急いでいたり、慌てていたりすると、小さなことに邪魔されるだけで
そういう時には、道ばたに小石があっても、大岩のように邪魔な存在に見えるものである。
今がまさにそれで、クリルは自分の家の扉が外開きであるために、ほんのわずかに家の中に入るのが遅れることにさえ、怒り狂いたくなった。
学校の残務が早く片付いていれば。
今日の仕事が休みならば。
どちらかであれば、もう少しマシな気分になれたはずなのに……とクリルが呪うのも、苛立ちの
それもこれも、フォーハードが起こした事件のためだ。
クリルもまた、ツチグモ来襲のしらせを受け、ファノンのことを心配して、家路を急いだのである。
「ファノン!」
クリルは玄関に足を踏みこみざま叫んだが、そこからファノンの返事はなかった。
代わりに戻ってきたのは、女のすすり泣く、か細い声だけだった。
クリルはその声を早足でたどっていくと、居間にたたずんで両手で顔を覆うメイを見つけた。
「メイ……ファノンは」
「ごめんなさい、クリルさん……私、ファノンを守れなかった」
メイは涙で声を詰まらせながら、クリルに告白した。
「あいつのあの力、人に見せちゃいけないものなのに……見せれば怖れられるものなのに……あいつ、その力で中央広場の人たちを、助けに行ったんです……あの力で人を救っても、誰にも感謝されないって、わかってるのに」
「メイ……」
「私には、ここまでです。クリルさん……
「悔しい……?」
「とぼけないでください。わかってるんでしょう? あいつの気持ち」
「……よく見てるね、メイは」
「こんな状況で、こんな話をするなんて、我ながら
メイは顔から両手を離し、泣きはらして赤くなった両目をクリルに差し向けた。
「好意はうれしいよ。でも、やっぱりあたしには、そういうのはダメなんだ」
「なんでですか。わ……わたしが言うのも何ですが、ふたりはすごく、仲がいいのに」
「あたしは、他にやらないといけないことがあるの」
「やるべきこと? ファノンの気持ちより、大事なことがあるんですか」
「大事……そうかもね。こんど話せるといいな。今、それどころじゃないじゃん」
「そうですね、わかりました……今は矛をおさめます。
ファノンが危険なんです。あなたならファノンを助けられるかもしれない」
「やっぱり、あの子は中央広場に?」
「私は止めました。でも、私じゃムリだった」
メイの瞳に、またも涙がうるみだしてきた。
「そんなこと、ないよ。きっと、あの子には通じてると思う」
クリルは居間のドア枠に手を添えながら、きびすを返した。
「もう大丈夫。あたしが、ファノンを守るから」
クリルはすでに息が切れていたが、それにも構わず、太ももにムチ打って、全力で走り出していった。