――その晩のことだった。
エノハが何者かに襲撃され、ほとんど全壊の状態でアレキサンドライトの塔へ運び込まれたのは。
セントデルタの次席をとなえる町長の一声で、この事実は一部の者のみで封殺された。
人々の混乱を避けるため、という理由でである。
そして夜には、その事実を知る主要な者は、みな町長の屋敷に集まることになった。
町長はとうぜんとして、各宝石通りの自治会長、自警団副長、それから、リッカ。
その顔ぶれで、終わりの見えない議論が始まった。
「どういうことだ、エノハ様がお
町長の執務室はけっして広くはないが、そこに集まった10人が、口々に自論をほとばしらせた。
リッカはひたすら場に当てられ、あたかも置き物のように黙り込むのみで、彼らの議論に口をはさむことはできなかった。
エノハのことが好きになったばかりなのに、何もできないもどかしさ。
リッカはつくづく自分の運命を呪っていた。
「今日の夕方、アレキサンドライトの塔へ
「エノハ様はご無事なのか」
「わからん……話も何もおできにならない状態だとは聞いたが」
「犯人はどいつだ。クソ、許してはおかんぞ」
「現場からはアルミニウムの粉と……酸化鉄の粉が見つかっている。これを爆発させるには氷が必要だが、今のような12月ともなれば、どこかの氷湖から確保するのは難しくあるまい」
「テルミット爆弾だな。しかし『メッセージの日』より、この地表から金属はほとんど消えたはず。アルミニウムや貴金属はたまに地表でも残っているのを見るが……鉄や銅のほうは、地球核の近くまで掘るか、殺人機械からしか採取できない。どういうことだ、これは」
メッセージの日。
500年前の水爆津波からほどなくして、世界中の鉄(そのほか銅、チタンやニッケルなどの、機械部品にもちいる金属)のすべてと、地表の玄武岩・
どうして、そんなことが起こったのか、原因は不明。
ともかく、そのおかげで、人は鉄をもちいた商売から殺し合い、または交流にいたるまで、あきらめなくてはならなくなった。
とはいえ、フォーハードの殺人機械は、現在でも地中深くまで採掘をして鉄を掘っては増殖をはかっているようだが。
「金属は殺人機械を解体することで調達したんだろうな……地表にそんなものはないはずだ」
「どうする、町長。エノハ様がお伏せになったこと、すぐにでも街じゅうに使いを走らせて、人々にしらせたほうがいいと思うが」
アメジスト大通り自治会長が、語気を強めて提案する。
本来、こういう決断は自警団長に求める決断だが、この自治会長はリッカにそれを期待していないようだった。
この場に、リッカをセントデルタのNo.2と認めているものは、いないということだ。
「それはダメだ」
町長は首を横に振った。
「犯人が捕まっていない今、それをすると、さらに混乱と疑心暗鬼を招くことになる。誰が犯人なのか、今のところ検討もつかんのだからな。そういうときは根も葉もない噂が真実味を帯びるものだ。そうなると、かならず噂は一人歩きをするようになり、とてつもなく信憑性を欠いた情報も力を持つことになる。
俺たちはそんなニセ情報に時間を取られるわけにはいかない。エノハ様の身の安全のためにも、すぐに犯人を見つけなくてはならんのだ」
こういう議論が深夜まで続いたわけだが、結局のところ決まったことといえば、人々にエノハが半壊したことは伏せておくということぐらいで、議論はまとまらないまま、人々も帰っていった。
「リッカ……はっきり言っておくが、俺はお前を自警団長として認められない」
自警団副官や、各通りの首長が執務室をあとにし、リッカだけとなったとたん、リッカより二つ年上の町長が、さいごに敵意のこもった言葉を突き刺してきた。
「なぜお前なのだ。他にもふさわしい者がいた。たしかに弓や槍はお前の右に出る者はいない。だがそれだけで自警団長に選ばれた者はセントデルタにはいない」
「……」
「エノハ様がおいでになれない現状、この俺がセントデルタを守るからな」
そう町長はまくしたてたあと、今度は犬でも追っ払うかのように、手をひらつかせてリッカを室外へ追い出した。
「……」
ドアが閉められたあと、リッカはわずかに天井を見上げた。
そこには新しいカエデの目張りのきいた天井があるはずだが、夜も更けているので、ほとんど暗闇だけしか見えなかった。
――エノハ様、ご無事なんかな。
――きっと、何もないはず。
――一週間もすればきっと、犯人とかも見つかって元通りになるはずだよ。
――それまで、
だがそのリッカの消極的な期待は、すぐに裏切られることになった。
それも、リッカにとって最悪の形で。