63.助けてあげて

 急いでいたり、慌てていたりすると、小さなことに邪魔されるだけで苛立いらだちをかきたてられる。

 そういう時には、道ばたに小石があっても、大岩のように邪魔な存在に見えるものである。

 今がまさにそれで、クリルは自分の家の扉が外開きであるために、ほんのわずかに家の中に入るのが遅れることにさえ、怒り狂いたくなった。

 学校の残務が早く片付いていれば。

 今日の仕事が休みならば。

 どちらかであれば、もう少しマシな気分になれたはずなのに……とクリルが呪うのも、苛立ちの賜物たまものである。

 それもこれも、フォーハードが起こした事件のためだ。

 クリルもまた、ツチグモ来襲のしらせを受け、ファノンのことを心配して、家路を急いだのである。

「ファノン!」

 クリルは玄関に足を踏みこみざま叫んだが、そこからファノンの返事はなかった。

 代わりに戻ってきたのは、女のすすり泣く、か細い声だけだった。

 クリルはその声を早足でたどっていくと、居間にたたずんで両手で顔を覆うメイを見つけた。

「メイ……ファノンは」

「ごめんなさい、クリルさん……私、ファノンを守れなかった」

 メイは涙で声を詰まらせながら、クリルに告白した。

「あいつのあの力、人に見せちゃいけないものなのに……見せれば怖れられるものなのに……あいつ、その力で中央広場の人たちを、助けに行ったんです……あの力で人を救っても、誰にも感謝されないって、わかってるのに」

「メイ……」

「私には、ここまでです。クリルさん……くやしいけど……あいつを、助けてください」

「悔しい……?」

「とぼけないでください。わかってるんでしょう? あいつの気持ち」

「……よく見てるね、メイは」

「こんな状況で、こんな話をするなんて、我ながら卑怯ひきょうだと思います。クリルさんは、どう思ってるんですか、あいつのこと」

 メイは顔から両手を離し、泣きはらして赤くなった両目をクリルに差し向けた。

「好意はうれしいよ。でも、やっぱりあたしには、そういうのはダメなんだ」

「なんでですか。わ……わたしが言うのも何ですが、ふたりはすごく、仲がいいのに」

「あたしは、他にやらないといけないことがあるの」

「やるべきこと? ファノンの気持ちより、大事なことがあるんですか」

「大事……そうかもね。こんど話せるといいな。今、それどころじゃないじゃん」

「そうですね、わかりました……今は矛をおさめます。

 ファノンが危険なんです。あなたならファノンを助けられるかもしれない」

「やっぱり、あの子は中央広場に?」

「私は止めました。でも、私じゃムリだった」

 メイの瞳に、またも涙がうるみだしてきた。

「そんなこと、ないよ。きっと、あの子には通じてると思う」

 クリルは居間のドア枠に手を添えながら、きびすを返した。

「もう大丈夫。あたしが、ファノンを守るから」

 クリルはすでに息が切れていたが、それにも構わず、太ももにムチ打って、全力で走り出していった。

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