませんが、私はあなたを殺せます」

「今のアジンの配置は時間稼ぎだよ。おかげで俺の次元のエネルギーは充填じゅうてんされた。つぎはブラジルあたりに飛んでもらっていいか?」

 フォーハードはロナリオに向けて手をかざすが、ロナリオのほうは、おくすることなくフォーハードへ走っていった。

 フォーハードの広げる時空の入り口にそのまま、ロナリオは飛びこんでいく――ふりをして、足元に寝そべるファノンを素早く抱きかかえ、満身創痍まんしんそういにへたりこむゴドラハンの横に飛んだ。

 その進路には、ゴドラハンの両腕をへし折ったアジンが一体いるが、ロナリオが細腕を横に振るうと、羽虫のように軽々と吹っ飛んでいった。

「へへ……ここでいいんだよな、ロナリオ」

 ゴドラハンが、意味深いみしんに血のにじむ唇をほころばせた。

「ゴドラハン……いい場所取りです」

 ロナリオも微笑み返したかと思うと、ゆっくりとした手つきで、両腕の折れたゴドラハンの空手着の上前に指を添わせた。

 ロナリオはそこから長細い、上部に赤いスイッチの座る筒を取り出すと、フォーハードに差し向かい、それを前にかざした。

「おいおい……なにすんの」

 フォーハードの表情が引きつった。

「フォーハード……人間ひとりが宇宙のなりゆきをほしいままにするなど、傲慢ごうまんの極みです。あなたの思想は、かなえさせはしません。この宇宙の一員として、この宇宙に住む宇宙の意思の一つとして!」

 ロナリオは、ファノンの頭を抱きすくめたまま、捨て台詞ぜりふばりに吐くと、握ったスイッチを、親指でへこませた。

 ――そのとたん、ロナリオの、ゴドラハンの、ファノンの、そしてフォーハードやアジンたちの周りの地面が……いや、見える地面のすべてが、とつじょ噴き上がる火薬の炎とともに爆砕した。

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