61.破滅への潮流

 セントデルタ中央広場(ダイヤモンド中央広場とも)。

 数千席にわたるトパーズの四脚と、それに囲まれるように、新緑に似たアレキサンドライトの扁平へんぺいな巨石が横たわっているのが、この広場の特徴である。

 7つの放射街路が一点に集まるこの場所では、さまざまな祭事がもよおされる。

 死者のとむらいをりおこなう葬祭のほか、結婚式もここで挙げられる。

 トパーズのイスを隅に重ねれば感謝祭などもおこなえるし、あるいは今のように……人々の集会も、ここでなされるのである。

 だが、今回の集会に参加する人々は300人にものぼり、とてもではないが、小規模な寄り合い、という空気ではなかった。

 その参加者の表情はおのおのが、神妙なものに支配されていたのだ。

「ファノンの救出のために、自警団員が16人も死んだそうじゃないか」

「これだと足し算引き算が成立しない。なぜ一人を助けるために、16人が犠牲にならなければいけなかった」

「俺もそう思う」

 アレキサンドライトの祭壇そばの階段で、腕組みをして話を聞きながしていた、今回の集会を呼びかけた男、タクマスが、会議が始まって10分後、ようやく相槌あいづちを打った。

 黒い髪の毛をオールバックにして、いかつく彫られた眉間みけんのシワから、かなりの気難しさを匂わせていた男だった。

「やはり、ここに集まってくれた同志たちは、同じことを考えていたようだ。ファノンをこのままにしておく訳にはいかん。奴には罰を、エノハ様にしていただく必要がある」

「聖絶が必要だ、とでも言うのか? タクマス」

 そう呟いた男が、言外げんがいにその処置をのぞんできた。

 だが、あくまでも言外にである。

 得体の知れない超常現象の使い手、ファノン。

 片手でツチグモをひねりつぶす、謎の力を発するファノンに、みな不気味さを覚えていた。

 その力は、いつも正しくツチグモのような機械を倒すとは、限らないからである。

 これをたとえるなら、枕元に起爆ピンのはずれかけた手榴弾しゅりゅうだんを置いて起居する生活に似ている。

 いつ爆発するかわからない力。

 そういうわけで、この力を恐れて集会に参加しているのは、爆風で被害を受けるだろうと自己評価を下した人々……つまりファノンの住むルビー・ガーネット通りの人々がほとんどだった。

 だが、不気味だから殺すというのでは、かつて自滅した人類の風習と何も変わらない……と、過去は悪いものだと教育されてきたセントデルタ人は考える。

 たとえばセントデルタ人が過去の人を悪辣あくらつにして未開だと評するときに持ち上げるのが、魔女裁判のエピソード。

 魔女裁判とは、おもに1500年代から1600年代(じっさいのスパンはもう少し長い)のころになされた、魔術を扱うと信じられた人物をまつりあげるためにおこなった裁判である。

 これで4万人が無実の刑死をしたといわれている。

 とうぜん、捕らえられた人物の100パーセントが、なんの魔力も持たない、ふつうの人々であったことは言うまでもないが、その裁きは残酷をきわめた。

 熱した釘を手足に打ち込み、魔女だと『自白』させ、あるいは万力まんりきで指をすりつぶしながら詰問きつもんし、あるいは水に沈めて浮かべば魔女、沈んで死ねば潔白など、である。

 そのさまを、セントデルタの人々は野蛮と笑い、あざけってきた。

 だからこそ、自分たちは、その野蛮人とは違うのだ……と言えるだけの、建前たてまえを人々は欲していた。

 まだ彼らは、ファノンをどうこうできるほどの建前は得られてはいなかった。

 それに、男がはばかりながら、ほかの聴衆にわかりにくいように死刑の主張をしたのには、もうひとつ理由がある。

 この集会にきているものは、みながみな、ファノン殺すべしと考えているわけでもなかったのである。

 たしかにここに来た者は、一人残らずファノン排斥はいせき論に身も心もかっていたが、それでもファノンを殺すのは可哀想だ、と感じるものも、半分はいたのだ。

 ようは迷っているのだが、これだけ同情があつまるのは、さすがセントデルタの短命さと呼ぶべきだった。

 自分が死ぬまでに、アポトーシスによって、おびただしい頻度で死者を見送らねばならないセントデルタ人は、悲しいほどに感情のゆたかな人々が多かったのである。

「聖絶は無理だ。奴はそこまでのことは何もしていないし、セントデルタ法でも、超常の力を用いれば聖絶、と書かれてもいない。俺たちにあいつを、どうこうすることはできない」

