60.暗躍

 フォーハードとロナリオの再会から一日が経っていたが、二人はセントデルタ大病院の、サファイア屋根に立っていた。

 いや……立っているのはフォーハードだけで、青い病衣を着たままのロナリオのほうは腕と足をだらりと、力なくらし、フォーハードになすすべもなく抱き上げられていた。

 ロナリオはフォーハードの次元の力によって、四肢の内部にそなわったシャフトを、根こそぎ奪い去られていたのである。

 一日経っているにもかかわらず、わざわざフォーハードはロナリオをともない、その拉致現場である大病院の屋根にきていた。

 面白いショーをみせてやる、という、不吉な予告とともに。

 ロナリオをセントデルタの見知らぬ空き家に閉じ込めた間に、フォーハードはその準備を完了させた、ということだ。

「あなたを、甘く見ていました」

 ロナリオは自分の身体を抱き上げるフォーハードを、下からにらんだ。

 にらむしか、いまのロナリオに抵抗できる術はなかったのである。

「こんなに、早く手を打たれるとは」

「おとといの戦いで五体満足だったお前が、何もしないわけがないからな。セントデルタに仕掛けるとしたら、行方不明者にふんするのは想像できた。

 あとは、凱旋がいせんするために一列になっているお前らを、一人一人スキャンすればいい」

「スキャン……人間のあなたに、そんな機能はないはずです」

「俺を誰だと思っている? 水爆の男だぜ?」

「次元の力のことを言っているのですか……どうやったのですか」

「ガンマ線を召喚した。そう言えば、お前ならわかるんじゃないのか」

「ガンマ線を召喚……」

 ロナリオはフォーハードの吐き終えた語句をたどった。

 ガンマ線といえば、X線と同じで透過性が高く、人体のDNAを切り裂く特性を持ち、分量が多ければ人の身体をがん化させる電磁波である。

 エネルギーが高すぎるがゆえに、たやすく地球の大気にさえぎられ、自然界のこれらはまず、ほとんど地上で浴びることも見ることもない。

 だが例外的に、これが地上に発される時がある。

 原子爆弾の炸裂や、原子力発電所の事故があった時である。

 フォーハードがこのガンマ線を登用したとなれば、考えられることは一つ。

 フォーハードの手によって人間世界は終わっているが、それでも原子炉施設はいまも核の放射能を出し続けている。

 それを利用するという方法だ。

 人間の世から断絶された原子炉燃料棒のそばに、次元の穴を開けて、撤収をはかる自警団員190人に浴びせたのだ。

 ロナリオに気取けどられないよう、用心深く、身体の一部分だけに、ガンマ線を照射させたのである。

 そうして身体を透過させたガンマ線を、おそらくフォーハードはその進行方向にも次元の穴を開けておいて、そこに方解石などの感光板を置いたのだろう。

 方解石とは、氷砂糖に酷似した見た目をしているが、エジプトのピラミッドに重ねられている白灰色の巨石や、墓石などに使われる大理石の仲間である。かつてレントゲン撮影機を開発したレントゲン博士が、この方解石も感光板として利用できる、という記述をしていたことを、フォーハードも知っていたのだろう。

 これを用いることで、フォーハードはたやすく、この光をあてた人物が、人間かそうでないか、わかったはずだ。

 人骨が写れば人間、そうでない骨格が見えれば、そうでない何か。

「……案の定、ガイコツが写らない奴がいた。狙いが当たると、嬉しいもんだね」

「私を、どうする気ですか」

「まず、顔をロナリオに戻してくれよ。あいつの顔を見たい」

「お断りします。私は死んだほうのロナリオ・スーリーではありません。顔が似ている別人です」

「なら、残念ながらお前を殺さねばならんな。スーリーの顔をしたものでなければ、なんとかできる」

「それは嘘です。あなたに私は殺せない。スーリーの顔になれる者が、この世からいなくなるのですから。あなたには、私の記憶を消すこともできるのに、それをやらない。あなたは彼女の人格も大事だと思っているからです。私はかなり不完全とはいえ、彼女の性格も参考にされているから」

「その通りさ。俺はたとえお前が顔を変えていても、手は出せない。辛いところだよ……だから、ファノンでさを晴らさないとな」

「……あなたは卑怯ひきょうです」

 ロナリオはニニナの顔で失意の表情を浮かべたのち、その顔の色がみるみる白化し、ロナリオのものになった。

「いい心がけだ。ファノンのやつにも、見習って欲しいもんだ」

「まだ彼に接触するつもりですか。次にあなたが彼の目の前に現れれば、彼はあなたを一瞬にしてヘリウムに変えるでしょう」

「じっさいに会えばそうなるだろう。あいつは強力になりすぎた。これからは奴の顔を見ずに、奴を堕としていくつもりだよ」

「そんなにファノンが恐ろしいなら、彼をそっとしておいてあげればいいものを」

「俺の夢が、それをさせてくれないんだ。それに、奴を堕とす算段はできている。あいつが、あいつの意思と関係なく宇宙の消滅をさせる算段が」

 フォーハードはロナリオを抱いたまま、屋根を一歩進み出た。

「きれいに整った街だよ、セントデルタは。あの雲に反射している巨大宝石の反射光は、セントデルタではジュエルプリズムとか呼ばれてるんだってな。だがこの街の真ん中に、ツチグモがワープしてきたら、この街の空気はどんな色になるかな」

「ま、まさか……フォーハード……やめてください!」

 ロナリオが制止の句を強く叫んだが、フォーハードはかまわず、ロナリオを抱き上げていた片手を離し、まるでセントデルタをつかむような仕草を放つと、そこにエネルギー塊を生じさせた。

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