――血が止まらない。
少しずつ腹からの激痛は
肝臓を、アジンのパンチに貫かれた。
女はもう、指すら動かせずに
来年には20歳を迎え、アポトーシスによる闇への帰命が待っていたから、前までやっていた裁縫師の引き継ぎは、すでに終えていた。
ツチグモの騒ぎをきっかけとして常駐自警団に転向。
セントデルタ、いや、エノハのために一助になればと思って、今回のファノン
仲間とはぐれ、アジンに囲まれ、袋叩きの
死ぬ
だが、こんなになっても、まだ生きたいという執念は尽きない。
――なんで、こんなことに……。
「やだ……死に……たくない……」
看取る相手もないまま遺言をつぶやいた時、だった。
女の途切れがちな意識でもわかるほど近くに、気配が生まれていた。
ボブヘアの、白い肌の女が、無表情に立ち尽くしていたのである。
女の記憶の中には、ない顔だった。
この20年近い人生の間で、たいがいのセントデルタ人とは知り合いになった気でいたのに、だ。
セントデルタ人はほんのりと浅黒い肌の人種。
これほど見事な白さの肌を持つ女は、エノハ以外に見たことがない。
すれ違ったら忘れるはずがない特徴のはずなのに、記憶にないとは、どういうことだろう。
だがその疑念を、悪いほうにとらえないのは、セントデルタ人の美点だった。
「あ、あなたは……だれ……」
「私はロナリオと言います」
ロナリオは左胸に手を当てて、
「あなたの名前は?」
「ニニナ……」
「そう……ニニナさん……」
ロナリオは血まみれで寝そべるニニナの傍に、膝をついた。
「申し訳ありません」
「なにを、謝るの……」
「私には、あなたを助ける力がないからです」
「そんなこと……あなたが気にやむことじゃ……」
先ほどまで誰かに気にやまれたかった内心をおさえ、ニニナは苦笑した。
「せめて、あなたのために祈らせてください」
「い、の、る……?」
ニニナにはその意味はわからなかった。
セントデルタの宗教は闇を奉じるもの。
祈ろうが祈るまいが、死ねば五体は闇に溶け、先に消えたものと素粒子レベルで混ざりあい、やがてはその一部分は花になり虫になり、あるいは数億年サイクルで石になる。
――祈り? 聞いたこともない言葉。
だがニニナは、その行為を悪いとも不快だとも感じなかった。
「祈りとは、なに? それをするとどうなるの」
「……あなたが天国に行って、そこで幸せになれるよう、祈っているのです」
「天国……どこ……? それは」
「私にもわかりませんが、光ある世界とのことで、死んだあとにだけ行ける世界だと。私の好きな人や、その人の周囲の人が信じていました。罪深い私がそこに行けるかもわかりませんが、私もそれを信じたい」
「見たことのないものを信じる、ね。愚かな話ね」
「私が天国に行けるのか、わからないのです。でもきっと、私にも魂があるとゴド……ある人が言ってくれました」
「……その、ある人のことが、好きなんだね」
「……好き……はい。あなたにも、そのような人が……ニニナ?」
ロナリオはニニナの顔を見つめて、知覚した。
ニニナが、こときれていることに。
それをセンサーからの情報で分析したあとでなお、ロナリオは眠るニニナに続けた。
「あなたがどんな考え方で、誰と暮らし、何を愛したか。セントデルタに潜入するためにも、そのプロフィールを聞かせて頂く必要がありましたが、何もわかりませんでした……ですが」
ロナリオは両膝を土につけて、手を合わせた。
「あなたの旅に祝福を」