「なら、どうするんだよ……」

「できないが」

 そこでタクマスは人差し指を一本たてて、付け加えた。

「ファノンが自分の意思で、このセントデルタから出て行く決断をうながすことなら、できる」

「あいつの家の前でシュプレヒコールでも叫ぶのか?」

「そこまでしなくてもいい。あいつに告げればいいのさ。俺たちのために、ここから出て行ってくれと」

 この案こそ、タクマスがファノン死刑論派と温情派のどちらも、ギリギリ納得させられるだろうと踏んでいた言葉だった。

 そしてそのタクマスの読み通り、人々はみな、不服そうではあるが、それ以上にどうこう言えない顔色を見せた。

「まあ……それなら」

「決まりだな、ここにいる全員で、あいつの家に行くぞ」

「誰の家に行くって?」

 議論の方向がさだまりかけたそのとき、今まで聞かなかった声があがった。

 人々がそちらに目をやると、そこには白いタンクトップシャツ姿の、ヨイテッツが立っていた。

「ヨイテッツ……何しに来た」

「ファノンのことを話してたんだろ? 議論するなら反対意見も大事だぜ」

「お前と同じ意見は少数だ。政治は多数の言葉で動くもの。俺たちと議論したければ、俺たちと同じかそれ以上の数をそろえてくれ」

 そういってタクマスはヨイテッツの横をすり抜けようとしたが、そこにヨイテッツが立ちはだかった。

 近くで見る者からすればそれは、まるで筋肉の壁の前に立つような気持ちになる威圧感だった。

 タクマスは本能的に、及び腰にならざるを得なかった。

「タクマス……お前らはよくわからん不安に突き動かされて、ファノンの追放をしたいんだろうが、俺はちがう。この命はあいつに救われた。いま、妻や子供を抱きしめることができるのは、あいつのおかげなんだ」

「感傷を。危険な力を持つ人物を、そばに置いていい理由にはならん」

「ファノンを追い出しても無駄だぜ。あいつの住む場所が俺の家になるだけだ。家族にも、ご近所にも許可はとってある」

「なんだと、ヨイテッツ」

 タクマスのつぶやきと共に、背後の大衆がどよめいた。

「あいつが人を殺すとき、まずは俺から死ぬことになる。お前らは俺が闇に帰ってから、あいつのことで悩めばいい。あいつを疎めばいい。あいつを憎めばいい。だが俺が死ぬまでは、誰にもあいつに手は出させんぞ」

「……」

 ヨイテッツがにらむと、大衆のほうはざわめきを高めたが、そこから具体的な反論はなかった。

「そういう次第さ。俺はもう帰る。お前らもさっさと解散するんだな」

 ヨイテッツはそう言い、背を返した。

 ――そのとたん、ヨイテッツの背中が、ヤケドしそうなほどの熱さを感じた。

 ――なんだ? と思ってヨイテッツが振り返った時、アレキサンドライトの祭壇の上に、音もなく予告もなく、いつのまにか、小屋ほどの大きさのクモ型シルエットが、八つの鉤爪かぎづめを祭壇のフチに食い込ませて、たたずんでいるのが見えた。

 そのクモの周囲のダイヤモンドの敷石には、放射状に数十本の溶岩の溝ができていて、それらがヨイテッツのまわりを抜けて、そこから嗅いだことのない、きつい臭気と、すさまじい熱気を放っていた。

 そして、その周囲には、ボールぐらいの大きさに切り刻まれ、切り口を焦げさせた肉塊が、無数に転がっていた。

 それが何なのか、一瞬ヨイテッツには理解できなかった。

 だがそれをじっくり観察して怯えたり、悲しんだりする暇は、ヨイテッツは得られなかった。

 石灰の粉のように舞う土煙が、その巨大なクモを灰色に隠していたが……ヨイテッツには、それが何なのか、すぐにわかったからである。

「ツチグモ……!」

 ヨイテッツが呟いたのと、集会に集まった人々がパニックに満たされるのは、同時だった。

 人々はいっせいに悲鳴と怒号をあげながら、ツチグモから離れるべく中央広場から走り出した。

「逃げんなよ、お前ら」

 くぐもった声でしゃべったのは、他ならぬツチグモだった。

 ふたたびツチグモは上部に王冠のようにかぶった20門の砲塔から、太陽のエネルギーを凝縮したような、超高温ながら透明のレーザーをひねり出し、人々の逃げようとしていた、7つの放射街路を切り刻んでいった。

