脚がもう、上がらない。
モエクは
運動不足の身体で走りすぎたため、脚が肉離れを起こしてもいたが、なぜだか腕まで上がらなくなっている。
ちぎられたように、
モエクは石のように重く動かなくなった両脚を、まるで壊れた時計か何かでも見るように舌打ちした。
ファノンを守るのだ、と言って、アエフが家を飛び出してから、すぐにモエクも情報をあつめ(通行人から話を聞いただけだが)、中央広場へ急いだ。
――ファノンが危険だ。彼の助けにならないと……。
だがモエクは数10メートル駆け足をしただけで、すぐに脚の筋肉が根をあげてしまったのである。
モエクはそれでも中央広場へ、気持ちだけは急いでみたものの、やがて、そちらの方向からは何人もの人々が、
その中には自警団員も含まれていたから、モエクは自分の役目のタイミングが過ぎ去ったことを、悟った。
すでに、ことは終わったのだ。
「こんな体力で、よくもまあ、寝たきりにならないもんだ」
モエクは苦笑しつつ、サファイア・ラピスラズリ通りの路上にへたりこみそうになった。
だがそれをすると、善良なセントデルタ人が、心配して走り寄ってくるのは目に見えていたから、モエクはヨロヨロとしながらも、裏路地のほうへ入っていった。
人通りのとぼしい場所を選んで歩いていると、セントデルタ総合病院におのずと向かうことになる。
遺伝子をまぜたせいかどうかは不明だが、セントデルタ人には男女とも、健常な人物が多い。
歯医者と産婦人科だけは忙しいが、泌尿器科や脳外科などの科は、あまり患者をかかえることはないのである。
二十歳で死去する運命のセントデルタ人は、健康なまま生まれ、そして健康なまま死ぬのだ。
ゆえにモエクは、人の寄り付かぬ病院なら、他人と出くわして面倒な心配をされることもないと踏んだのである。
だがその選択が――モエクの運命を、大きく変えることになった。
モエクが病院入り口の、日没前の空と同じ色をした宝石、ブルートパーズ製のバリアフリーに腰掛けようとしたとき、だった。
季節外れの、大きな雪が屋根からずり落ちるような、重い音がモエクのすぐ横で鳴ったのである。
「……!?」
反射神経が退化しきっているモエクは、少ししてからそちらへ振り向いた。
そこには、ひとりの肌の白い女が、丸められた糸くずのように、いびつな姿勢で倒れていた。
モエクのいささか平和ボケした頭には、なぜ女性がいきなり、横に現れたのか、理解が追いつかなかった。
だが少しして、この人物は上から落ちてきたのだということが、わかった。
なぜなら、彼女の下のトパーズ製バリアフリーは、おおきくヒビ割れていたからだ。
「飛び降り……おい、よりにもよって病院の上からとか、それはないだろう」
モエクは震える足をムチ打って立ち上がると、その女のほうへ寄り添おうとした。
そして、その女の脈を調べるため、首に触れようとしたとたん――
その倒れた女が、にわかに瞳を開いたのである。
「!」
モエクは声をうしない、目をむいた。
女と目があったが、その女の視線は強く座っていて、とてもではないが死にかけのものとは、思えなかった。
それはたしかに、生命力にみなぎった瞳だったのである。
「あなたに……賭けます」
女――ロナリオは、まっすぐモエクを見ながら語った。
「このセントデルタのために……いえ、人類のために、あなたに賭けます。私を、助けてください」