68.対話の記録

 国際連合の根幹こんかんとも言える『国連憲章』はもともと、西暦1795年、哲学者エマニュエル・カント著作の『永遠平和のために』を参考に作られた。

 その国際連合がかつて、国際連盟と名乗っていた1932年のころ、相対性理論(宇宙の法則をのべる理論だが、原子爆弾の基礎にもなったもの)のアルバート・アインシュタインに、あることを依頼した。

 その内容は『いまの文明にもっとも重要だと思える話を、あなたの望む方にしてください』というもの。

 アインシュタインが選んだのは、シグムンド・フロイト。精神分析学という学問を起こした人物である。

 そして、アインシュタインが選んだ議題は『人間を争いから解き放つことはできるのか』だった。

 アインシュタインは語る。(以下要約)

「戦争問題を解決するには、すべての国が、協力してひとつの統一機関を作り上げることです。そこに、司法・立法をおこなう権利をゆずり渡し、管理をそれひとつにまかせるのです。そうなれば、争いが起きても、その統一機関が仲裁することで、おだやかに収まります。

 世界はあたかも一つになったかのようになるでしょう。ただし、これには実行するだけの強大な権力が必要です。そして、現状でそれは難しいと思えるのです。既得権益をもつ人々は、みずからの持つそれを手放したくないのは当然です。

 そればかりか、自らの欲得のために、人々を焚きつけている始末です」

 一が全の進路を決めるという理論。

 そして、フロイトはおおむね賛同しながら、こう答える。

「――その通りです。それに、そもそも人は権力という名の暴力……つまり戦争をもちいることによって、平和を維持してきました。

 あなたの言うとおり、人間は憎悪のままに、相手を絶滅させようという本能があると思えます。

 けっきょくのところ、人間から凶暴な精神をとりのぞくなど、できそうにありません」

 だがフロイトは、最後にこう付け足しもした。

「すべての人間が平和主義者になるまで、どれぐらい時間がかかるでしょうか。それには答えられませんが――文化の発展をうながせば、争いをなくすことはできるでしょう」

 と。

 ――エノハが理想の世界を作るにあたって、下地にした書簡である

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