 退路を断たれた人々が、抱き合いながら、その場に立ちすくんだ。

 逃げられなくなったことで、人々にできるのは、ツチグモの居住まいから与えられる恐怖に萎縮いしゅくすることと、押し殺した嗚咽おえつをあげることだけになってしまった。

 そんな人々に向けて、ツチグモはみずからのスピーカー音量を上げてきた。

「俺はお前達に、お願いがあるだけなんだ」

「な……なんなんだ、お前は!」

 タクマスが震え声で、祭壇を踏みにじるように立つツチグモを見上げ、さけんだ。

「俺の名はマハト・フォーハード・ミューゲン。お前らが水爆の男と名付けた、機械の王にして、神の敵。以後よろしく」

「フォーハード? それは500年前の死人だ、だれがそんなものを」

「信じなくてもいいさ。俺はいつも、人が信じようと信じまいと、俺の邪心を悟られようと悟られまいと、そいつらを俺の望む方向へ走らせてきたし、今回もそうするつもりだ。お前らの意思なんぞ、関係ない」

「……何を望むんだよ」

「簡単だ。ファノンという奴を知っているだろう。そいつをここへ寄越よこしてもらう。そして、お前らの目の前で、このツチグモと戦わせるんだよ」

「……!」

 タクマスは喉を鳴らした。

 このにわかに出現した機械がツチグモだというのは、わかっていた。

 だから、滞りなく逃げ切れたなら、ここで暴れるツチグモを退治してもらおうと、ファノンを呼びに行くつもりだったのだ。

 ファノンの力を恐れながらも、少しく強敵が現れれば、その力にすがる。

 人間の本心は善である、とかつて孟子もうしという人物が言った。

 人間の本心は悪である、とかつて荀子じゅんしという人物は語った。

 だが文明が終わるころ、誰かが、人間の心は善や悪でできているのではなく、たんに弱いのだ、と喝破かっぱした。

 ――弱いから、善にも悪にもなる……。

 ――俺たちセントデルタ人は、旧代から、心の強さは何も変わっていないんだ……。

 タクマスはいま、むざむざとその事実を突きつけられていた。

「お前らを一人だけ、この広場から逃がしてやる。そいつでファノンを呼んでこい。フォーハードが呼んでいる、来なければ全員を焼肉にする、と言えば、あいつのことだ。必ずくる。

 ああそうだ、エノハを呼んでも役には立たんぞ。あいつの両腕にもレーザーは仕込まれていたが、この間の戦いで、両腕の武器が壊れて、いまも修理できていないからな」

「そんな……エノハ様が……」

 ざわめきの中で、絶望まじりに、誰かがつぶやいた。

 ツチグモ、もとい、フォーハードの説明に、人々はいよいよ追い詰められつつあった。

 数秒後、人々がこぞって、自分が生き延びる可能性を少しでも高めるために、ファノンのもとへ走るべく挙手をしようか、というところで、だった。

「ことわる」

 大きな否定の句がツチグモの音声マイクに突き返された。

 その声の飛んできた位置を、フォーハードがセンサーから探知で割り出すと、そこには、ヨイテッツが立っていた。

「ほお……骨のあるやつもいるもんだ」

「お前の話は受け入れられん!」

 ヨイテッツはもともと大きな地声を、さらに張り上げてツチグモに怒鳴った。

 ゴンゲン親方と口喧嘩をするときよりも、さらに大きな声音だった。

「お前がフォーハード本人かどうかわからない、というのは、このさい目をつぶろう。だが、お前が仮にフォーハードなら、ここにいる人々を生かす理由がない。おおかた、ファノンをほうむるか何かのために、全員を人質にとるつもりだろう。

