「……」
「…………」
「………………」
エノハはこの時うしろに、ペリドットやルビーの槍弓で武装した、数十人の自警団員を引き連れていた。
もしもこの場が騒乱にまみれていた時のために、エノハが用意したのだろう。
「エノハ様……」
「ここからは、法の話だ」
エノハはゆっくりと進みでて、ファノンたちと、人々の間に割って入った。
「セントデルタでは私刑は許されておらん。もし、今から砂粒一つでも、聖絶令の降りていないファノンにぶつけた者がいれば、その者こそ、この場で闇に返す」
「エ、エノハ様……」
まだ石つぶてを捨てられずにいた男が、エノハに
「なぜ、なぜです。ファノンは……こいつは……こいつが原因で、この美しいセントデルタが破壊されたのです! なぜ、あなたはこの男をのさばらせる! なぜ、かつて白血病で死にかけたこいつの病気を完治させたのです!」
「三度は言わんぞ。今からするのは法律の話だ。過去ではなく、未来の話だ」
「……くっ」
男は強弁を無理に飲み込まされる形で、おずおずと引き下がった。
「ファノン、お前に通告する」
エノハはファノンに向くや、突き刺すような口調で言った。
さすがにゴンゲンもモンモも、その神託の間に割り込むことはできず、人々がやったように、エノハに道をあけた。
だが、クリルだけは、ファノンを背に守るように、どかずにエノハをにらみつけて、その威光をはねつけていた。
そんなクリルを、まるでいないかのように、エノハは言葉を続ける。
「ほんらい、相手がフォーハードであろうとなかろうと、こういう処置は私や自警団のみが負うもの。しかるにファノンはそれを越権し、みずからの腕力に訴えた。法の決まりごとを無視するおこないで、許すわけにはいかん」
「エノハ様、それは……!」
ファノン
男はさとったのだ。
エノハは、ファノンの力が原因で、この場の人々が数十人も死んだことを、まったく論じていないことを。
「なぜですエノハ様! それではファノンは独断をおこなっただけ、ということですか!」
「違うのか?」
エノハは男をにらみ返した。
「う……それは」
「いや、いい。それを長く論じる場でもあるまい。
罪は私にあるのだ。ツチグモの動きに遅れたのは、自警団の権利行使を私だけが所有していたためだ。私や自警団員たちよりも早く、中央広場の現状を把握するものがいれば、少しは違っただろう。
だが自警団をここに速やかに配したとしても、被害は出た。相手はなにぶん、レーザー兵器を持つ上、ツチグモなどのホロコースター型無人機には、皆が知る『あの兵器』も備わっている場合もある。あれを使われれば、あるいは今より被害がひどかったかもしれん。
いずれにせよ、罪を問うならファノンではなく、私にだろう」
「エ、エノハ様を罰するなど、できるはずはありません!」
男はなかば反射的に答えた。
自分の奉じる神を罰するなど恐れ多い、と考えたからだが、少なくとも、男はそう答えてしまった手前、これ以上エノハの決断に異を唱える言葉を、うしなったことになる。
だがそれこそが海千山千のエノハの
これで少なくとも人々は、ファノンの罪を蒸し返すタイミングはなくなった。
「ならば話すこともなかろう。この場は解散とする。
エノハは言い捨てると、ゆっくりと大通りにきびすを返して、緑色の宝石が敷きつまるエメラルド・ペリドット通りへ歩き出していった。
それにともない、自警団員たちも、ひとり、また一人と背を向けて、エノハに
同時に、タクマスがファノンから離れていったために、集会に参加した人々も、
「……ファノン……」
アエフが、はばかり加減にファノンの横顔を見つめたが、ファノンのほうは、ただただ青ざめた顔色で、うつむいていた。
それを見たとたん、アエフはかける言葉をうしなった。
だから、その助け舟をゴンゲンが放った。
「ファノン。先に帰ってるからな。お前の家は、ちゃんとあるんだ。きっちり迷わず、帰ってこい」
ゴンゲンはうずくまるファノンの背に、力強く言い放ってから、アエフの手を引いて、その場を離れていった。
「じゃあ、また明日ね、ファノン」
モンモもまた、すれ違いざま、ファノンに語りかけて、ゴンゲンたちのうしろを追った。
「………………」
ファノンは下をむいたまま、答えなかった。
かなり長い時間、ここから人がいなくなるまで、そうしてファノンは屈みこんでいたが、やがて、ファノンの前で何も語らずに立って見守るクリルに、口を開いた。
「いくら……いくら力を持っても、俺はヨイテッツを守れなかった。ヨイテッツがこんなことになっても、虫のしらせなんて、なかった。
このままフォーハードとの戦いが続いて、いま俺を守ってくれた人を、助けてあげられるんだろうか」
「……」
クリルはわずかに、悲しげに唇を噛み締めたが、すぐに何か決意したように、こう告げた。
「――弱音は許さないわ。あなたには力がある。その力をフォーハードが狙っているけど、それから人を守れるのもまた、あなたの力だよ。
その力はまだまだ強くなる。
強くなりなさい、ファノン。そしてあなたには、こんなことが、あなたのいる間、ぜったいに起こらないようにする義務がある」
クリルは軍人の口上のように、強い弁論をファノンの頭上に浴びせた。
本当は、黙ってファノンを抱きしめたかった。
だがそれをすれば、おそらくファノンの心は崩れてしまう。
だからこそ、クリルは落ちこむファノンの傷口を叩くように、
「…………」
ファノンから返事はなかった。
それでもクリルは、ファノンの再起をそこに夢想するしか、なかった。