「すごいな、ファノン」
フォーハードは驚くどころか、旧知の友人に語りかけるような喜びを顔に浮かべ、たなごころを握りつぶした。
それとともに、その手のひらで踊っていた景色も、たんぽぽの綿毛を吹き散らかすように消えていった。
「すでに俺の何倍もの力を発している。だがそれでも、俺には効かないぜ」
フォーハードは言い捨てながらも、体はしっかり、腰を落としてファノンとの戦闘体勢に入っていた。
「るゥおおおおお!」
獣の
「いや……そのままの力じゃあ、何千倍になろうと何億倍になろうと、俺には通じない。なぜなら」
フォーハードは言いながら、せまりくるファノンの右手の、不可視のエネルギー体と重ねあわせるように、みずからの左手をかざした。
先ほどまでのものと、比較にならない放電現象が、両者からほとばしる。
「俺とお前では、力を
静電気のように、青白い電磁場の
「ク、くそ……なぜだ。なぜ効かない!」
バチバチとはじける電流にはさまれ、目前のフォーハードを
「おいおいファノン。答えならすぐ上に出てるじゃないか。上を見ろ、上を」
「上……?」
ファノンはフォーハードがおかしな
先ほどまで星や月の望めなかった
その半径数100キロの雲間は、ファノンがエネルギーを注力するほど、ぐんぐんと広がっていた。
「こ、これは俺が……」
二度見してから、ファノンはフォーハードになおった。
「そうさ。だが、あんなものじゃ、俺の目的にかなわない。これからが最後の仕上げだ――」
フォーハードは空いている片手で、ファノンの
「超弦に目覚めた今のお前なら、俺の言葉の意味もわかるはずだ――粒子と反粒子が出会うとき、世界は強くひらめき、そして、すべては
「そ、それは……!」
ファノンが喉を鳴らしかげんにうなったとたん――
フォーハードの力とぶつかりあうエネルギーが、
同時に、頭上の雲間が、ぴたりと広がるのをやめた。
ファノンが自分の腕に目をもどすと、先ほどまで片手でファノンの力をいなしていたフォーハードが、両手をだしてファノンの力を包んでいた。
「何をやってるか、わかるか? お前の力があまりにも強力だから、俺の力でできる最大のワープをやってるのさ。何千光年か、何億光年かはわからないが、遠い宇宙で、お前の力が爆発しているはずだ」
フォーハードがいま対処しているのは、粒子と反粒子の衝突。
この世のすべての物質には、まったく構造の反対になっている物質がある。
たとえばマイナス磁極をもつ電子には、プラス磁極を持ち構造も真裏である陽電子。
ビッグバンから少しして、それらほとんどの反粒子は通常粒子とぶつかり爆発
宇宙生成の過程で、わずかに通常粒子のほうだけが余ったのである。
その通常粒子が水素や土を形成したからこそ、今のように生命は大地で生活できているわけである。
だがもしも、いまこの世にあるすべての物質のうち、隣にある素粒子の半分が、反粒子に変じた場合、この宇宙はふたたび大爆発を迎える。
そして驚くことに、粒子と反粒子が出会って大爆発したのち、そのふたつの粒子は、消滅するというのだ。
――フォーハードの宇宙の末路を見る、とは、こういう意味だ。
ファノンはこのときようやく、フォーハードの
「お、お前……!」
「これで前段階は、すべて完了だ」
フォーハードは汗ばんだ顔を、わずかに笑わせたかと思うと、次には、ファノンのみぞおちに、膝蹴りを食らわせていた。
「っ!」
ファノンは内臓への強烈な振動に、たまらず膝をついた。
モロにその蹴りを浴びたファノンは白眼をむいて、土の上にうつぶせに倒れていった。
「ファノン!」
アジンに
「ファノンが次に目覚めたとき、やつは今の
フォーハードは身をひるがえし、ゴドラハンの周囲を取り囲むアジンを見渡した。
「アジンども、ゴドラハンはもう用済みだ、殺していいぞ。もはや勝利は決まり、障害は存在しない」
フォーハードはまるでこの現世じたいを笑うように、愉快そうに頬をゆがめた。
「いいえ、それはさせません」
否定の句は、フォーハードの頭上から降りてきた。
その声の主は、上空から飛空してきて、どすんと地面にめりこむように、着地した。
ロナリオだった。
「ロナリオ……空中遊泳はスリリングだっただろう。お前が何もできない間に、ゴドラハンもファノンも、みな死にかけだ」
「ならば……私が、あなたを倒します」
「無理だよそれは。そのためにアジンを配置してるんだからな」
フォーハードがそう言葉をはじくと、合図を受けたかのように、アジン5体がフォーハードの前に陣取って、ロナリオに向かい合った。
「ムダです」
ロナリオは背を丸めたとおもうや、その姿勢を利用してジャンプするようにして、アジンに襲いかかった。
アジンたちはほとんど抵抗らしいこともできず、腹のなかの部品を
アジンは水素電池の発するエネルギーで細々と活動するが、ロナリオのほうは無限に近い核融合をエネルギーの祖とする。
そこから
「お覚悟を、フォーハード。あなたは私を殺せませんが、私はあなたを殺せます」
「今のアジンの配置は時間稼ぎだよ。おかげで俺の次元のエネルギーは
フォーハードはロナリオに向けて手をかざすが、ロナリオのほうは、
フォーハードの広げる時空の入り口にそのまま、ロナリオは飛びこんでいく――ふりをして、足元に寝そべるファノンを素早く抱きかかえ、
その進路には、ゴドラハンの両腕をへし折ったアジンが一体いるが、ロナリオが細腕を横に振るうと、羽虫のように軽々と吹っ飛んでいった。
「へへ……ここでいいんだよな、ロナリオ」
ゴドラハンが、
「ゴドラハン……いい場所取りです」
ロナリオも微笑み返したかと思うと、ゆっくりとした手つきで、両腕の折れたゴドラハンの空手着の上前に指を添わせた。
ロナリオはそこから長細い、上部に赤いスイッチの座る筒を取り出すと、フォーハードに差し向かい、それを前にかざした。
「おいおい……なにすんの」
フォーハードの表情が引きつった。
「フォーハード……人間ひとりが宇宙のなりゆきをほしいままにするなど、
ロナリオは、ファノンの頭を抱きすくめたまま、捨て
――そのとたん、ロナリオの、ゴドラハンの、ファノンの、そしてフォーハードやアジンたちの周りの地面が……いや、見える地面のすべてが、とつじょ噴き上がる火薬の炎とともに爆砕した。