 だがお前は計画通りにファノンを倒したあと、俺たちを生かす気はない。今のレーザーで、まとめて殺す気だよ。お前の目的は、殺戮さつりくなのは明らかだ。

 だから俺たちは、命をかけて、お前を倒す必要がある」

「お前はともかく、ここにいる連中に戦意はカケラも見当たらんが」

「だったら……どうしたってんだ!」

 ヨイテッツはしゃがんだかと思うと、足元で赤熱の光を発する、ダイヤモンドだった炭の破片をとった。

 素手でそれをおこなうのだから、当然、ヨイテッツの手のひらは一瞬にして、重度のヤケドに見舞われることになるが……ヨイテッツがそれを気にしているふうはなかった。

 そのままヨイテッツは、石をツチグモに向けて、おもいきり投げつけた。

 赤く脈打つ石片は、みごとにツチグモのレーザー砲塔へぶち当たってぜ、その砲身を溶けた炭で固めてしまった。

「し、しまった」

 フォーハードは舌打ちした。

 レーザーは確かに強力な上にコストのかからない武器だが、銃弾や砲弾と違い、物体をそこから押し出す力……つまり反作用は起こらない。

 このレーザーが戦車の大砲だったら、気にせず砲弾を射撃すれば、中にこびりつく炭も一緒に吹っ飛ばすことができるが、ツチグモに備わるのは、超高熱とはいえ、しょせん光にすぎない(じっさいはレーザーを照射すれば、炭を二酸化炭素にすることならできるが、その代わり砲塔は焦げついて使い物にならなくなる)。

 ホウキではなく、ろうそくの光で掃除ができるかと問われれば、それはとうぜん不可能である。

 その砲身内部にへばりつくゴミを、発射の勢いで洗い落とすことは、レーザーではできないのである。

 だからこそ、ツチグモには20門の砲門がとりつけられており、使えなくなった前部の砲塔をとりかえるように、頭部の円形砲台が、回転できるようになっている。

 そしてツチグモは、その思考ルーチンにしたがって、まだ発射可能な砲身をうしろから回して、ヨイテッツに向けた。

 だがそれにも、ヨイテッツは再び、熱く炭化したダイヤモンドの敷石の破片を、投げつけていた。

「くそ……歩兵が護衛についていないツチグモじゃ、こんなものか……!」

 フォーハードがうなると同時に、ツチグモのカメラアイにも、二酸化炭素になりそこねた、赤熱した炭がこすりつけられた。

 ヨイテッツが肉薄し、右手にソフトクリームのコーンでも握るように持っていたダイヤモンドの破片を、カメラアイにぶつけたのである。

 ヨイテッツは次には、視界を奪われたツチグモの脚のそばにおりると、その関節部分に露出した動力コードにも、片手に掴んだダイヤモンドの破片を押し当てた。

 ツチグモの脚はかなり頑丈だから、これで故障することはないが、それでもその脚は、わずかに動作不順を起こした。

「おまえら! 300人もいて、何をボンヤリしてやがる! セントデルタ人がどうこうじゃねえ! 今、目の前に倒すべき相手がいるんだろうが! 考えるまでもねえ、戦え!」

 ヨイテッツはヤケドにただれた右手を痛々しくにぎりしめながらも、強い姿勢は崩さないままうしろを振り返り、足をすくませている大衆に向けて、吠えた。

 それで、空気が変わった。

「う……うるせえよバカ! ポッと出てきたくせに、仕切ってんじゃねえ!」

 男の一人が、ヨイテッツにならい、地面で赤く輝く炭をにぎった。

 やはり男の手のひらもまた、重い音とともに焼けただれていくが、男にはあたかも迷いも痛みもないかのようだった。

 その男はヨイテッツの前で炭を振りかぶると、そのままヨイテッツをよけて、ツチグモの無傷の砲塔に投げつけた。

「ヨイテッツに続け! セントデルタ人の誇りを、こいつに見せつけてやれ!」

 この声に呼応するように、祭壇下で小さくたたずんでいただけだった人々に、活力が――それも、強烈な生命力がもどってきた。

「その通りだ!」

「俺たちの命は、俺たちで守るべきだ!」

「ヨイテッツに続け!」

「ヨイテッツに続け!!」

 男女の声が熱狂になって、中央広場にわきあがった。

「目ェさましたな、お前ら……よし、たたみかけるぞ!」

 ヨイテッツは振り返り、3度目とばかりに、足元の溶けたダイヤモンドをつかもうとした――そのときだった。

 その視界の隅から、とがった、巨大なものがヨイテッツの横腹に飛んできた。

 もとより、足元の石をひろう動作をしていたヨイテッツに、それに対処できる余裕はなかった。

 飛んできたのは、ツチグモの鉤爪。

 50センチのコンクリートも叩き折るツチグモのその一撃が、もろにヨイテッツの脇腹を駆け抜けていった。

「グゥッっ!」

 ヨイテッツの身体はまるで軽石のように宙にうかび、一気に人々の輪から離れたところまで、吹き飛ばされていった。

 ヨイテッツの体は二、三回バウンドを起こしながら、ダイヤモンドの敷石の上を、あたかも雪上のソリのように滑り込んでから、止まった。

「オッ……グゥっふ……ゆ、ゆだ、ん、したぜ……」

 ヨイテッツはうつ伏せになって喀血したあと、自分のドジをあざけった。

 ――だが、あんな直撃をもらっても、意外と痛くないもんだ。

 ――まだ戦える。

 ――立ち上がって、あのツチグモをブッ倒して……そのあと、みんなで……可能ならファノンを誘って、酒を飲みに行けそうだ……。

 そこで、ヨイテッツは気づいた。

 自分の顔のそばに、自分がさっきまで履いていたズボンをつけた下半身が、腸や膀胱ぼうこうをさらして、血まみれで横たわっていることに。

「…………!」

 それに気づいたのと同時に、ヨイテッツの体から、みるみる力が抜けていった。

「ヨイテッツ!」

 張り裂けるほどの声を出して、タクマスが走り込んできた。

「タクマス……何をやってる……ツチグモは、まだ生きている……」

「もう全員がかりで、やつのレーザーは塞いだ。あとはあいつを解体するだけだ。お前のおかげだ」

 タクマスは片膝をついて、ヨイテッツの上体を抱き上げた。

 タクマスの両腕は血まみれになっていたが、それはすべて、ヨイテッツ自身のものだった。

「なにが、おかげ、だよ……俺にはまだ、やることがある……俺はまだ、ファノンを守ってない……家族を守りきれてない……」

「ヨイテッツ……」

「あいつらは……俺が守るんだ……俺が守らなきゃ、だめ、なんだ……」

「か、家族のことは心配するな。俺たちが守ってやる」

 タクマスは乾いた声で、約束を切った。

「ファノンも……守ってやりたいんだ……」

「ファノン……しかし」

「あいつの力はたしかに生物世界の法則を超えている……だが、あいつの心は生き物のままなんだ……叩けば割れるし、落とせば壊れる。

 お前らと同じだ…………俺とも……同じ、だ……いくら常人を越えようと、人間が誰かに助けられなければ、生き延びることはできないんだよ……俺が、あいつを守らなきゃ……俺が、あいつの丸い背中をぶったたかなきゃ………ほかに何人、いるってんだ……」

「……ヨイテッツ、それは……」

 返事をしかけてから、タクマスは気づいた。

 ヨイテッツのまばたきが、止まっていることに。

「……」

 タクマスはうつむき、ゆっくりとヨイテッツの身体を、冷たいダイヤモンドの敷石にもどしてから、立ち上がった。

「……近隣の家から、武器になりそうなものを、ありったけ持ってこい。ハンマー、包丁、庭の石でもなんでもいい。ツチグモを叩き壊せ!」

 タクマスは声が裏返るほどに、けたたましく吠えた。

 そのタクマスの檄に、広場の人々からときの声のような、巨大な打楽器を鳴らしたような声音がもどってきた。

 ――ヨイテッツが生んだこの勢い。

 このまま、ツチグモを片付ける。

 そう考えを切り替えたタクマスの背に、とつじょ、暗雲でものしかかったかのような、黒い影が覆いかぶさってきた。

 おそるおそる、振り返ってみると、そこにも、巨大なツチグモが立っていた。

 いや、それだけではない。

 7つの放射街路の出入り口すべてを、おのおのツチグモが封鎖して、人々を取り囲んでいた。

「な、なぜ……! いつの間に! なぜだ!」

「言っただろう」

 タクマスのすぐ真上にあるツチグモのアゴから、フォーハードと名乗る男の声がもどってきた。

「俺はお前らがどんなふうに思おうと、俺の思う方向に進ませる、と。

 もう一度言うぞ、この中から一人だけ、ファノンの元へ走れ。奴を呼び、もどってこい」

 ツチグモのスピーカーからでる冷徹な要求に、ここにいる人々はかんぜんに動きを止め、戦意を失っていた。

 そしてそれは、タクマスも同じだった。

「すまん……ヨイテッツ……」

 闇へ帰ったヨイテッツのなきがらにむけて、タクマスは苦々しく、言葉を絞り出した。

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